――本日はオナニーの日らしい。
7月21日。数字にすると0721、語呂合わせでオナニー。そんな下世話なことを言っていたのは、どこの誰だったか。そうして、どうして今このタイミングでそんなことを思い出してしまったのだろう。
審神者は一瞬考えて、……いやどうでもいいなと一蹴する。
そうして目の前に山積みになった資料を眺め、げんなりとした溜息を吐いた。今日明日で片づけてしまわなければならない、というものでもなければ、期限はずいぶん先。面倒だから早めに片づけてしまおう、と退勤時間後に執務室に残ったわけだが。
やっぱ面倒だな……。資料の一つを手に取ってページをめくり、ああやだやだと早々に閉じる。
よし決めた。今日はしない。期限に間に合うようにいつかやる。
すぐさま決心すると、資料をまとめて脇にどけると、すっと椅子から立ち上がった。
「残るって言ったけど、やっぱ帰る~。堀川はもう少し残る?」
隣の近侍控室に声をかけると、残りまーすと朗らかな返事が聞こえる。ドアをノックしてから開けると、残っていた堀川がディスプレイから顔を上げ、こちらを見た。
「僕はもう少しだけ作業してから上がりますね。主さん、お疲れさまでした」
「うん、お疲れー。今日は楽しいアフターですか?」
「どうだろ、特に予定はないなー。のんびりする」
「では、どうぞのんびりお過ごしください」
そんな挨拶を交わすと、審神者は執務室を後にした。
奥に戻ると、――来てるな、と気づく。福島だ。いつもはそっと脇に寄せられている、彼用のスリッパ。これがないということは、彼がそれを履いているということ。
来てたんだ。ちょっと疲れて戻ってきたはずだが、なんとなく心が弾んでくるのを感じる。審神者が上機嫌に自室へと足を延ばそうとすると――なんとなく妙な気配を感じ取った。
スリッパを脱いで、抜き足差し足。そーっと寝室の前に立つ。気配と、かすかな物音。息を殺して障子を少しだけ開ける。
「っ……あ、主……」
いた。大きく黒い背中は、まがうことなき福島光忠の背中だろう。一体なにをしているのか、と考えたと同時に――オナニーの日、というのがすっと頭をよぎる。そんなバカな。そう思ってそっと中を覗き込む。
福島は審神者のベッドに顔を突っ伏して、片方の手を何やらうごめかせている。おいおいまさか。音をたてないように(建付けはいいから音はしない)さらに障子を開ける。
濡れたような、しかしどこか粘度の高い音が、鼓膜をぞろりといやらしく撫でる。
「主、主、……っあ、……」
上ずってかすれた声。せわしなく動く右手。大体の見当はついたが、なにかの間違いということもある。もしかして、で疑惑をぶつけるのも可哀そうかと、もっとよく観察しようとして、
「でぁっ」
建付けのよすぎる障子戸が一気に開き、体を預けていた審神者はバランスを崩した。あっけない声を上げるのと、
「あぁっ……」
福島が切ない声を上げて達し、さらに驚愕の表情でこちらを見るのは、ほとんど同時だった。
「なるほど……。私の帰りを待ってたら寂しくなっちゃって、……ひとりで、その……致していた、と」
ソファに座る審神者の前に、福島が正座してうなだれている。相当慌てていたのか、社会の窓が半開きになって下着がチラ見えしている。
審神者はそっと目を逸らし、ため息をひとつ吐いた。
「ごめん……。本当になんていうか……ごめん」
福島は恥じ入ってさらにうつむき――そうして、己のさらなる失態に気づいたらしく、慌てて社会の窓を閉めた。
「いや別にいいんだけど……。汚してないなら」
「それは誓って!! あ、顔は押し付けてたけど……シーツ、洗うから……」
「いやまあそれくらいは……」
「…………」
「…………」
沈黙とともに気まずい雰囲気が流れこむ。――一体どうしたものか、と考えかけた審神者だったが、ふと、くだらない語呂合わせが脳裏にひらめいた。
「福ちゃん、今日は何月何日?」
唐突に問いかけると、福島はえっと顔を上げ目をしばたいた。「
「今日、え……今日? なんだろ、」
なんかの記念日だったっけ。懸命に考え込む福島は、相当追い詰められた表情をしている。付き合ってから……いや、誕生日でもないし、主の就任記念……。ああでもない、こうでもない。ぶつぶつ呟きながら、しどろもどろになっていく姿が、哀れを通り越してかわいい。
審神者はくすくすと笑い声を漏らした。
「7月21日。ちなみに記念日とかじゃないよ。語呂合わせ」
「語呂合わせ?」
「ゼロ・ナナ・ニ・イチでオナニーの日、だって」
「えっ」
審神者が答えを出すと、福島は目をぎょっとさせ、瞬時に頬を染めた。いや、どこのどいつが。今までいたしていたのは誰だ、と審神者は呆れ交じりに殊更笑う。
「びっくりした、ひとりで楽しんでるんだもん」
