夏油傑離反回避ルートに入ります。 -2- - 2/5

 ――まあ順調な滑り出しということで、本題。
 ぴっかぴかの一年生の私たちにも、さっそく任務が割り振られた。

 概要はこうだ。
 とある団地の一室、夜間に子供が泣きじゃくるが、原因は不明。
 病院で検査してもらったが、特に異常は見つからず、神社やお寺にお祓いを依頼したが、なんの効果もない。
 上階の部屋では、過去に住人が自殺し、現在入居者はなし。
 もしかして呪霊の仕業では……? ということで、高専側に調査及び呪霊祓除の依頼が入った。
 呪霊の等級は推定四級、高く見積もっても三級。
 一年生にはおあつらえ向きの任務というわけだった。

 今回、この任に抜擢されたのは私と――夏油傑。
 日が経ったとはいえ、やはりゲロ事件が尾を引いていた私にとってはだいぶん気まずかったが、……彼の制服が臭くなかったので、ちょっと安心。

「雪名は、術師の家系だったね」

 移動中の車内、彼は気さくに声をかけてきた。
 そういう彼は、非術師の家系。……それなのに、すでに呪霊操術をあらかた物にしているというのだから、その非凡な才能がうかがい知れるというものだ。

「うん、一応ね」
「じゃあ、高専に入学する前にも呪霊討伐の経験が?」
「まあね」

 術式については、初日に縛りで明かせないと周知している。
 どこまで話していいか分からず、話が続かない。……本当はいろいろ話したいこともあるが、変に突っ込まれても答えられないので、相槌を打つので精一杯だ。
 残念。

「夏油君は? 術式、使いこなしてるよね。あれは経験がある人の感じにお見受けするけど」
「呪霊を払っているという認識はなかったけど、……見えてしまうからね。取り込んでもしまえるし」
「……怖くなかった?」

 私は怖かった。知識があると言えど、人生二週目と言えど、呪霊は怖い。それだけは変わらないし、今でも――そう。
 ちらりと横目で窺うと、彼は少しだけ意外そうに目を見開いていた。
 目が合うと、くすりと穏やかに笑ってみせる。
 え、なにその笑顔。ちょっと意味が分からない。

「君は?」
「え」
「雪名は怖くなかったの」

 質問に質問で返すなと言いたいところだが、そんな毒気もなく、ただただ、怖かったよと素直に返した。虚勢を張るところでもないし。
 そうすると彼はまた、笑う。

「じゃあ一緒だ。私も怖かったよ。……でも、出来てしまったからね」

 その横顔がどこか寂しげに見えて――私はそれ以上の言葉を飲んだ。
 彼のやさしい理由が、分かる気がする。
 もう少し踏み込もうとしたとき、補助監督さんが声をかけた。

「夏油くん、遠野さん。もうすぐ着きますよ」

 そうして、それ以上の雑談は了いとなった。

 現場となった団地は、見た感じはなんの変哲もない建物に見えた。確かに――残穢はある。しかしそこまで因縁の強いものではない。
 補助監督に案内されて、問題の部屋へと入る。

「呪霊はいない……ね。でも、残穢はある」

 夏油の言葉に雪名はうなずく。
 投げ捨てられたような因果律の線を拾い上げる。――確かにここで、住人が自殺している。理由は借金苦。ただ……人に害をなすほどのものではない。
 うっすらと痕跡はある。確かにこの程度なら、敏感な子供がなにかを察知するのもうなずける。

「雪名、どう見る?」
「人間に影響を与えるような呪霊じゃないと思う。……ただ、勘のいい子は気づく。その程度」
「私もそう思う。……竹内さん、住民から話を聞くことってできますか?」

 夏油の言葉に、補助監督竹内さんがうなずいた。
 私たちは奥の方に待機。竹内さんが住民と話すのを聞いて、情報収集をする。
 下階に居りてインターホンを押すと、ほどなくして住民の女性が出た。竹内さんがいかにも通りのよさそうなことを言って、女性の警戒心を解く。

