Catch me,if you wanna. - 10/20

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「ねえさあ、夫婦ってなんだと思う?」
 カフェのオープンテラス、白昼堂々と話題にするにはあんまりな内容だ。アイスティーをストローでぐるぐるかき混ぜながら問いかけた審神者に、加州清光はきょとんと目を丸くしてみせる。
 ちなみにこの加州、彼女の初期刀の加州ではない。いつぞやの演練で、間違って声をかけて以来仲良くなった、よその本丸の加州だ。今では彼女の加州ぐるみで(?)付き合いがある。
「え……。なんなのいきなり。ていうか、なにその話題。新婚さんでしょ、うまくいってないの?」
「うーん、喧嘩はしてないよ。そもそも喧嘩するほど会話がない」
「冷え切ってるじゃん。大丈夫なの、それ?」
 加州はちょっと前のめりになった。
「一夜の過ちから結婚に至ったという、出来婚もびっくりのゲス婚だからさ。ラブラブってわけはないよね。ないんだけど、やっぱ結婚した以上は、夫婦仲睦まじくしたいと思ったのよ」
「ま、そうだよね。でも会話さえない、と。夜のほうはどうなの?」
「え、それ聞いちゃう」
「どうなの」
 やんわりと促されて、審神者はゆらりと視線を泳がせた。「……ない、ね」
 ぽつりと呟いた審神者に、加州は怪訝そうな顔つきになる。
「え、なんて?」
「だから、ないっていった」
「え? ない? なにが?」
「だーかーらー、夫婦の営み自体がないって言ったの!」
 何度も聞き返す加州に焦れて、審神者の声のボリュームはにわかに大きくなった。柔らかな陽光のふりそそぐ、明るいオープンテラス。万屋の一店舗のカフェなので、客は刀剣男士か審神者ばかりだ。それら客の視線がさっと審神者に集まる。しかも沈黙というおまけつき。
「あ、すみませんうるさくして」
 気づいた加州が愛想よく周囲に謝罪を入れると、ほどなくして視線は散り、沈黙は解除され穏やかな談笑の声が戻って来た。
「声でかすぎ……。ていうか……まじで」
「いやむしろ、言語的コミュニケーションはないのに肉体的コミュニケーションはとってたら、それはそれで驚きじゃない?」
「あー……そっか。恋愛婚が主流だとそういう感じ方になるのか。だったら最初の疑問、俺には答えられないや」
 加州はすっかり恐縮したように言うが、審神者の方ははじめから、なにか答えが得られるとは思っていない。
「やっぱそこは、打たれた時代の価値観が反映されるわけ?」
「まあそうね」
 とは言いつつ、加州は「まじかぁ……」と呟いているので、彼にとって衝撃的事実なのだろう。
「でもね、私の理論的にはそれが普通じゃないか? と思うわけよ」
 審神者がどこか得意げに言うと、なんなの、と加州は興味を示す。
「夫婦が営みをする理由ってなに? 子孫を残すため。あとは愛情を確認するため。そんなところでしょ?」
「性欲処理もあるでしょ」
「身も蓋もない言い方! どっちにしろ、私と長義の関係性において、その両者とも不要なのよ。子をなす必要はないし、そもそも子はできない。そして、私たちの間に愛情はない。こう考えると、私たちに営みって不要だよね?」
「はい、質問。あんたたち性欲処理どうしてんの?」
「シャーラップ! 私は今まで独り身で、これからも独り身の予定だったから、そこはすでにクリアしてるの、なんの問題もないの! あっちの方は……知らない!」
 あけすけな加州の問いに、審神者は精いっぱい答えた。
 そこよ、と彼は指摘する。
「あんたはそうでも、むこうはどうか分かんないでしょ」
「うん……。でも……つまり……? どういうことだってばよ?」
「いや、単純な疑問。不能なのかな、と」
「それは分からんけど……。でも性欲がまっっっっっったくない個体ってのも、あるって聞くしね?」
「もしかしたらあんたに襲われた衝撃で不能になったとか」
「……! ……!!」
 さらっとすごいことを言ってのける加州に、審神者は青ざめ――を通り越して、土気色になった。汗がすごい。がたがたと戦慄する審神者に、加州は、あ、ごめんと悪びれない。それでこそ彼だ。
「ま、そこまでメンタル弱そうには見えないけどね~」
「ソ……ソウカナァ……」
「え、ごめん冗談だよ? 逆ならまだしも、男で、しかも刀剣男士があんたから襲われて不能になるとか、あり得ないから」
「カクショウハアルノカナ……」
 土気色の顔でか細くささやくさまは、控えめに言っても新妻♡ のそれではない。いよいよ加州は罪悪感に苛まれた。この手の冗談は禁句だったのだと気づく、まあ時すでに遅しだが。
「ごめんって。……あ、ほら。外注ですませてるかもしれないじゃない?」
「マイバンイッショニネテルケドネ……」
「……だとしてもだよ! ま、いんじゃない?」
 懸命に慰めていた加州だが、次の瞬間なにもかも――なんかもうどうでもよくなった、とその顔に書いてある。
「ナニガ?」
「そのままで。あんた別に、なにも困ってないじゃん。向こうも、何も言ってこないってことは何も困ってないってことでしょ。それでよくない? なにか悩むことある?」
「……誠意のある対応とは、で悩んでる」
「結婚したのは、かなり誠意のある対応だと思うよ。だって、好きでもない刀剣男士と結婚するとか、かなりなことじゃん? 好き合ってたって、結婚となるとためらう人が多いって言うのに。あんたよくやったよ」
「そうかなぁ」
「第一さ、考えてもみなって。あんたの方はさ、実際のところ、まだ完全に失恋の傷が癒えたわけじゃないでしょ? 傷も癒えてないところに――完全に自業自得だけど――あんなことがあって、結婚とかいう選択を迫られて。実際、長義のことも別に好きってわけじゃないんでしょ? ないならないでいいじゃん、旦那元気で留守がいい。至言だよ」
「……留守ではないんだけどね」
 ようやっとそんな言葉を返すと、審神者は考え込んだ。

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