夏油傑離反回避ルートに入ります。 -2- - 3/5

「不良少女」

 言葉のわりに、やさしい声が投げかけられる。
 なんで見つかるのかなぁ、見つからなそうなところを選んで落ち込んでいたというのに。
 夏油傑はゆっくりと歩み寄ってきて、膝を抱える私の傍らに立った。

「硝子が心配してたよ。またゲロ吐くんじゃないかって」
「……あながち間違ってなさそうなのがつらい」

 ――呪霊はあのとき、払った。
 でも、それだけが問題ではなかったのだ。
 断片的にしか分からないけれど、確実にこれだけは言える。
 呪霊は子供と関連していた。もともとあった自殺者による残滓に等しい呪力が、多感な子供の呪力に反応して、あの無害な呪霊を生み出した。
 ――あの家庭は問題を抱えていた。なんてことのない家庭不和だが、それが子にとっては脅威だったのだ。
 居場所を失うかもしれないという恐怖。
 父と母が、家族がバラバラになるかもしれないという恐怖。
 見えないものが見える恐怖。
 それを信じてもらえない孤独感……。
 呪霊の線には、それが混じっていた。
 もしかしたら――詮無いことを考える。その因果の線を書き換えていたなら。
 ほんの少しだけ。子供の線を、ほんのわずかに――「安心」の方へ傾けていれば。
 こんなことには、ならなかったのではないか。
 みんなが明るく笑って暮らせる未来が、あったのではないか。
 こんな――心中なんて、悲しく後味の悪い幕引きなんてならずに。

「……呪霊を払ってもハッピーエンドにならないことって、あるんだね」

 ぽつりとこぼした私に、夏油はすぐには言葉を返さなかった。

「呪霊が生まれる過程が、すでに幸せとは真逆にある」
「分かっちゃいるけどさぁ……。なんのために払ったんだろ」

 深い後悔と罪悪感によって吐き出された言葉に、夏油は口ごもった。

「……それ、本気で言ってる?」

 彼がしゃがみ込んだのが分かる。あの時と同じように、目線を合わせるように。
 でも私には、彼の目が見れない。
 そこに浮かんでいるだろう失望を、見ることができない。

「術師は、非術師を守るためにある」

 穏やかな口調で、彼が言う。

「でもそれは、……非術師を完璧に幸せにできるってことではない。私たちにできるのは、呪霊を払うこと。それだけだ」

 暖かく大きなものが、肩に触れた。――掌だと分かったとき、思わずわっと顔を上げてしまった。
 やさしすぎるのだ。彼が。
 クソッタレ、絶対泣かない。泣くものか、こんなことで。
 泣く資格なんてあろうか。あるはずがない。

「……そうだね、思い上がりだねこんなの。呪術師が、聞いて呆れら」
「雪名、」
「大っ丈ー夫。しーんぱーいないさー!」

 そう、人生はいつだってハクナ・マタタ。こぶしを突き上げて立ちあがると、彼が少し目を見開いたのが分かる。

「夏油君、私は強い。こんなことで折れはしないよ。ただちょっと……ホームシックと重なって、ナーバスになってただけ」

 あたたかな掌から逃れるように、努めて笑みを作ってみせる。
 単なる同級生とはいえ、こんな私とのやりとりがノイズとなって、のちの「――猿め」につながらないように。ここで彼にジレンマを与えてはいけない。
 あ、でも。本当に、いやになるほどに――彼がやさしくまっすぐだということは、十分に分かった。
 それゆえに、孤独を抱いたことも。
 凝り固まってしまったことも。 

「……でもありがと。君のやさしさはばっちり届いた」

 感謝を述べて、その場から本当に逃げた。
 確かにすべて、彼の言う通り。
 呪術師に出来るのは呪霊を払うことだけ。原因となっている家庭不和を取り除くなんて、それこそ呪術師の出る幕じゃない。
 ここで私は、自分の思い上がりに気づく。
 人生二週目だからとか、知識があるからとか、メタ的な視点があるからとか。だからといって、すべて自分の思い通りになるわけではない。
 ひとりの人間に出来ることなんて、限られている。
 今回のことは、かなり身にこたえる――しかし教訓となった。

 しかし、そんな感傷に浸る間もなく、すみやかに夜蛾先生に呼び出されて――。

「担任の俺の授業をサボるとは、いい度胸だな」
「ひぇっ……」

 しこたま絞られたのは、言うまでもない。

送信中です

×

※コメントは最大10000文字、100回まで送信できます

送信中です送信しました!