夏油傑離反回避ルートに入ります。 -8- - 1/5

 嗅ぎなれたタバコの匂い。いるな、と思ったらやっぱりいた。麗しの君。

「またエナドリ?」

 ベンチに腰かけて紫煙をくゆらせていた硝子に、無言でブイサインを送る。

「硝子ちゃんは、いつもの?」
「悪いね、いつも」

 ガシャン、と音を立てて出てきた缶コーヒーをぞんざいに投げると、彼女はナイスキャッチ。アイスだったそれは、いつの間にかホットになっている。
 私もいつものエナジードリンクを買って、飲み口をシャツの裾で拭き上げながら隣に座った。

「課題?」
「そ。最近いよいよ任務が立て込んでてさ」
「……最近、夏油との任務。多いね」

 プルタブを起こして、口をつける。体に悪そうなシュワシュワ感がたまらない。壁にのけぞるようにして背中を預けると、――天を仰いだ。
 五条悟が無下限呪術を使いこなしつつある今、彼の単独任務が増えた。そうして、私が単身、夜蛾先生の元へと乗り込んで談判した結果だ。

「火力は向こうの方が上だけど、現場慣れしてるのは私だからね」
「先輩風、吹かしてんだ」
「そゆこと」

 ほんのりと沈黙が落ちかけた時、――硝子が口を開いた。

「夏油、どう?」
「落ち着いて見える。もともと『そう』だからね」
「そっか」

 私は知らない、星漿体護衛任務。硝子もまた、直接の関りはなくともどういうものだったは知っている。
 そうして、彼女もまた夏油を気にかけているということを。

「……私はさ、現場に赴くことはほとんどないからさ」

 ――無力感、だろうか。どこかやるせない声を聞いて、私もまた同調せずにはいられなかった。

「あんたはさ、……分かりにくいけど。それでも、話してくれるじゃん」

 ふーっと煙が吐き出される。そこには明らかに溜息が含まれていた。

「男ってさぁ……。アウトプットしないよね」
「それは思う。なんだろうねぇ。男たるもの黙って背中で語れって?」
「はいはい、ジェンダーお疲れ。それで溜め込んでつぶれちゃったら、意味ないのに」
「まあそれはね……。狩猟時代の名残かな。獲物を追い詰める時、無駄に喋ってたらタイムロスするし、勘づかれちゃうし」
「うわ出た。雪名の本質論」
「でもね、だからってそのままにはしない」

 ――彼を孤独には置かないと決めた。
 それが、私の任務にも彼を連れまわすことと、なにかとあれば声をかけて、些細なサインもキャッチするということだった。

「今の雪名。……ひとりでいる子を放っておけない、学級委員長みたい」
「あ、バレてた?」
「バレバレ。五条が『雪名が傑を落としにかかってる』とかって、ニヤニヤしてたよ」
「あんの馬鹿。ほんと馬鹿。馬鹿っつーか莫迦」

 ……君が置いて行っちゃうからだろ、ボケ。
 かすかな舌打ちが聞こえたのか、硝子は笑った。

「いつだったかな。……あいつ、あんたのこと『自分たちのことを計算外に置いてる』みたいなこと、言ったんだよね」

 それはなんていうか――というか、ストレートに、言い得て妙というか。その通りというか。
 馬鹿なこと言う割に、そういうところがちゃんと見えてるのが憎い。憎らしい。

「結構おせっかいだけどね、雪名」
「田舎者はおせっかい焼きが多いのさ」
「……そんなこと、ないよね」

 どこか――ほんの少し、伺うような。いつになく弱気な彼女のトーンに、どきりとさせられる。
 それってつまり、どういうことだってばよ。

「いやだから、おせっかいだって」
「知ってる。……あんた、目的のためなら自己犠牲もいとわないタイプじゃん」
「いや、ただただ自爆はしないよ。そこに、」
「意味があれば、納得できれば。犠牲に出来るんでしょ」

 硝子が、吸いかけのタバコを灰皿に押し付けた。
 そうして――ぐるりと、顔が強引に横に向けられる。そこに、彼女の顔が迫っていて。至近距離でタバコの残り香がして、もっともっと、ドキッとする。

「あんたのそういう生き方、分かってるつもり。言い訳こさえるのがうまいことも。腹立つけどさ。……でも、約束。忘れたわけじゃないよね」
「っ……硝子の、納得できる言い訳をする。でしょ」
「……変な風に、ならないでよ」

 そう言って硝子は手を離した。そうして、二本目だか三本目だかに火をつけた。
 私は正面を向くことができないで、ただただ、彼女のそんな所作を眺めているばかり。
 そんな中、硝子は一拍遅れて、あ、と呟いた。

「……今、硝子って言った」

 ちらりとこちらを向く。そうしてどこか勝ち誇ったような――それでいてどこか子供じみた、晴れやかな笑みを作ってみせる。

「あんたに呼び捨てにされるの、悪くない」

 その笑みが、あまりにも可愛くて。屈託がなくて。
 思わず彼女の指から、そっとタバコを抜き取って自分の口へと運ぶ。『一週目』ぶりに吸ったそれは、苦くて、でもちょっとどこか甘いような。
 目を丸くする硝子に、ニッと笑って言ってやる。

「ありがとね」

 二口めを吸い込んだとき――何かが偶然にヒットして、猛烈にむせた。めっちゃかっこ悪い。
 爆笑する硝子の声を聞きながら、思う。
 やっぱり――この人たちを、守りたい。幸せにしたいと。

 パソコンを開くと、叔父からメールが来ていた。調査以来の進捗状況の報告。
 まだまだなんの進展もない。
 冥さんからも、同様。
 ――残された猶予は、あと少し。
 整頓された自室を見回して、ため息を吐く。ロウテーブルの上に、いつか撮った四人の写真がある。

「……やるよ。やり遂げてみせる」

 ――硝子の懸念をよそに、私と夏油の間には、ほんの少し。変化があった。

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