山姥切長義、思う

 刀剣男士は、刀剣から付喪の神を顕した存在を「主」と呼ぶ。多くの場合五十年も生きていないような、若く凡庸なる者たちを、「主」というだけで慕い尊重する。それが刀剣男士の性であるとされる。
 しかしいわゆる政府産であるこの身は、その他一般的な刀剣男士と違い、明確な主を有しない。政府産の山姥切長義にとって、審神者とは微妙なところで位置づけに困る対象だった。
 俺が本丸に配属されたのは、聚楽第での特殊任務のあと。任務における「報酬」扱いだった。別にそれについてはなんら思うところはない。名刀が褒美として与えられるなどありふれたことだし、配属される本丸についても、戦績はまずまずで、決して悪感情はなかった。
 初めて本丸の審神者と出会ったときのことを、思い出す。

「はじめまして、山姥切長義。これからよろしくお願いします」

 弾けるように快活な笑顔だとか声だとかに――非常に低俗で陳腐な表現をすれば、彼女に目を奪われた。さらに勇気をもってもう一歩踏み込んだ感想を言えば、とりあえず、可愛かったのだ。
 世間的にはまあそこそこの年齢(刀剣男士らしく大昔の価値観で言うならもはや高齢)の女性にこう表現するのもどうかとは思うが、顔も、笑顔も、可憐で可愛らしく、それだけで気分が高揚したということは、この先誰にも打ち明けることはないだろう。これから自己分析した結果、この山姥切長義も男だったというわけだ。男である前に刀でもあるのだが。
 しかしその時はそう思っただけで、よもやそれ以上のことなど望みはしなかった。なぜなら、自分の不利など一番理解している。自分以外の何十口は審神者が自ら顕現した刀剣男士で、自分はその中で唯一の例外。今時分になると、肥前忠広や南海太郎朝尊といった政府産の刀も増えたが、当時はまだ俺だけだった。
 俺以外の全員が審神者とのつながりを有する一方で、俺だけがそれを持たない。それは明確な隔たりだ。たとえこの先を五年十年と共に過ごそうと、つながりのない自分にそれを持つものとの差異は埋めようがない。
 別に何か期待して本丸に配属されたわけではない、戦うためにここへやって来たのだ、などと言い訳し努めて考えないようにしていた。彼女の本棚にあった書籍から言葉を借りると「ルサンチマン」、まさに俺のことだ。
 しかしそんな俺の努力を不意にするように、彼女は年中無休で可愛かった。
 この本丸の審神者はとにかく、常に笑顔だった。なにかと笑顔だった。挨拶をするとき。報告を聞くとき。頼みごとをするとき。声をかけられて返事をするとき。
 怒ったり苛立ったりしたところを、あまり見たことがない。泣いたところも悲しんだところも、まったく。まあ俺が配属されてから、彼女の心をかき乱すような重大事というのが起きていないというのもあるかもしれないが、彼女は常に笑顔で俺たちに接していた。
 そんな審神者を、刀剣男士たちは心の拠り所にしていたのだと思う。心のすさむような戦場から帰った時、出迎えてくれる主の優しい笑顔。傷ついた体をいたわる、清らかでやわい手。猛り、荒び、傷ついた心を癒すのが、彼女のたたえる明るい笑顔だったのだろう。少なくとも俺にとってはそのような存在だったと言える。
 そうなるといよいよ、悲しいほどに恋心――もはや隠し立てすることでもないから素直に白状するが、彼女に対する恋慕の情というのは、抑えがたくなっていった。
 しかし、と思った。まだ出会って間もない自分がこうなら、他の、彼女が顕現させた刀剣男士たちはどうなのだろう? この俺がここまでのめりこんでしまうのだから、他の者たちも恋情を秘め隠しているのではなかろうか。
 そうなると刀剣男士何十口が敵ということになり、それはあまりにも険しい道のりだ。実情はどうかとなんとなくうっすら探ってみると、幸いなことに、そういった形跡は一切見られなかった。
 まあ、刀剣男士全員が全員審神者に恋していたら収拾がつかないことになる。ここでは大っぴらに廓通いして恋の駆け引きを楽しんでいる者も多いし、それはそれ、これはこれといったところだろうか。まあ、俺のように全く気のない素振りをしている可能性も、無きにしも非ずだが。
 ままならない恋情を持て余していた、ある日のことだった。報告書を提出しに行った執務室で、審神者がうたた寝をしているのを見つけた。僥倖だった。こんなに無防備な姿を拝むことなどめったにない。不躾とは思いつつ、しばらくその寝顔を拝んでいた。
 そうしていると、いよいよ腹が立って来た。寝顔の無防備さがいとしくて、しかしその無防備さが腹立たしい。今日は偶然俺だったというだけで、俺じゃない他の誰かが来ていたら、そいつにこんな姿をさらしていたのだろうか。無防備にもほどがあるだろう。今まさに唇の一つでも奪ってやろうか、などと考えるような不逞の輩が目の前にいるにも拘わらず、あまりにも危機管理能力が低すぎる。
 お説教のひとつでもかましてやろうか、と思って揺さぶり起こしてみると――寝起きの彼女はひどく不機嫌そうだった。初めて見るその表情に、しかしこちらは喜びを隠せなかった。
 いいのかな、そんなに無防備な姿をさらしてしまって。きっと寝起きで頭が働いていないから、いつもの「笑顔」という武装に至らないのだろう。不意打ちとは言えそこに特別感を見出して、いきおい心が晴れやかになっていく。正直にいうと、興奮した。
 そんな内心を隠してやりとりを楽しみ、その中で俺は、彼女の中の隠された闇を知るところとなった。

「寝ようと思って寝ると、目が覚めたときがっかりするんだよね。寝たいとも思わないし、生きていたいとも思ってない」

 冗談かもしれない、と思った。彼女は常に笑顔を浮かべていて、それと同時に冗談も言う。だから彼女の周囲は笑顔が絶えない。
 冗談の範疇かジャッジするためにやり取りを続けてみるが、冗談めかして言ってみるところが、もはや純然たる本音であることを物語っていた。おどけるようでいてこわばった表情が、必死に取り繕うとしているのをありありと物語っていた。
 ――何故、と思った。何故そんなことを思うのだろう。どうして生きていたくないのだろう。
 生きていることが楽しいばかりであるとは言わない。きっと生きていく以上、辛いことも苦しいことも様々あるのだろう、それが人生なのだろう。貴族でなく、大名でなく、かといって生活に窮する百姓でなく、虐げられる階級でなく、ある程度豊かである程度の自由を認められた彼女が、生きるを厭うのはなぜなのか。
 いやだ、と思った。そんなことを思ってほしくない。俺が君と出会って幸せだったように、君も幸せに生きてほしい。俺が幸せを与える。必ず生きていてよかったと言わせてみせる。

「それならひとつ、心当たりがある」

 結論として俺の仕掛けは、――大成功とはいかなかったが、なんだかんだでうまくいったので、結果オーライとする。
 俺は彼女の中で、揺るぎのない地位を手に入れたのだから。

 

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