父は呪術師をなりわいとしているが、「一族の掟」に従い、呪霊討伐に関する報賞は一切受け取っていない。
ではどうやって生計を立ているのかというと――莫大な不労所得がある、なんていうご都合主義設定は全くなく。
帝都で外科医として働くバリキャリ母の収入に、おんぶにだっこという状況だった。
「お父さん、そういうのってヒモって言うんだよ」
そうして生活能力も皆無であるため、日常の家事炊事は私の仕事。リビングでテレビを見ている父の背中に向かって、ちくちく言葉を投げてやると、ええ……といやそうな声が返ってくる。
「呪霊払ってるよ。払って払って払いまくってるよ。今日だって払ってきたよ」
「ノーギャラでね。無収入。女の金で生きてる。それはつまり、ヒモ。しかもヒモなのに家事炊事一切できないときた。ニートじゃん?」
「雪名! ちょっとこっち来なさい。今日の反省会をしよう」
洗い物をする私に向かって、父が声を張り上げた。
へーへいと手を拭きながらリビングに行くと、そこには呪術の「師匠」としての父がいる。
クソが。反論できなくなって師匠ムーブか。呆れて物も言えない。
まあでも弟子としては従わざるを得ないので、エプロンを取っ払って正座する。
「はいはい先生。ご講評をお願いいたします」
「ん。今日の仕事だけど、……」
本日の「お仕事」の舞台は、ちょっと遠出した隣県の政令指定都市。
心霊現象が勃発しているという、雑居ビルでの呪霊討伐だった。
近頃流行りはじめた、オレオレ詐欺の事務所があったとか、なかったとか。
そういう情報だったけど、確かにあった。因果律を観測するということは、そういった背景まで垣間見てしまうということだから。
詐欺に遭ってお金をだまし取られた人々の無念や、恨みつらみ。
あるいは、詐欺グループ内でのいざこざ。そういった負のエネルギーが集積して、醜悪な呪霊を作り上げていた。
ちなみに、払ったのは私。
父は「父さん見てるから、上手にやってこい」と監督しているだけだった。……待って。
今日は父、ノージョブじゃん。払ってもねーし、無職が。
「雪名は術式に頼りすぎ。呪力操作の精度をもっと上げて、ワンパンで倒せるようにならなきゃ」
「いや、術師は術式使ってナンボでしょ。それに、代償はほとんどなかったよ。ちょっと気持ち悪くなったくらい。こんなの、代償のうちに入らないって」
今回の呪霊は、発生時期が新しいわりには強かった。
比較的「新しい」呪霊なら、因果律――私には線として目視できる――を断ち切って終わり、だがそうもいかなかった。
線に触れた瞬間、これは直接切ったらやばいな、というのが分かった。人々の怨念が募り募った呪霊の線は図太く強い。おそらく、等級で言うところの二級以上は妥当なもの。
こういうのは、父曰く「核をとらえて呪力パンチで払わないとだめ」な案件。ともかく父は、術式の代償を気にして、極力因果律への干渉はするなというスタンスなのだ。
「そんなこと言って、引き上げるときに派手にゲボったのはだれ? あのゲロ、お父さんが処理したんだよ」
「それはごめん。せっかくの高級寿司が、なにも残らなかった」
「人の金で食べた回らない寿司、美味かったろ。じゃなくて、」
父が厳しい顔つきをする。
「術式頼みの戦い方は、いつかお前の身を滅ぼす。……正直、どれくらいの干渉でどういう代償があるのか、不透明なんだ。術式は『見る』だけにとどめて、基本は呪力操作で叩く。それができないなら、呪術師やめろ」
いつになく厳しい言葉だった。
軽薄な父だが、こういう雰囲気のときは本気だと分かり、言葉が出ない。
確かに、呪力操作による肉弾戦でも、十分に対処できる呪霊ではあった。――しかし私はそうしなかった。
見定めた、呪霊の因果律。
オレオレ詐欺による憎悪と怨嗟、恐怖、……具体的には、「金を奪われた無念」、「家族を疑った罪悪感」、「騙す側の恐怖」。
これらの複合的な負の感情が織りなして、一本の核を成していた。
線は太い。切れば、尋常じゃない代価を払うことになる。
だから私は、幹じゃなく「結び目」を探した。結び目は脆く儚い。
核へ向かう線だけが、わずかに脈を打っている。――そこが狙い目だった。
その線を断ち切ったとき、呪霊がやせ細ったのが分かった。因果の線もまた、同様に。
だから、弱まったそれを一気に断ち切り――ジ・エンド。
「でも、呪力操作だけじゃ限界があるよ。細かく、速く。最小の力で最大の威力を。これは、教えに反してないと思う」
「それを術式なしでやるの。雪名は俺より目が良いし、呪力操作だってうまいんだから。やれないはずがない」
「でもそれじゃ、」
――きっと対応できないことだって、この先出てくる。
術式を使いこなさなければ。
だから私は、自分の限界を見定めるためにも、あえてこの戦法で挑んだ。
「……お前には、一体なにが見えてるんだろうね」
父は後頭部を掻きながら言った。
それには答えられないから、黙秘権を行使する。
頑として譲らない私に、とうとう父は深いため息を吐いてみせた。
「こうなったら梃子でもダメだね。明日から、体術訓練もっと厳しくするよ。術式使ったら、小遣い三ヶ月なし」
「……お母さんの金じゃん」
「管理してるのはお父さんです。……まあ、そろそろかなとは思ってたけど」
父は弱り切った声を上げて、よっこいしょういちなんておっさん臭い掛け声とともに腰を上げ、寝室へと引っ込んだ。
ごそごそと何かを漁る音が聞こえて、大捜索する不穏な音が聞こえて――おいおい、片付けできないおっさんが。誰が片すと思ってる。
不貞腐れる私の前に、父が木箱に入った何かを手に、戻ってきた。
見るからに古い、そうして呪符のようなものが貼ってある、いかにも「いわくつき」っぽい箱だ。呪物か?
父はそれを床に置くと、一礼してから蓋を開けた。
中から取り出されたのは、布袋に包まれた――短刀、だった。
「刀……?」
「まあ見ての通り。いわく付きの刀、要するに呪具だな」
そう言って父は、鞘から抜き放ってみせる。
よく手入れされたそれは、まっすぐな刃とがっつりと彫り込まれた樋が特徴的な、古そうな刀だった。
仕事柄、刀はよく目にすることがある。
一礼して受け取ると、柄を外して茎を改めた。銘はない。しかし、業物であることは見て取れる。
詰んだ肌とか、直刃の中に見られる微細な働きとか。観賞用としても値するものだろう。
「作りや刃の特徴から察するに、多分は九州物……古刀だな。樋の特徴からすると、おそらく三池」
「霊刀と名高い、あの」
「そ。贋作かも分からないが、だとしてもいわくは十分ある。これを、雪名ちゃんに貸与します」
「贈答じゃないの」
「高いんだよこれ。術式頼みにならないように、明日からこれ使って特訓だ。手入れは教えるから、大事にすること。これダメにしたら小遣い何十年分……いや、死ぬまで小遣いなしになるからね」
「承知」
貸し出された短刀は、これからの相棒となった。
霊験あらたか……に見せかけて、やたらと重々しいこの気配。
読みといてみろとばかりに主張する因果の線を無視して、私は淡々と木箱へとお納め申し上げた。
触らぬ神に祟りなし、これ至言なり。
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