本丸の大浴場には、男湯と女湯とがある。
女湯といえば本丸唯一の女性・審神者だけのためのものであるが、利用率はかなり低い。理由は、湯上りのすっぴん姿を見られたくないからという、ひどく乙女らしいもの。
その乙女らしい恥じらいが消失するのが、審神者が夜遅くまで執務室にこもったときや徹夜明けの場合など。奥に戻って入浴して、なおかつ風呂掃除をするのが億劫と感じられるケースだった。
このように、女湯の利用率は非常に低いため、基本的に大浴場は双方とも刀剣男士に開放され、時間制で女湯に変更されるというのが本丸の常だ。
片方が女湯に変更される時間帯は、審神者が利用するであろう夜中や明け方が多い。もちろん、変更の時間帯は予め周知してあるため、間違える者はいない。
――貫徹二日目、意識朦朧とした審神者を除いて。
午前一時。まるでゾンビのような足取りで、入浴セットを持って大浴場へと足を運んだ審神者は、暖簾が「男湯」になっているのに気づかない。
ほとんど死に体で服を脱ぎ、全裸になる。大浴場へ続く引き取を開けようとした、その時だった。
「お、わし以外にも夜更かしがおったのう」
そんな声とともに、陸奥守吉行が姿を現したのは。
二十四時間遠征から戻り、陸奥守はシャワーだけ浴びると、食事もとらず泥のように眠った。それほど苛酷な遠征だったのだ。詳細は割愛。
そうして目が覚めたのが二十時過ぎ。のっそりと起きだして遅めの夕食を食べたが、そこから遅番組の連中と合流し、酒盛りが始まった。最後のひとりがつぶれたところで、陸奥守もまた就寝を決めた。そうして、寝る前にひと風呂浴びようと大浴場に来た。
そういうことだった。
きっと誰もいないと踏んでいた。広い大浴場をひとりで占拠するのも乙なものだが、道連れがいるのもよい。自分以外にも夜更かししている者がいるのか、となんとなく嬉しくなっていそいそと脱衣所へ行くと――
そこには、一糸まとわぬ主が、呆然として立っていたというわけだった。
瞬間、陸奥守の脳内は目まぐるしく稼働した。
普通に考えれば、すまんちや誤解じゃー! くらい騒いで大慌てで出て行くべきだ。そうするのが一番傷が浅くて済むと分かっている。
しかし、鉄壁のガードを誇る主の裸体を拝む機会など、この先もう絶対にないと断言できる。そうしたらどうすべきか。おのずと答えが出た。
目に突き刺さったのが、白い肌だった。
そうして鎖骨、丸い肩、胸のふくらみ。その頂の色、なだらかな腹のラインと、悩ましい腰の括れ。
へその位置、長さと形の整えられたアンダーヘアに、その下の太もも――膝、ふくらはぎ。
すべてすべて、生まれたままの彼女の姿を、脳裏にしっかりと焼き付けた。
わが刀剣男士刃生に一遍の悔いなし――。
陸奥守はその場に大の字になった。主の性格を考えると、今後自分がどういう目に遭うか分かり切っている。
貴重な裸身を拝ませてもらったのだ、あとはもう焼くなり煮るなり好きに任せるのみ。
かくして陸奥守吉行は、風呂場の椅子をもって激しく殴打され、三十五時間に及ぶ手入れを要する重傷を負ったのだった。
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