「おわ。奥さん、顔色ひどい。あれは相当参ってるね」
「子供が連日、引き付けを起こしそうなほど泣き続けてるんだ。無理もないよ」
「……子供ね」

 上階の踊り場にいる私たちの耳に、アスファルトを駈ける軽い足音飛び込んでくる。
 ちらっと窺うと、どうにも例の子供らしい。

「あの子に話、聞けないかな」
「雪名。ちょっと、」

 制止する彼の声を聴かず、私は踊り場から身を乗り出し、地面へ飛んだ。
 階段を上がってきたんですよ、という体を装って、下階から子供を追いかける算段だった。が、――踊り場を通り過ぎる子供と、逆さま落下の最中、ばっちり目が合ってしまう。
 シュタッ! とスーパーヒーロー着地を決める。決まったがダメだこれ。

「……スパイダーマン?」

 踊り場から身を乗り出して、こちらを見つめてくる。目を丸くした子供に見つかって、言葉に窮した挙句――

「いや、スーパーガールってところかな」
「?」

 マーベル派だったらしい子供には通じず、無事に撃沈。
 夏油の深いため息を聞いた気がしたが、まあいいかと開き直る。
 そう時間を空けず、夏油もまたやって来た。

「あの、……」

 見ず知らずのお兄さんお姉さん(小学生からすると高校生もおっさんとおばさんか?)にもじもじする少年に、夏油はすっと目線を合わせるべく膝をついた。

「野村さんのところのお子さんかな? 初めまして。ちょっと、上のお部屋の見学に来てるんだ」

 さらっと説明する夏油に、少年はどこか不安そうにしていたが、きゅっとこぶしを握り、首を振る。

「……やめたほうがいいよ。あそこ、お化けでるから」
「お化けが出るの?」

 私もしゃがみ込み、目線を合わせる。

「……でるよ。だれも信じてくれないけど」
「そうなの? どんなお化け? お姉さんが退治しよっか」

 ずけっと言葉を吐いた私に、夏油が少し厳しい視線を送る。彼の文脈にはそぐわなかったらしい。
 息が合わないなと思いながら、ほら、と私は筋肉ポーズを取ってみせる。

「お姉さん、スパイダーマン見習いだから。倒せるよ、強いもん」
「……でも……」
「それはさておき。どういうお化けか知っておきたいから、教えてくれるかな」

 柔らかい声で促す夏油に、少年はおずおずと言葉を紡いでみせた。

「……首にひもが絡まった人。お父さんは自殺した人って言ってた。トイレからくるの」

 ――確かに、自殺はトイレで行われていた。

「……それは、君にしか見えない?」
「だれも信じてくれない……。あんなに見えるのに、お父さんも、お母さんも……っ。僕が、変だって」

 泣きそうに顔をゆがめた子に、夏油がゆっくりと手を伸ばし、横からその頭をやさしく撫でた。
 大丈夫だよ、と彼が言う。
 ――瞬間、はっきりと因果律の線が見えた。
 彼の声に反応して、線が太くなり、絡まり合い――太っていく。
 こういうのは見たことがない。分析しかねる私をよそに、夏油は穏やかな声で少年をなだめた。

「お父さんやお母さんに見えなくても、私たちには見えるから。君の言うこと、信じるよ」
「……ほんと?」
「本当さ」

 その声は、泣きたくなるほどにやさしかった。

 ――などという感傷は捨て去って、夜。
 呪霊が活発になるだろう時間を見計らって、我々は再びそこに出向いた。
 高専専用車の後部座席、ふたりで作戦会議を開きながら。

「呪霊がいた場合、祓除は」
「私がする。現場が狭いから、小回りが利く方がいいでしょ」
「だね。ではお手並み拝見と行こうか」

 一応腰にはミーケさんを佩いてきたが、おそらく出番はないだろう。そう願いたい。
 高専に入ってから初めての任務。少しだけ緊張しているのか、無意識にミーケさんを手で撫でくり回していた。

