いけないこと - 1/3

 しなやかな肢体は指先まですらりとして、一切の無駄がない。
 中性的な顔つきときめ細かな白い肌、長く密度の濃い睫毛に、薄く形の良い唇。――なにをしていても、なにもしていなくとも。なんとも言い表しがたい色気を感じるのが、源清麿という刀剣男士だった。
 とはいえ、たとえば数珠丸恒次や宗三左文字のように、耽美という雰囲気ともすこしちがう。なにがどうと表現するのはむずかしいが、とにかく中性的で色っぽいというのが一番しっくりくる。
 しかしその中性的な中に、ふとしたある瞬間に――断固として強い雄の鋭さのようなものを感じるから、なかなかどうして心臓に悪い、というのが審神者の清麿評なのであるが。
 これは聞いていない、と彼女は衝撃を受けた。
 空前絶後の驚きは、驚きすぎてずっこけるという物理的な破壊力にもつながったものだ。
「な……なん……」
 尻もちをついて、あんぐりと口を開いて。阿呆みたいに口をぱくぱくと開閉させる審神者にむかって、こんな状況を作り上げた張本人が婉然と微笑んでみせる。――その、破壊力さえもヤバいわけで。
「次の任務で、どうやらこういう仕掛けがいるみたいなんだ。どうかな?」
 完璧に女装した清麿が、淑女然としてしゃがみこんで、審神者に手を差し伸べてみせる。距離が近づいてふわりと香ったのは、彼の愛用の香水ではなく、どこかしっとりと色っぽい、花のような香り。
 いつもの香水も脳がとろけそうになるほどいい匂いだが、これもこれで――。
 そう思った瞬間、審神者は尻もちをついて痛かったことも忘れ、身を乗り出して彼の胸元にすがっていた。
「これは……なんの香り? ここからすごくいい匂いがする」
 全体的にいい香りではあるが、どうやら着物の合わせの部分から特に香るようだ。補正しているであろう、柔らかな曲線をえがく胸元に鼻先を近づけてスンスンと恥も外聞もなく嗅ぐ。嗅ぐ。嗅ぐ。
 くすくすと軽やかな笑い声がして、ようやっと審神者は己の所業のまずさに思い至った。
「っ……ご、ごめん! あんまりいい匂いだったものでつい、」
 咄嗟に顔を上げて、清麿と顔を合わせ――そこで彼女は馬鹿みたいに見惚れた。率直に、そこにあった顔が美しすぎたからだ。
 もともと清麿は中性的で端整な顔立ちをしている。そこに――路線的には未亡人といった雰囲気――しっかりと化粧を施せば、危うげな雰囲気の美女が出来上がりというわけだ。
 涼しげな目元には血色があって、それなのに健康的というよりは傾国の様相。うすい唇はつやつやと赤く、赤の中に輝く玉虫色がどうにも色っぽくてたまらない。
 さすがに喉仏や首筋はごまかしようがないためか、絹織りのスカーフがうっすらと巻いてあるが、その秘匿性が隠されると暴きたくなるヒトの性を刺激してやまない。
 ごくりと、生唾を飲みこんだのは完全なる無意識だった。
 見惚れて息も忘れて固まっていると、目の前の魅惑の美女が目を細め唇の端を緩め、――くつりと笑みをこぼした。一瞬伏せられた目元、睫毛の影にさえもけぶるような色香が含まれて、心臓が大きく跳ね上がる。
 思わず後ずさりしかけて、しかしそれをつないだ手が許さない。それどころか、逃げようとしたのを察したらしい清麿が、グッと上体を近づけて耳元に唇を寄せてきた。かおりと、音。ぐらぐらと理性が揺らぐ。
「主、……――した?」
 真正面から核心を突かれて、審神者はたまらず――顔を真っ赤にして、その場から逃げおおせたのだった。

送信中です

×

※コメントは最大10000文字、100回まで送信できます

送信中です送信しました!