百夜通いに足りぬ - 5/8

 眠れば夢を見る。それはもう何度となく繰り返したことだった。
 始まってからすでに一月は越した。
 一月も眠れない日々が続いているということに気づいて、審神者はぞっとした。これはいよいよ、精神がおかしくなる兆しやもしれぬ。
 絶望を感じた時――あの夢に陥る感覚がやってきた。
 審神者は暗いところにいる。
 そこは恐らく執務室か、はたまたその前の廊下。
 腰かけて庭を眺めている。まるで夜の闇のように真っ黒なのに、不思議と周囲の光景が見える。
 庭先に立つ、髭切の姿までも。
 いつもと違うことと言えば、

「っ……な、んで」

 髭切がこちらに向かって歩いてくる、ということだろうか。
 それまで遠すぎるほどの距離に居たはずの髭切は、庭石を踏みつけながらこちらへと歩み寄ってきた。
 怖い。
 そう思った瞬間、髭切はまるでこちらの考えを読んだように、

「抜身のままでは怖がらせてしまうね」

 ごめんごめんと謝りながら納刀した。
 しかし審神者はそれどころではない。
 髭切がやってくる。
 白い装束は血に汚れて、不快なほどの血臭を漂わせて。(これは本当に夢か?)相変わらず穏やか過ぎるほどに穏やかな笑みを浮かべて。
 もう、目と鼻の先。手を伸ばせば近づく。
 ああ、そして――審神者のとんと目の前に。
 逃げられない。
 ここに一秒たりともいたくないというのに、身体が動かない。縁側に腰掛けて馬鹿みたいに固まった審神者を、髭切は見下ろしている。
 審神者は見上げる。……しかし、見上げた先にあるはずの髭切の顔は、驚くほどに暗い。
 否、塗りつぶされたように黒い。表情が読めない。

「ねえ、主」

 髭切が口を開いた。

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