「それ、雪名の得物?」

 目ざとく見つけられて、ちょっと気まずい。
 ぱっと手を離すと、誤魔化すようにうははと笑う。

「まあ一応、念には念を入れてね。でもめっちゃ高価なものだから、実は極力使いたくない」
「伝家の宝刀というわけか。雪名、ベースはなに? 古武術?」
「よく分かるね」
「分かるさ。凪いだような立ち姿と無駄のない動き、古の和の心を感じるよ」
「ほえー、そういうのも分かるんだ。すごいね」

 感心して言うと、夏油は笑って、冗談だったんだけどと付け足した。

「……なんだい。冗談かよ」
「短刀を使うっていうのも、実に古流武術らしいと思ってね。あまり使いたくないだろうけど、そっちの方も期待してる」
「りょーかい」

 静かなエンジン音が止まり、車が団地の前で止まる。
 竹内さんに幄を下ろしてもらい、ずんずんと団地の階段を上っていく。

「……いるね」
「ああ。例の部屋だ。いる」

 二人とも呪霊の気配を察知して、息をひそめる。
 すーっと息を吸い込んで、吐き出す。呼吸は止めない。流れるように、調和するように。そっとドアノブを回すと、――瞬間、因果の線を読み解く。
 中にいるのは、推定四級の呪霊。
 決して強くはないと分かる。しかしなにかが妙だ。……どんどんと、その気配が強くなっている気がする。

「……泣き声だ」

 夏油がつぶやく。遠く――下階から、火のついたような子供の泣き声が谺する。
 どうにも、子供の泣き声に呼応しているきらいがある。

「雪名、気を付けて」
「合点承知の助。油断なく」

 ドアを開けて――足を踏み入れる。
 呪霊は、……いた。トイレの前にしゃがみ込むようにして、鎮座ましましている。
 因果律の線には、複雑なものが巻き付いているのがみえる。……この自殺者だけでない。そうしてそれは、次第に太くなっていくのが分かる。
 呪霊の線は細い。太くなっているのは――生きたヒト由来のそれ。しかしそれが、断片的すぎて読み取れない。
 まさか、泣き声に呼応している……? だからといって、それは大した脅威にもならないが。
 この程度の呪霊なら、因果律の線を断ち切るだけで消える。
 しかし、術式を使うまでもない。
 なにか引っ掛かるものを感じながら、呪霊の一番弱いところを捕捉し――呪力を込めた拳を呪霊に向かって叩き下ろす。
 体重と重力とが乗った重い一撃は、呪霊を容易に貫き――その姿を雲散霧消させた。

「お見事」

 夏油の軽い言葉に、ふっと緊張がゆるむのが分かった。

「さすが、手慣れているね」
「いやこの程度は……。でもなんか、いまいちすっきりしない」
「でも……、泣き声もやんだようだよ。やはり、あの子の夜泣きと呪霊には因果関係があったね」
「……そうみたい」

 一件落着、とでもいうかのように団地は静まり返っている。
 なにかしっくりしないものを感じながら。夏油とふたり、部屋を出て階段を降り、竹内さんの待つ車へと急いだ。

 その違和感の正体が分かったのは、ずいぶん経ってからのこと――。

 高専寮の食堂。
 ほとんど寝ぼけ眼で朝食をかきこんでいたとき、テレビのニュースキャスターが聞き知った単語を並べた。
 はっとしてそちらを向く。
 見たことのある団地と、聞いたことのある名前。

『警察は一家心中事件として、捜査を進めています』

 団地での火災。火元はとある一室。一家三人が焼死。
 ぐわんぐわんと頭痛がするのを感じながら、無言で席を立つ。

「……?」

 近くで食事をとっていた硝子が目を丸くしたのも、目に入らない。
 ――調べなければならない。
 私はその日、はじめて一限目をサボった。

 

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