二者面談
話は、長義が審神者・雪待の元を訪れた日に遡る――。
雪待という名の審神者の名前を、長義は政府に所属していた時分に耳にしたことがあった。
敗戦イコール歴史改竄につながる審神者にとって、常勝不敗は当然のこととはいえ、目を引くのは鮮やかにすぎる「勝ち方」だ。味方の損耗を最小限に抑えながらも、敵には最大限のダメージを与え確実に勝利する。しかも出陣の最中に有用な情報を掴んで持ち帰り、自陣営にアドバンテージをもたらす。
常に期待以上の戦果を挙げ続ける審神者のカリスマ。演練に出れば、新人から中堅からベテランまで、尊敬を集めてやまない存在……。
そうして何を隠そう、強烈すぎるその見た目。長身、さらには鋼のような肉厚ボディ。完璧な化粧と完璧なヘアメイク、そうしてゴージャス極まりない衣装――。要するにオネエだ。それも超弩級の。
誰が見ても必ずといっていいほど
「ファビュラス……」
と呟いてしまうほど。その存在感は、一度見たら忘れがたいという。
祝言の際、長義はあらかじめ審神者から聞かされてはいた。政府の担当官と、研修時代にお世話になっていた先生を一人呼ぶから、と。
一体どのような人だろうかと思っていた長義は、一目見た瞬間から、「絶対『雪待』だ」と確信した。確信すると同時に、彼(彼女?)が師匠だったのか……となんとも言いようのない気持ちになったものだ。
その、雪待本人からの呼び出しである。
一体何事かと慌てながら、長義は本丸を飛び出していったものだった。
「待ってたわよ、婿殿」
雪待との対面は二度目になる。人間相手とはいえ、圧倒的存在感に長義は隠れて息を呑んだ。
「先日は、祝言にご臨席賜りまことにありがとうございました。せっかくお招きいただいたのに、何分急なことだったので、」
手ぶらで来たことを詫びようとした長義に、雪待は当たり前よ! と先手を打った。
「あんな物騒な連絡を受けたんだから、取るものも取りあえず迅速に殴り込んでくるべきなのよ。取り乱したところが見たかったのに、随分悠長に来たわね」
じろりと迫力のある目ですごまれ、長義は答えに窮した。雪待本丸から連絡を受けたのは加州で、彼は、
「雪待さんが長義に会いたいんだって~。あの人短気だからすぐ行った方がいいよ。手土産とかホント要らないから、裸足で行くレベルね」
とのことで、長義にしては慌てて駆け付けた方だった。物騒な連絡って、一体どんな連絡だったんだ? そして加州はそれを超解釈して伝えたというのか。
それでも長義は道すがら、他人の家(本丸だが)に行くのに手ぶらなのもどうか、行く途中になにか調達していった方がいいのではないか、とかなり迷った。まあ結果的に、そんなことをしなくて正解だったわけだが。
「まあいいわ」
雪待はフンと腕を組むと、今度は品定めするような視線を向けてくる。しかしそれしきで動じる長義でもない。堂々として見返していると、ふたたび雪待はフンと鼻を鳴らした。
「度胸は合格ね。でも、山姥切長義ねぇ……。ふーん」
意味深な呟きをして、意味深な表情で品定めをやめない雪待に、長義は段々と焦れてきた。しかしどうにも、先に言葉を発するのがはばかられて、粛々と―しかし毅然として視線を受け入れる。
視線だけの応酬が数分続くと、いいわ、と雪待が切り出した。なにかよく分からないが、よかったらしい。
「ちょっとだけ昔の話をしましょうかしら。あの子はね、アタシにとって……そうねえ。我が子というのは烏滸がましいから、姪っ子みたいなもんかしら」
雪待は唐突に話し始めた。姪っ子はおこがましくないのか。長義の疑問はそこにある。
「うちはちょっとした事情から、研修生の受け入れを長く中断してたの。でも色々あって、あの子を受け入れることになった。うちで修行したのは二年くらいかしらねぇ。一年も経つ頃には、どこに出しても恥ずかしくない立派な審神者になってたんだけど、もっといろんなことが教えたくて、ついつい引き延ばしちゃったのよ。でも、このアタシが二年もみっちり仕込んだんだから、そりゃあもう完璧な審神者にして完璧なレディになったわ」
「レディ?」
長義はその言葉に引っかかり、思わず聞き返してしまった。じろりと雪待の視線が飛ぶ。しかし本当に――彼女の普段の生活を見る限り、レディかどうかは疑わしいのだ。口をつぐんだ長義に、雪待は鋭い視線を送りつつ、まあいいわと続けた。
「あの子がいた二年……。いろんなことがあったわ。泣かせたこともあったし、土砂降りの雨の中、大声で喧嘩したこともあったわ。あの子を美しく着飾るのは楽しかったし、パジャマパーティや恋バナ、一緒にショッピング……温泉にも一緒に行ったわね。あの子ったら本当に素直で、だけど頑固で……でも何事にも一生懸命で。本当に可愛かったわ」
「つかぬことを聞きますが、」
長義は再び口を挟んだ。
「大変失礼なことであるとは重々承知しています。しかしこれは非常に重要な確認です。雪待殿の性志向は、」
「どっちもよ。アタシは美しい人間が好きなの。でも安心なさい、あの子は美しいけどアタシにとっては実の姪っ子みたいなもんだから」
