理性の沼 - 1/5

突然復活した「近侍制度」。
試験的導入にあたって近侍に任命された道誉さんと、審神者の話。

道誉さに未満

 

 主についての印象を尋ねると、刀剣男士の大半がこう言う。
「明るくて愉快。彼女がいるだけで場が和む」
 ユニークな意見としては、
「時々毒舌でニヒル。そういうところは味があっていい」
「とてもくたびれてるときがある」
 などがあげられる。
 では、審神者として、管理者としての側面はどうかと問われると、
「真面目で働き者だと思う。ちょっと要領が悪いけど、それもまた味」
「大雑把そうだけど、意外と細かいところを見てる」
「システマティックにモノを考えるけど、結局のところで感情を捨てきれない。味がある」
 このような塩梅だった。とにかく味があるらしい。
 それでは女性としてはどうかというと、――
「黙りこくって身じろぎひとつしなければいいのにね」
「ひとりで生きていける人だと思う」
「求められれば、いつでも応じる準備はできてるぜ。まったく求められねえがな」
 大体そんな感じ。

 それらを踏まえて、道誉一文字は考える。はたして、初顕現のときはどうだったか――。
『道誉一文字、初めまして。私がこの本丸の主で、審神者です。よろしく』
 実にビジネスライクな対応だったと思う。握手をがっちりと交わし、二言三言、他愛のないやりとりをした。一文字の話題、真紅の薔薇のこと、良いビジネスをしましょうね、とかそういった雰囲気の。
 その後はすぐに、メンターの刀剣男士に引き合わされて離れたから、道誉の印象はそれ以上でもそれ以下でもない。物おじせずハキハキとした姿勢や、本丸全体の雰囲気から、『良い主なのだろう』と思った程度で。
 そうして本丸での生活を送っていく中で、それは確信へと変わっていった。
 統率のとれた刀剣男士たちは、士気も高く何事にも前向きだ。本丸内組織は部署ごとに分かれてよく連携し、基本的にはボトムアップの構造をとるが、緊急時にはトップダウンで迅速な対応も可能。
 現場は実力主義で、実績さえ積めば新人でもスピーディに昇進できる一方、古参や年長者を敬う古式ゆかしい風土もあり、刀剣男士間の関係性も良好。アットホームな雰囲気といえば、ブラックな職場の代名詞だが、事実、本当に和気藹々としていて居心地がいい本丸だ。
 おそらくそれは、主の人柄に由来するものだろう、と道誉は分析している。フランクでユーモアあふれる人柄は、初対面でもとっつきやすい。彼女に声をかけられた刀剣男士が、みな一様に笑顔になるのだから、太陽のようだと評して差し支えない。
 とはいえ、それまでだった。
 自分の所属する本丸の責任者が、よい主であるということは喜ばしい。それでなんの不自由もなく、かといってそれ以上を求める気にもならない。
 なぜなら、距離があるからだ。本丸の責任者と、顕現されて間もない刀剣男士。本丸は組織的に動いているから、新参のペーペーがトップと顔を合わせる機会など、早々ない。手入れの時か、さもなくば本丸内で偶然すれ違うか、遠くにその存在を見つけるか、その程度だ。
 それで大して問題はなかった。――今までは。
 否が応でも審神者を意識せざるを得ない状況になったのは、道誉にとっては思いがけないチャンスだった。

 

「来週から一週間、道誉さんには主の近侍を務めてもらうことになったんだ」
 メンターである桑名江が言った。
「What? 近侍なら、すでにいるんじゃあないのかい」
 審神者の近辺には、つねに敏腕の近習衆が存在し、秘書としての役割を果たしている。顕現された初日、本丸の組織運営について教えてくれたのは、ほかならぬ桑名だった。
 その近侍を差し置いて? 新人の自分が? 疑問を呈する道誉に、桑名はそうなんだけどね、と前置きしてから説明を始める。
「もともと近侍と言えば、審神者の身辺警護をする役割のことだったんだ。でも、本丸が大きくなって主も対外的な仕事が増えてからは、ひとりじゃ手が回らなくなって。それで、今のような複数の近習でサポートする体制になったんだ」
「なるほど、ひどく合理的だな。それで、ことさら俺が近侍を務めることになったいきさつは?」
「ほかの本丸は、近侍を交代でぐるぐる回してるところも多かったりするんだ。でも、うちは近習衆がいるから、それ以外の刀剣男士は主のそばに侍る機会がない。そんなの不平等だ! っていう声が……前々からあってね。結構長く協議された末、やっと導入されることになったんだ」
 淡々と語る桑名は、どこまで本気か分からない様子でいる。ハッハァ、と道誉は思わず声を上げた。いろいろと愉快だったからだ。
「彼女は随分人気者なんだな。刀剣男士から嫉妬の声が続出、と」
「そうだね。僕たちも突き詰めると本性は刀で、やっぱり主のそばが落ち着くからね。近習衆の制度ができるまでは、普通に順番で近侍を回してたっていうから、それも不満に拍車をかけたみたい。やっぱり、主マウントをとられるのは気分がよくないからね」
 冷静にしかしとんでもなく面白いことを言う桑名が、道誉はもう愉快でたまらない。ひとしきり笑って、笑って、笑いを収めると問いかける。
「そう言う桑名江。君も主のおそば近くに侍りたい、と」
 うっそうとした前髪で隠れて見えない目を、覗き込むようにして道誉がまっすぐ見つめると。桑名は一瞬沈黙してみせた。そうしてかすかに首を傾けて、
「当然だよ。僕も近侍は経験したことがないからね。道誉さんは違うの?」
 まっすぐに問うてくる。まるで、そうではないのは不自然だとでも言うように。
「Hmm…… そもそも、顕現したときからこういうシステムだったからな。これが普通と受け止めて、特に疑問に思ったことはなかったな」
 道誉にはそうとしか答えようがない。あっさりと返すと、そっかーと桑名は意外そうにしたものだ。
「じゃあ僕に譲ってほしいくらいだけど、後輩を差し置いてはあんまりだよね。まあ今回のは試験的な導入だから、道誉さんの意見次第ではやり方が変わったり、そもそもやっぱり中止ってなる可能性もあるのかな」
「それは責任重大だな」
 冗談めかして言った道誉に、
「うん、とても重大だよ。場合によっては、刀剣男士の大半が敵になるかも」
「How ominous…….」
「冗談だよ。じゃ、頑張って」
 桑名は最後まで、どこまで冗談なのか本気なのか、ちっともわからない様子で言葉を結んだものだった。

送信中です

×

※コメントは最大10000文字、100回まで送信できます

送信中です送信しました!