序、
結婚がどうの、出産がどうの、出会いがないとか、いつまでもプロポーズしてくれないとか、友達からの紹介で知り合ったり、街コンで見つけたり、マッチングアプリ使ったり、ロクなのがいない、長続きしない、二股かけられてた、不倫だった、etc……。
周りにいる独身貴族たちが一喜一憂するなか、自分だけは関係ない・特に興味もないというスタンスで、高みの見物を決めこんでいた。結婚したいとか、子供がほしいとかまったく思わないし、思ったこともない。だって、現状になんの不満もないのだから。
それもこれも、自身の置かれた環境の特殊性に要因があるのだろう。
私は物心ついた頃に、前世の記憶をとり戻した。
自身が審神者であったこと、そうして刀剣男士とともに歴史修正主義者と戦い、散っていったことを。それと同時に、かつて仲間だった刀剣男士たちが、自分の周囲に数多く終結していることにも気づいた。
手始めに、大好きな父と過保護な兄、近所のガキ大将やその参謀。それだけにとどまらず、道行く学生や電車で目撃したサラリーマンなど、とにかくいたるところで「元」刀剣男士たちが見つかった。
ちなみに、「元」刀剣男士たちの前世の記憶についてはまちまちである。
父と兄は私と変わりないくらいに覚えているのに対し、幼馴染やご近所さん、その他これまで出会った彼らの記憶量にはかなり差があるようだ。ほとんど覚えていないという者から、大体のことは把握しているという者までさまざまだった。
概して言えるのは、私から距離的・血縁的に遠いと記憶が薄れるらしいということ。その証拠に、知らない町ですれ違っただけの「元」刀剣男士とは、目が合うことさえなかった。
だがこれには例外があって、はじめはまったく覚えていなくとも、私と再会すれば過去世の記憶を取り戻すらしい。
それを知ったのは中学生の時のことだった。同じ学校に通う幼馴染が、修学旅行先で出会った「元」刀剣男士を私の前に連れてきたところ、彼が徐々に前世のことを思い出した。
だから、もしかしたら街中ですれ違っただけの刀剣男士も、そのあとに記憶を取り戻していたりするのかもしれないし、そうではないかもしれない。確かめるすべはないが。
まるで、白紙の刀帳がうまっていくかのように――。
「元」刀剣男士との再会は、私にとって望外のよろこびであり、一種のライフワークとなりつつあった。
幼い頃は、調査と称して門限までに行けるところまで行って帰ってくるという冒険を繰り返して、あるいは父に家族旅行をねだって全国各地に連れて行ってもらって、彼らの「今」をそっと覗き見た。
また、自分で収入を得るようになってからは、プライベートの時間で津々浦々を散策しては、「元」刀剣男士たちと再会を期待したものだった。
子どもの頃は、再び出会えたということだけでうれしかったが、長じてからは、そこにどこか漠然とした寂しさを覚えつつある。その正体には明確に気づいているが、きっと気づかないふりをしているのだと思う。
きっとそれが、――。
「あなたは過去にとらわれすぎなんですよ」
心地のいい声で耳に痛いことを言うのは、前世でいうところの宗三左文字。高校時代の友人だ。かつての傾国の刀はその美貌をまったく活かすことなく、くたびれたウェブライターとして活躍している。
高校時代は互いに存在を認知していながら、言葉さえ交わしたこともなかったのに、今では年に二三回は飲みに行くような仲で落ち着いた。前世と変わらぬ毒舌と頭の回転の速さが痛快で、最低でも半年に一回は会いたくなるのだ。
前回は昨年の年末だったが、そのときに奴からもらったインフルエンザ(初感染)で一週間ほど苦しんだのは、半年たった今でも忘れない。
タバコを咥えて火をつけて……とゴソゴソしていると、宗三からちらりと視線が送りつけられたのが分かる。「やめるんじゃなかったんですか」
呆れたような言葉に、明日からね、と返してタバコを吸いこんだ。肺に入れて、吐き出して。そうそう、これこれ。
「酒飲んだら欲しくなるじゃない」
「僕は吸わないから分かりません。で、聞かれて都合の悪いことでした?」
下手なごまかしがきかないのは、どこまでいっても変わらない。不貞腐れるままに、気持ち宗三に向けて煙を吐いた。
「いんや。過去に囚われるの上等。なにか問題でもある?」
「別に。まあ、それで幸せだってんならいいんじゃないですか。ただ単に個人的な感想を述べただけなので」
「まあでも、それで居心地の良い古巣に入り浸って、新たな出会いを逃し続けてきたのだろう……って自覚はある。かといって後悔してるわけでもないけどね」
「あなたらしい」
「ねえ、宗三はさ」
グラスの中身がなくなったタイミングで、ぶっこんでみる。「結婚しようとか、子供ほしいとか思わないの」
メニュー表を見て、あれでもないこれでもないと悩み、結局いま飲んでいたものと同じものを注文する。さりげなく宗三にも目くばせしたが、間に合ってますとのこと。しかしそれ以上に、こいつ何言ってんだ、みたいな顔をしている。