「いや……えっ、あ、別にそういうんじゃなくて、」
「分かってる、寂しかったんだもんね。いいよ、続けて」
「ええっ?!」
見ててあげる、と審神者が足を組み替えながら言う。福島は一瞬呆然としたが、
「いいの?!」
正座したまま声を張り上げた。いやはやそれでこそ福島光忠。審神者は満足げににっこりとする。
「ええ……でも、君に見られながらするなんて、恥ずかしいな……」
もじもじしながら言いつつも、福島はノリノリだ。
「恥ずかしいのがいいんでしょ?」
わざとらしい言葉を吐いてやると、福島はうっ……と口元を押さえて閉じた。
「もっと言って」
「恥ずかしいとか言って、ノリノリじゃん。こんなやっすい挑発で、アソコ膨らませてんじゃないの。雑魚すぎ」
「っ……」
福島の右手がもぞもぞと動いて、自身の股間のあたりをなでさする。自身のかたちをなぞるように。スラックスごしに、それのカタチが膨らんでいるのがわかる。
「あっは、マジで雑魚じゃん。そんなんで大丈夫? 誇り高き光忠の一振り、福島光忠とあろうものが」
「……っ……ごめんなさい、俺、君限定で雑魚です……」
「うん、そんなこと百も承知。雑魚は雑魚らしく、欲しがってばかりいないでひとりでやって。ほら」
「あぁ……♡」
漏れ出た吐息のなまめかしいこと。審神者も気分がよくなって、もうちょっとサービスしてやる。
「見守っててあげるから、自分でどうなってるか実況して。福島光忠のオナニーショーの開幕だ。わ~パチパチパチ」
楽しげに拍手してやると、うっとりとした目で福島がこちらを見る。言いようのない歓喜と、あふれんばかりの情欲でどろりと濁った眼。
「仰せの通りに♡」
恍惚とした表情で言い、福島は恭しくこうべを垂れた。
「主の目の前で見てるって思ったら、……それだけで、こんなになっちゃった」
いやらしく撫でさすっていたそこは、さらに質量を増したよう。スリムなシルエットの部屋着をもっこりと押し上げて主張する。
「ねえ、なにをおかずにしてたの?」
審神者が気まぐれに聞いてやると、
「……におい」
福島は熱っぽい瞳を向け、熱っぽい声で答えた。
「君のベッド、どこもかしこも君の匂いがするから……。いや、ベッドだけじゃない。この部屋も。君の匂いが沁みついててしあわせなんだ」
「匂いねぇ……。私が帰ってくるまでに、何回したの」
「えっ……」
部屋着の上からねっとりと撫でながら、福島は少しだけ戸惑ってみせる。
「っと……あれが、最初だよ……」
「ほんとにぃ? 嘘ついたらこのままお開きにしちゃうよ」
「うそうそ、ごめん! 三回、三回抜いた!」
「それもう溜まってないんじゃないの?」
「そう……思う?」
これでも、と福島はゆっくりともったいつけて下着を下ろし――ぶるん、と凶悪に立ち上がった自身を誇示した。先走りをにじませ、バキバキに立ち上がっている。
おお。覚えず驚嘆めいた声が、審神者の口からこぼれ落ちた。
「君を前にしたら、……何度したって萎えることなんてないよ……」
「っ実況!」
一瞬雰囲気にのまれかけた審神者だが、当初の目的を思い出して声を張り上げる。
「では、福島くんの福島くんは今どんな感じでしょうか」
「君に見られて、はしたなく勃起してる。我慢汁が次から次にあふれて、……たまんない」
福島はもどかしそうに、にじみ出るそれを自身に塗りこめた。
「ローションとか使わないの?」
「……ひとりでするときは使うよ」
「ねね、あっためてつかうの? ひんやりするとちょっと興ざめだったりする?」
好奇心に負けて、審神者は次々に質問を繰り出してしまう。
「もともとあったかいやつ。……でも今は、」
福島は口元に手を運んだ。口をかぱりと開けて、唾液をしたたらせる。舌を伝って、どろりとした唾液が落ち、指先を濡らす。それをたっぷりととると、先端からぬりつけた。
「これで十分」
見せつけるような仕草と、とろけ切った目。どきりとするほど官能的な手つきに、審神者はそっと視線を泳がせる。目を逸らしかけて、ええいくそと思いっきり凝視した。
唾液で濡れたところから、くちっといやらしい音がする。
「こうやって、……全体を濡らしてから、……先っぽ……っあ、ここ。ぐりぐりして、気持ちいいところ、刺激する、」
「先っぽがいいんだー。そっか。ぐりぐり押し付けながら、快楽をひろってたんだね」
「っでも、主も好きでしょ♡」
「うるさい。黙って実況」
「っ……あとは、君のこと考えながら……っあ、君に見られながら、しごくだけ」
いいところを刺激したのか、福島の声からあられもない声が出る。常日頃からも思っていたが、行為の時の彼の声――。大きい。あっあっと間断なく漏れ出る声が、なんだかとてもいけないことをしているような気にさせる。