どっちも、というのは若干ひっかかるが、そこは保留として長義は頷いた。雪待はさらに続ける。
「ともかくね、あの子はアタシにとって大事なひとなの。それで、早速本題に入るわよ」
そこで言葉を区切ると、雪待は鋭い険しい視線を長義に投げた。
「大体の事情は、あの子から聴いてる」
確かに、と長義は思った。この流れからすると、彼女は雪待のことを心から信頼し、頼っているのだろう。祝言の時の立った二人の来賓のひとりであったことからも、それが窺える。だからこそ、彼女はすべてを話した。
有体にいえば、疑われているのだろう。わざわざ手の込んだことをして結婚にまでこぎつけて、一体なにを狙っているのか。雪待の気になるところはそこだろう。
一目見たときから、長義は彼女のただならぬオーラに気づいている。しかも相手は審神者、なにか特殊な異能を有していてもおかしくはない。彼女がどんな能力に恵まれているかは知らないが、雪待ほどの審神者なら、すべてを見透かしていても不思議はなかった。
かすかな動揺はしかし、胸中にしまいこんだ。手段としてはどうかと思うが、結果的にやましいことは一つもない。問われればすべてをありのまま話す覚悟はできているのだから。泰然自若として対峙する長義に、雪待は鋭い目つきのままゆっくりと言葉を紡いだ。
「あなた一体、あの子のどこに惚れたわけ?」
重厚なる雰囲気のなか、投下された問い。
長義は一瞬、彼女の言葉を聞き違ったのかと思った。
「へ?」
思わず素で聞き返した長義に、雪待は先ほどと寸分たがわぬ感じで、
「あの子のどこに惚れたわけ?」
しかし言葉は若干フランクに、ふたたび問いかけた。
「ほ……ほれ……?」
「分かってるわよ、あんた素直じゃなさそうだもんね。それに変にこじらせてそうだし。しかもあの子、超絶好きだった刀剣男士にフラれたばっかだったしねぇ。んで、強引に結婚までもっていったんでしょ? 分かるわよォ、その感じ」
――長義は、理解が追いつかない。
いやそこは普通、そんなことをしてどんな狙いがあるかを問いただすのが先だろう。そこは分かっていいのか? 大体、素直じゃなさそうとか、こじらせてそうとか、なぜそんなことが、会って一時間も経っていない彼女に分かってしまうのか。
ぽかんとしてしまった長義に、ふたたび雪待は意味深な視線を向けて、いいのよ分かってる、とうるさそうにした。
「普通そこは疑うところだろ、とか、会って間もないお前に何が分かる、とか言いたいことは全っ部分かってる。もうね、そういうのいいから。アタシね、面倒くさいのが嫌いなの」
どうなの、と再三にわたる催促をうけて、長義は観念した。よく分からないが、しかし彼女を前にすると到底抗いがたいものを感じる。ここは正直になるほうが吉だろう。
「出会った当初から、彼女には好感を持っていました。人当たりがよく溌溂とした性格で、刀剣男士たちにも慕われていて……。新参の私にも随分親切にしてくれました」
「いいわ、その調子よ」
「月並みかもしれませんが、笑顔がその……素敵で。彼女が笑うとそれだけで、まるで魔法みたいに場の雰囲気が明るくなるといいますか。それに、努力家なところも大変好ましい。仕事が終わってからも、夜な夜な勉強に励んでいる彼女を、応援せずにはいられませんでした。俺の作ったおにぎりを美味しそうに頬張る姿……あれは可愛かった……」
長義は、思い出して頬の筋肉を緩めた。結局あの頑張りは惚れた男のためだったと判明したが、それはそれ―。
「こうだ、と断言することはできませんが、……自分だけの特別な何かが欲しいと思ったとき、彼女に恋をしていることを自覚しました。……?」
ちょうどその時、語尾をかき消すような、するどいシャッター音が。
音のした方へばっと視線を向けると、平野藤四郎と思しき刃物が、ものごっついカメラを構えてこちらへ向けていた。ぽかんとして見返す長義を、一枚。
「え……?」
「いいわ、続けて」
「いや、今なんで……撮っ……え?」
「いい表情してたからに決まってるでしょ。さ、続けなさい。もっと恥ずかしい話を聞かせて」
「はずっ?」
「歯が浮くようなくっさいこと言いなさい。思い出して身悶えするほど初々しい恋バナを、じっくりたっぷりと聞かせなさい?」
とまあ、こんな感じで思いつく限りの恥ずかしい話を暴露させられ(そして真っ赤になった顔や慌てる顔などを、都度写真に収められ)た長義だったが、同時に、研修時代の審神者の話や貴重なお宝写真を譲ってもらうという旨味もあった。
ほくほくで帰った長義だったが、彼は知らない――。
「あれぇ、先生から荷物が届いてる」
ある日審神者の元に届いた小包、一足はやい誕生日プレゼントに紛れて、
『あんたへの愛をつづる旦那様の写真を同封するわ?』
というメッセージとともに、長義の写真が添えられていたことを。
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