夏油傑離反回避ルートに入ります。 -10- 後編 - 1/5

 それは、雪名にとって最後の保険だった。
 枷場菜々子と美々子の状況を把握し、必要があれば即時高専へと保護すること。――夏油傑が生き方を『決定』する、最後のトリガーこそが、彼女たちの存在だと考えたからだった。
 雪名は叔父の報告書をもとに、休日を使ってその村を訪れた。余所者が出入りして目立つのはまずいと踏んで、夜陰に乗じて。
 しかしこの夜の決死の行軍が――あっけなく、菜々子と美々子と遭遇してしまったことで、計画が根本から崩れ落ちてしまう。

 

「……やべえ、道に迷ったわ。なんも目印ねーじゃんかよ……」

 集落を避けてきたのがあだとなったか。フラッシュライトで地図を確認するが、現在地の情報さえ補足できなくなり、困り果てていた時だった。
 がさがさと藪をかき分けるような音がして、雪名はそっと短刀を手に構える。この足音や動き方は、獣ではない――人間か?
 集落の人間と出くわすのは、一番まずい。しかし、イノシシや猿だった場合も危険だ。最悪――そう考えたとき。
 ひょっこりと顔をのぞかせたのが、――探していた子供だったと知って。雪名は盛大に脱力したのだった。

「お姉ちゃん、なにしてたの? わるもの?」
「悪くないよ……。でも悪者に見えるよなあ……こんな上下迷彩服の怪しい奴……」

 双子にどう認識されたのかは分からないが、雪名のしどろもどろの説明と、敵意がないことをアピールし――リュックに詰め込んでいた非常食のお菓子を提供すると。
 双子は警戒しつつも、なんとなく打ち解けてくれたものだ。
(……満足に食べてないんだろうなぁ……)
 子供にしてはそげた頬と、細い手足。粗末な衣類。生活環境が一目で分かる外見に、雪名は涙を禁じ得ない。チョコレートやキャラメルといった甘いお菓子は、特に珍しいのか、一瞬で雪名への警戒心を削ぎ取った。

「お姉ちゃんも、『見える』んでしょ」

 そんな言葉に、雪名はうなずく。

「そう、『見える』し『使える』。君たちと一緒」
「……でも、村のひとたちは、気持ち悪いっていう」
「愚民にはそう見えるのさ。言わせとけばいい」
「ぐみんってなに?」
「……馬鹿な連中ってことさ。あ、こんな言葉使っちゃだめだからね。ほら、これは帰りの新幹線で食べようと思ってた、とっておきだ。お食べ」
「……おいしい」
「ねえ、菜々子ちゃん、美々子ちゃん」
「……なんで、名前」
「私は雪名。君たちを助けに来た、つよーいお姉ちゃんですよ」

 雪名の言葉に、ふたりは顔を見合わせた。

「……たすけてくれるの?」
「うん。仲間がこんな目に遭ってるのは、捨て置けない」
「なかま?」
「そう。私も見えるし、使える。君たちの仲間」
「……なかま、いなかった」
「こんなところにはね。でも、東京に出たらいるんだよ。ここはちょっと、菜々子ちゃんと美々子ちゃんには窮屈だから。いずれ、私と一緒に行こうね。絶対に迎えに来るから、約束」

 そっと小指を差し出すと、ふたりは不思議そうに雪名と小指とを見比べる。

「指切りげんまん。約束の儀式だよ。……もしも私がこれなくても、私のお友達が、絶対に助けに来るから」
「……お姉ちゃん、これないの?」
「私じゃなくてもいいのよ。菜々子ちゃんと美々子ちゃんが、自由になれるのが大事だから。村の人たちはさ、意地悪なこと言ったり、したりするかもしれない。でもそれは、自分たちと違うのが怖いから」

 雪名は二人の指を絡めると、頭を撫でた。小さくて――頼りない。守るべきものだと、再認識させられる。

「そんなの気にしなくていい。怒ってもいいし、泣いてもいい。でも、絶対に私のこと忘れないで。助けに来るからね」
「……わかった」
「約束」

 ――結局、雪名は行けなかったのだけれども。
 しかし、双子の胸に希望を抱かせることには、成功した。

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