執務室にて。
近々行われる会議の資料を読み込む審神者は、何度も何度もあくびをかみ殺していた。先程から飽きることなく同じ行を読み返している。文章がでたらめな文字の羅列にしか見えず、全く頭に入って行かないのだ。
目を擦り、あくびをし、眉間を抑えて小さく唸った審神者に、近侍の膝丸がとうとう声をかけた。
「主、大丈夫か? 体調がすぐれぬのではないか?」
眠いだけ、と答えた彼女の声は半ば程あくびに掻き消された。あくびと同時に出てきた涙が、潤んだ視界を殊更ぼやけさせる。目を閉じてしまいたいという、抗いがたいほどの欲求が審神者を襲った。
何度目かわからないあくびをかましたとき、いよいよ見かねたらしい膝丸がさらに踏み込んできた。
「しかし、今朝は食事もあまり喉を通らなかったようだ。顔色も悪いし、少しばかり横になってもいいのではないか?」
「でも、この資料の読み込みがまだ終わってなくて……。報告書にも目を通してないし、やることたくさんなの。やらなきゃ」
ティッシュで涙を拭い取りながら審神者が言うと、膝丸は少しばかり考えるそぶりを見せ、それなら、と提案した。
「資料の読み込みは協力できないが、報告書くらいは俺が片づけておこう。それなら君も少しくらい楽になるか?」
「え……でも。報告書、結構な量が溜まってるから面倒くさいよ? 膝丸慣れてないし大変だと思うけど」
「誰だって最初は不慣れだし、量をこなせば慣れもするだろう。やり方は押さえてあるから安心して任せてくれ」
頼もしい言葉に、審神者は思わず目の前の刀剣を拝みたくなった。
「ありがとう……! 膝丸様……!!」
「大袈裟だ。普段、長谷部や前田には情け容赦もなく仕事を押しつけている君がよく言う。……部隊の指揮に本丸の運営、おまけに講師に審神者代表か。大変だな、しかし休める時にしっかり休んでおいた方がいいぞ」
溜まっていた報告書のデータを引き渡すと、膝丸は腰を上げた。
恐らく詰所でゆっくりと事務仕事に勤しむのだろう。審神者が人目気にせずゆっくりできるようにという配慮もあるのかもしれない。
出来た近侍を今度こそ拝んでいると、しかし、と膝丸は続けた。
「君が体調を崩すとは珍しいな。身体頑健と思っていたが。病魔なら俺が斬ってやろうか?」
どこか冗談めかした声に、いやいや、と審神者はゆるくかぶりを振った。
「ここ暫くの寝不足で、身体にガタがきてるだけよ。でも、このままだと本当に病魔に襲われるかも」
「その時は出番だな。石切丸と共に君を楽にしてやろう」
膝丸は純然たる親切心から言ったのだろうが、なんとも不穏な言葉ではある。審神者は苦く笑いながら膝丸を見送った。
――とても、夢に登場するあなたの兄が原因です、とはいえなかった。
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