「不良少女」
言葉のわりに、やさしい声が投げかけられる。
なんで見つかるのかなぁ、見つからなそうなところを選んで落ち込んでいたというのに。
夏油傑はゆっくりと歩み寄ってきて、膝を抱える私の傍らに立った。
「硝子が心配してたよ。またゲロ吐くんじゃないかって」
「……あながち間違ってなさそうなのがつらい」
――呪霊はあのとき、払った。
でも、それだけが問題ではなかったのだ。
断片的にしか分からないけれど、確実にこれだけは言える。
呪霊は子供と関連していた。もともとあった自殺者による残滓に等しい呪力が、多感な子供の呪力に反応して、あの無害な呪霊を生み出した。
――あの家庭は問題を抱えていた。なんてことのない家庭不和だが、それが子にとっては脅威だったのだ。
居場所を失うかもしれないという恐怖。
父と母が、家族がバラバラになるかもしれないという恐怖。
見えないものが見える恐怖。
それを信じてもらえない孤独感……。
呪霊の線には、それが混じっていた。
もしかしたら――詮無いことを考える。その因果の線を書き換えていたなら。
ほんの少しだけ。子供の線を、ほんのわずかに――「安心」の方へ傾けていれば。
こんなことには、ならなかったのではないか。
みんなが明るく笑って暮らせる未来が、あったのではないか。
こんな――心中なんて、悲しく後味の悪い幕引きなんてならずに。
「……呪霊を払ってもハッピーエンドにならないことって、あるんだね」
ぽつりとこぼした私に、夏油はすぐには言葉を返さなかった。
「呪霊が生まれる過程が、すでに幸せとは真逆にある」
「分かっちゃいるけどさぁ……。なんのために払ったんだろ」
深い後悔と罪悪感によって吐き出された言葉に、夏油は口ごもった。
「……それ、本気で言ってる?」
彼がしゃがみ込んだのが分かる。あの時と同じように、目線を合わせるように。
でも私には、彼の目が見れない。
そこに浮かんでいるだろう失望を、見ることができない。
「術師は、非術師を守るためにある」
穏やかな口調で、彼が言う。
「でもそれは、……非術師を完璧に幸せにできるってことではない。私たちにできるのは、呪霊を払うこと。それだけだ」
暖かく大きなものが、肩に触れた。――掌だと分かったとき、思わずわっと顔を上げてしまった。
やさしすぎるのだ。彼が。
クソッタレ、絶対泣かない。泣くものか、こんなことで。
泣く資格なんてあろうか。あるはずがない。
「……そうだね、思い上がりだねこんなの。呪術師が、聞いて呆れら」
「雪名、」
「大っ丈ー夫。しーんぱーいないさー!」
そう、人生はいつだってハクナ・マタタ。こぶしを突き上げて立ちあがると、彼が少し目を見開いたのが分かる。
「夏油君、私は強い。こんなことで折れはしないよ。ただちょっと……ホームシックと重なって、ナーバスになってただけ」
あたたかな掌から逃れるように、努めて笑みを作ってみせる。
単なる同級生とはいえ、こんな私とのやりとりがノイズとなって、のちの「――猿め」につながらないように。ここで彼にジレンマを与えてはいけない。
あ、でも。本当に、いやになるほどに――彼がやさしくまっすぐだということは、十分に分かった。
それゆえに、孤独を抱いたことも。
凝り固まってしまったことも。
「……でもありがと。君のやさしさはばっちり届いた」
感謝を述べて、その場から本当に逃げた。
確かにすべて、彼の言う通り。
呪術師に出来るのは呪霊を払うことだけ。原因となっている家庭不和を取り除くなんて、それこそ呪術師の出る幕じゃない。
ここで私は、自分の思い上がりに気づく。
人生二週目だからとか、知識があるからとか、メタ的な視点があるからとか。だからといって、すべて自分の思い通りになるわけではない。
ひとりの人間に出来ることなんて、限られている。
今回のことは、かなり身にこたえる――しかし教訓となった。
しかし、そんな感傷に浸る間もなく、すみやかに夜蛾先生に呼び出されて――。
「担任の俺の授業をサボるとは、いい度胸だな」
「ひぇっ……」
しこたま絞られたのは、言うまでもない。
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