甘くて苦い煙草の香りと、脳髄に響く酒精の香り。――喫煙所での一件からふたりが深い仲になるまで、そう長い時間はかからなかった。
清麿の距離の縮め方は、絶妙だった。性急ではないのに、そのくせ我に返ると、もうこんなところまで来てしまっていたのだと、驚嘆するような。
不快なことなどなにひとつなく、心地よさと安堵があるばかり。審神者は思うところもなく、ただただされるがまま、身をゆだねたのだった。
それゆえ、初めて肌を重ねたときも――そんなまさかと思う一方で、やっぱりこうなったと納得するような、なんとも不思議な心持ちだった。
最中のことは、無我夢中というか忘我の境地というか――とにかく覚えがないが――目が覚めて、隣にあられもない姿の彼を認めたとき、もはや後戻りができないことを知った。
後ろめたく思ったのは、一瞬だった。
別に刀剣男士と審神者の恋愛が禁止されているわけではない。そういった一般的事実を持ち出して、誰でもしていることなのだと納得すると、ほの暗い感情は消え去った。
本丸に入って数年、刀剣男士たちとはつかず離れずの関係できて、誰かと深い仲になることなど全く想定もしていなかった審神者である。といって、恋愛自体を忌避していたというわけでもない。そんな大仰なことではなく、ただ単に、そういった自己像をイメージできなかっただけで。
きっと、と審神者は思った。
事後でハイになっていただけかも分からないが、――清麿だからこそ、と確信した。根拠はない。あるいは、自身の貞操観念を否定したくないがための妄信だったかもしれないが、事実、改めて清麿という男士と向き合ってみると、やはり好もしさしかなかった。
話す速さとか、言葉の選び方とか。挙動の一つ一つに見られる、柔和さや温和さとか。伏せた目元の長いまつ毛とか、それがゆったりと持ち上がるとき、けぶるような色香が立ちこめるところだとか。
あるいは、やわらしくて丁寧だとばかり思っていたのに、人目がないところでは意外と行儀の悪い部分があったり、あまり興味のないことに対しては大雑把であったり。――ひとつひとつ、源清麿という刀剣男士を深く知っていくにあたって、いよいよ愛おしさが募ってやまなかった。
また、清麿は審神者に対してどこまでも真摯で、親切で、言動はもちろん指先から目線に至るまですべてをもって愛情を示してくれる。常に気遣いと労いがあり、彼と一緒にいて、不快に思うことがなにひとつない。
形式的には主従関係で結ばれたふたりのことだ。もしかして彼に無理をさせているかもしれない、と思ったこともある。思ったら確かめずにはいられず、大丈夫か無理をしていないかと直接問うてみた。
返ってきた答えは、
「無理なんてひとつもしてないよ。してあげたいことをしてるだけ、僕の気持ちだよ。迷惑でないのなら、何も言わずに受け取ってほしいな」
なんていう甘く、そしてそれ以上に拒否できない言葉で。
その時クラリとしてしまったのは、仕事にかまけて朝食も昼食も抜いたこと以外に、理由があったかもしれない。
しかしこの時、ほんのりと一瞬だけ胸をよぎったとある感情は、のちのちゆっくりと肥大していったのである。
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