「福ちゃん、声でかいよね」
「っ君が、あまり出さないから……」
「なにそれ、私のせい?」
「本当は、いっぱい……啼かせたい♡」
「っは。傲慢な」
鼻先で笑い飛ばしてすっぱり切り捨てると、福島はことさら切ない声を上げる。一段と一物が膨らんだ気がして、審神者は少しだけ溜飲を下げた。
「ねえもしかしてイキかけた? えー。ざっこ。超雑魚じゃん」
「んんっ……♡」
「雑魚じゃないなら、ちょっと手ぇ止めて」
「っえ……♡♡」
止めろ、と乱暴に命令すると、しごいていた福島の手が止まる。手離して、とさらに追い打ちをかけると、名残惜しそうに一物が解放される。唾液だか先走りだかで、びきびきにいきり立ったものはかすかに震えている。ぷくりと先端から先走りがにじみ、今にも破裂しそうだ。
それをまじまじと審神者が見つめる。
そうしてちらりと――福島の目まで視線を上げた。
「ねえさあ、このまま射精したら面白くない?」
「っ♡♡♡」
「ちょっとだけなら手伝ってやってもいいよ。おっぱい見る?」
「っぇ、あ、そんな、えっいいの?!」
「できるもんならな。できなかったら罰ゲーム」
「罰ゲームって?!」
にわかに福島はうれしそうな声を上げるが、
「それをしまって今日は帰って」
にっこりとして審神者が言うと、福島は必死な目で食らいついてくる。
「お願いします!!」
「その意気やよーし。でも、私そんな色っぽい脱ぎ方とかできないからね」
ぷつりとシャツのボタンを外すと、食い入るような目がそこに注がれる。できるだけもったいつけて、シャツのボタンをすべて外してしまうと、
「あー、ごめん。色気ゼロのキャミソールだ。ブラもそんな可愛くない」
「いいから見せて!! 下さい!!」
「ははは、がっつくねー」
どうしたものか、と思案して――審神者はキャミソールの裾をたくし上げた。
「これで?」
胸元がまるっと見えるようにすると、――若干血走った福島の両眼が、両目ともがん開きになった双眸が、熱い視線を注ぎこむ。
さすがに恥ずかしいかも……。審神者が少しだけもじもじとして視線を逸らすと、うっとうめくような声が聞こえた。
「かわいい……♡」
福島が膝でいざって来る。胸元に顔が近づく。
「あっ、触るのはだめだからね?!」
審神者が素っ頓狂な声を上げると、福島は胸元でぴたりととまり、そっと見上げてくる。
「触らないよ。でも、近くで見るくらいいいだろ」
中腰になったことで、福島の福島がこちらを見上げるような位置となる。審神者はぎょっと目を見開き、顔を背けた。
「でもなんか……近いこと、ない?」
「近くで見たいんだ」
「鼻息荒いことない……?」
「だって……君の匂い……」
過呼吸になるんじゃないかというほど荒い鼻息が、胸元の肌をかすめる。
「ちょっと汗ばんで……香水がちょっと混じって……っああ……いい匂い……♡」
「っへ、変態だー!」
煽りでもなんでもなく、本心から出た言葉である。
「もっと言って!♡」
「ド変態、匂いフェチ、気持ち悪い!」
「っ効くゥ~~~~~♡♡♡」
「行為の最中、胸元にちゅーすると見せかけて脇の匂い嗅いでんの、わかってんだからね?! ほんと無理、ほんと気持ち悪い!!」
「っバレてたの♡♡」
「ばれないわけがない~~~~~!」
「っあ、やば、もう、出る……っ! …………っ♡♡♡♡♡♡♡♡」
****
「……やっぱもう帰って」
審神者がソファの肘置きに突っ伏しながら言うと、
「なんで?!! 俺言う通りにしたよ?!!」
福島が猛烈に抗議してくる。
「だって……。福ちゃんが変態すぎる」
「っあ、まだ続けるんだ!♡」
いそいそと福島が準備しかけたのを察知して、審神者は足を振り上げた。なんとなくで蹴りつけると、ゲシゲシと数回それを繰り返す。
「ちっげ~~~~~~~よ、バカ! 駄犬!!」
もう一度、今度は勢いをつけて蹴りつけようとして――足首を取られた。
はっとして肘置きから顔を上げると、福島がくるぶしのあたりに見せつけるようにキスをする。
「ねえ、主もさ……。その気になったりしてない?」
福島の視線が、審神者の股間にとっくりと注がれる。――すでにぬかるんだそこを、絶対に悟られるわけにはいかない。
「っなってない!」
「主のオナニーも見たいな、……なんて♡」
福島の膝がソファにかかる。逃げ場がないことを悟り、審神者は目を見開いた。
「っ百年早いわ、この万年発情期―――ッ!!」
言うが早いか、審神者は体をねじる動作とともに、掴まれていないほうの足で思いっきり福島の耳元を蹴りつけた。
無防備なところにクリーンヒットを食らい、福島は極めて満足げな表情で――ソファに沈んだ。
そうして、七月二十一日は過ぎていった。
※コメントは最大10000文字、100回まで送信できます