二、片目で異常に恋してる
「明石さん、最近和泉守さんと仲がいいんですね」
そういえば、と篭手切江から振られた話題に、明石はよせやい――とかすかに照れ、しかしそれをスン……と飲み込んでえーそうです? なんてとぼけてみせた。
仲がいいと言えばそうかもしれない。
休み時間や放課後にオタクトークをすることが度々あるし、個人的にメッセージのやり取りをすることもある(もちろん内容はない)。他の女子とはそういったやり取りが皆無であることを考えると、仲が良いと称して差し支えはないだろう。
「またまた、しらばっくれちゃって。結構噂になってますよ」
篭手切はそう言ったかと思えば、急に真面目な顔つきになって、
「しかも明石さん、彼女がいたのに和泉守さんに乗り換えたとか」
「は?」
明石を面食らわせたものだ。
きょとんとする明石に構わず、篭手切は止まらない。
「まあこれに関しては、和泉守さんならしょうがないと共感の声が五割、明石さんサイテーと軽蔑する声が五割といったところです。ところで、僕の知らないところでいつの間に彼女が?」
なんてことを白々しく聞いてくる篭手切に、明石は渋い顔つきになった。付き合いの長い彼は、明石にそんな相手がいないことなどお見通しだ。いややこの子、と明石はかすかにそっぽを向いた。
「……誤解ですわ。自分は一言も彼女がいてるなんて言うてまへん」
「日本語の曖昧さをフル活用しましたね。まあ確かに親しくない人からすると、明石さんが非モテだってことはなかなか見抜けないですよね」
「非モテ言うなや」
「明石さん、恋愛に興味がないなら興味がないってはっきり言ってもよかったと思いますよ。あなたが言うなら、強がりには見えませんから」
「……でも今は、そうでもありまへん」
「おお」
言葉たくみな篭手切の誘導に、とうとう明石は本音をぽろりと漏らしてしまった。
それを導き出した篭手切はというと、そうした当人だというのに驚いた様子である。
「明石さんもついに、恋心を知ってしまったと。そういうわけですか」
「いやや、やめて下さい。その言い方なんかキショない?」
「いえ、全然。それにしても、ネットに毒されてうっすら女性嫌いを発症していた明石さんの氷の心を解かすなんて。和泉守さんって恋愛においても優等生なんですね」
素敵ですねと目を輝かせる篭手切に、明石はいよいよ表情を曇らせた。
「優等生というか……。オタクとしての性質が似てたっていう、それだけのことですわ」
「いえ、むしろ。それこそが運命ですよ」
「は?」
「明石さんのとりとめもないオタク話について行ける人なんて、世間広しと言えどそうはいないんですから。それも、面食いの明石さんを唸らせる美少女がそうだなんて、これが運命以外のなんだっていうんですか。おめでとうございます。明石さんにもようやく人生の春が到来ですね」
頑張ってくださいね。
篭手切は自分のいいたいことだけ言うと、エールを送り去って行った。
まるで嵐のような出来事に、明石は呆然となっている。一体何だったんだと思いつつも、そうか春か……となにかを噛みしめるのだった。
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