「いきなりどうしたんです」
「いやー。周りが軒並み結婚していくところ見ると、どうしても考えはするでしょ。和泉守……は想像通りだけど、あの堀川や加州が普通に結婚して家庭を築いているのが、不可思議すぎて。あーたのお兄さんもそうよ、人間だったんだなぁって感心しちゃった」
「失礼な、生まれたときから人間ですよ。今度はね」
三杯目のスクリュードライバは、手元にきた瞬間、なんだか気色悪く見えた。今までおいしいおいしいと飲んでいたはずなのに。
紫煙をくゆらせながらそっとグラスを遠ざけると、宗三はそんな様子をまじまじと見つめてきた。左右で違う色の瞳は、くたびれた雰囲気を装っていながらも、内心を見透かすようで苦手だ。
「……置いて行かれた、だなんて。思ってますか」
見透かすようで、ではなく実際に見透かしてくるから苦手だ。
「置いて行かれた、か……」
非常にデリケートなところを、遠慮するようでありながらも、バシッとぐりっと抉ってくるからたまらない。
「分かんない。でも自分の感情を分析すると、そういう気持ちがないわけでもなさそう」
端的に言い表した言葉が、それなんだろうと思う。
「今は審神者でも刀剣男士でもないんだから、彼らとずっと一緒にいて、共通の敵と戦い続ける、なんてことはありえない。みんなそれぞれに守るべきもの見つけて、守るべきもののために戦っている。……私だけは、それを見つけられなかった」
「別に見つけなくてもいい環境ですからね」
擁護するような宗三の言葉が、しかしさほど嬉しくはない。
「裕福な家庭で、男前な父が娘溺愛で甘やかしてくれる。共通の趣味を持つ兄は、結婚もせず恋人も作らず実家にいて、友人と同じようなレベルで気軽に楽しく遊べて、可愛い甥っ子たちを無責任に思う存分可愛がることができる。これ以上望むことってあります?」
「あーなんか……そういう実験あったよね。ネズミを……エサも住居も完璧に与え続けたら、最後全滅したやつ」
「UNIVERSE 25ですか。ではあなたは、さしずめ『美しいひとたち』?」
出産も子育ても縄張り争いもせず、えさを食べて毛づくろいをするだけの存在となり果て、完全に生産性を捨てたネズミたちのことだ。――これは大変にまずいのではないか。
「理論上そうなるわね。……仕事辞めようかなって思ってたけど、思いとどまるわ。せめて労働による生産を止めてはいけない」
苦渋の表情で傾けていたグラスを、突如として宗三が奪い取って口に運んだ。
日本酒しか飲まない偏屈人間が、どういう風の吹き回しだろう。そんなにまずそうな顔で飲んでいたのだろうか。
ある程度飲んでから、宗三はふうとため息をついた。野暮ったい黒ぶちメガネもオーバーサイズの上下も、どこかくたびれているのに。しかしやはり前世の傾国、吐息一つで魅了するものがある。
宗三はカウンターの方を向いたまま、薄い唇を開いた。
「……もしも寂しくて耐えられない、という時がきたなら。僕がもらってやってもいいですよ」
たぶん僕も独身でしょうし、と宗三はかすかに付け加えた。
こういうところは変わらないな、と思わずにいられない。冷淡なようでいて、実は内面に熱いモノを秘めている。状況によっては仲間でも見捨てますよ、みたいな顔をしていながら、人一倍仲間思いのひねくれ者。
お互い恋愛感情はあまりないだろうと明言できるが、それくらいのことを思ってくれる得難い友。同性同士だったとしても、こういう提案をしてくれたかもしれない。ちょっと感動してしまった。
タバコを灰皿に押しつけて、本当にありがとうと魂の底から礼を述べる。
「でもその約束、すでに兄としてるんだ」
「近親相姦ですか?!」
「いやいや、もちろん結婚じゃないよ。そんな気色悪い。そうじゃなくて、入院するときの保証人とか、説明を聞くときに同席するとか、そういうやつ。年取ると色々あるじゃん」
私の説明に、宗三はかすかに目をしばたいてから、あー……と呟いた。呆れたような、それでいて納得するような、なんとも言えない反応だ。
「なるほど、フラれたんですね。子供部屋おじさんなんかに負けて」
「いや、フラれたってほどでもなかろうよ……」
「気分が悪いので記憶を消してもらえませんか。あそこにある花瓶で後ろから思いっきり殴ってください、さあ早く」
「やだよ傷害で捕まるわ」
「ちょっとマスター聞いてくださいよ、この人ブラコンがすぎて高校からのツレをたった一言で振りましたよ」
「ブラコンじゃねーし、吹聴すなや」
かくして私たちは、気まずいまま別れてそのまま――なんていうことはなく、次はまた年末か年明けかなーなんて話し、その夜は別れたのだった。
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