三、今がその時だ
その後うまくしてふたりは恋人同士に――ということはもちろんなく。
学園祭では楽しい思い出を残したものの、それ以上の発展は一切なく、これまでと何ら変わらない日常生活に戻り、試験だ模試だとプレ受験生の身となった。
そうこうしているうちに、彼女は冬休みから予備校の冬期講習に通い始め、同じ予備校に通っている篭手切から、
「和泉守さん、やっぱり他校の男子からモテモテですよ。ちぎっては投げちぎっては投げして通うのも大変そうです」
などという不穏な情報を得、明石もまた一も二もなく同じ予備校に通うことを決心した。
成績優秀な彼女は予想通り上級クラスに振り分けられていたが、どうにか気合と根性と下心とで彼女と同じクラスに滑り込んだ明石である。面構えからして違うものがあった。
「予備校でも明石と一緒なわけ~? まったく、どこに行っても代わり映えしないわね」
偶然を装って声をかけた明石に、十一は驚きつつもどこか照れ臭そうな笑みを向ける。不遜な態度を装っているが、見知った人間を見つけた嬉しさがありありと感じ取れるものだった。
それが分かって、ついつい明石の小鼻が膨らみかける。
「そんなこと言うたかて、進学実績ならここに勝るところはないですやん。立地の良さからしてもここ以外にありえへんでしょ(※すべて事実だが、彼女を追いかけるためだけに入塾したのが本音※)」
「おっ! なんか急にデータキャラみたいね。眼鏡キャラは伊達じゃないって?」
「あんなぁ。自分、十一はんと比べたら多少見劣りするかもしれへんけど、一応それなりの成績キープしてますぅ」
彼女と出会うまでの明石は、下から数えた方が早そうという程度には落ちぶれていた。それが今はここまでなった。恋の力とはおそるべし。
データキャラよろしくクイッと眼鏡のつるを押し上げると、ぶはっと十一は盛大に噴出した。
「似合わなっ。明石には、眼鏡キャラなのに頭良くないみたいな属性であってほしかったのにな~。その方がウケる」
「はん。残念やったな、アテが外れて」
なんて会話を楽しんだり、学校のことやオタク趣味のことでふたりだけの世界を作り出すことで、他校のライバルたちを牽制し圧倒的な優越感に浸ったりもした。
本来、シコシコと勉強するタイプではない明石だが、十一とお近づきになるためにはそれしかないのだ――。
学校の定期試験では軒並み上位に名を連ねている彼女だが、それが日々の自主学習の賜物であることを明石はよく知っている。
予習復習はもちろんのこと、授業中に居眠りすることなんて一切なく真面目に打ち込み、分からないところがあれば質問に行って理解するまで居座る。学生の鑑みたいなその姿勢は、あらゆる教師陣からの受けが良かった。
しかしそれでも、十一は足りないという。
「姉は全国模試一桁だったから」
「学校の試験はいつも一位だったし、大学でも上位何パーセント常連」
「私なんてまだまだ」
そんな口癖を何度聞いたことか。
学校の試験での件に関しては、不躾ながら学校名と偏差値を調べ――うちより低いですやん、なんて思ったりもしたが、全国模試を持ち出されるともはやなにも言うことがない。
さすがの十一も全国模試で一桁には達しないらしく、大手予備校の模試を受けた後は、ひととおり結果の不出来さ(明石からすれば決して不出来ではない成績だ)を嘆いたあと、担任も唸るほどに完璧なやり直しを提出し「お手本にしたいくらいだ」と言わしめたものだった。
おそらくと――彼女は、彼女の姉たちのような天才ではないのかもしれないが、それでも、努力という点においては確実に天才だと思う。
幼い頃から優秀な兄姉と比べられてきたという悲しい過去のせいか、自身を追い込むほどの無茶をすることに少しのためらいもない。そばで見ていて、いつか壊れてしまうのではないかと危惧するほどに。
時にそれが痛々しくも映るが、かといってどこまでもまっすぐなほどに上を目指す姿は、いっそのこと眩しくて尊い。
なんと――明石は思う。なんと自分に不釣り合いな人や、と。
もともと明石は、基本的になんでも一通りのことを器用にこなせる質で、これまでさほど努力したことがなかった。親に付き合わされてお受験し、幼稚舎から高校まではエスカレーター式に進んでエリートコースに乗っかり、その後も適当に進学して適当な就職先を見つけるものだと思っていた。
ある時それがつまらなくなって――なぜかオタクの道に走るということにもなり、それが原因で大幅に成績を落とすところとなったが、結局それもそれとして、たとえば篭手切のようにアイドル趣味一直線に極めたわけでもない。御手杵のように誰からも好かれる特性があるわけでも、村正のような独特の存在感だって持っていない。
だからといって、自分になにもないと腐るほど何も持っていないわけではもちろんなくて、――中途半端な自分に辟易し、人生なんぞはつまらないものだとうすぼんやり悲観してみたり。でも、それが行き過ぎて世をはかなむほどの繊細さもなく、「適当」にこれまで過ごしてきた。
そんな明石にとって、何事にも常時全力投球の彼女は強い憧れのとなった。だから――というのはまあ、後付けなのだが、そんな十一に明石国行は恋をした。恋をして、変わった。
相変わらず、シコシコ勉強するのはかったるいと思う。
高望みしなければ普通に大学受験には成功するくらいの成績なんだから、予備校なんぞに通わんとオタク活動に精を出したいのが本音だ。しかし、努力している彼女をしり目にだらけるのは居心地が悪いし、何より一緒に予備校に通うという学生ならではのイベントを楽しみたい・共通の話題を増やしたい・少しでも一緒に居たい――その一心で、明石はここにいるわけだ。
――絶っっっっっ対、誰にも渡さへん。
彼女の隣、鬼気迫る形相で授業にうちこむ明石の背中には、並々ならぬほどの闘志が燃え上がっていた。
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