なんてことはない、とある日の放課後。
「あぁ~~……お腹減った……」
五限目の体術訓練。自分よりでっかい野郎二人とのスパーリングで、真っ白に燃え尽きた私は自分の机に突っ伏して、空腹に耐えかねていた。
夜蛾先生、スパルタすぎる……。
なにが『雪名は実践経験が豊富だから、実技で技術をもっと磨け』ですか。
確かに実技は大事でしょうとも。でも、中間はないのか? あんなゴリラども相手に呪力操作のみで立ちまわって、私の体力ゲージはもう真っ赤。
ぐうう……と空腹の消化器官が根を上げる中、私の肩を叩いたものがいる。
「雪名。お腹減ってる?」
マイヴィーナス硝子。そりゃもう腹減りMAXですわ。
「ザッツラーイ……。この地響きのような蠕動音が聞こえるかね……」
「なんか食べに行く?」
「行く!!」
わー硝子ちゃん神~。もしかしてこれデートのお誘い? めっちゃ行く。私は跳ね起きて、いそいそと帰り支度に取り掛かる。
「なに行きますかね! 私いまなら何でもイケるよ。リクエストないなら甘いもの食べたいな~」
「ゆっくり座れるところがいい? カフェとか、ドーナツとかでもいいけど」
「行く~♡」
硝子の口から「ドーナツ」とか平和的な単語を聞くと、実に心に染み入るね。ワンワンと涎垂らして喜びまわる、バカ犬みたいなテンションではしゃいでいると――
「ドーナツいいね! 俺も行く。傑は?」
「私もちょうど小腹が空いてたところだ。ご相伴に預かろうかな」
不穏な声を聴いて、はっとそちらを振り返る。
スパーリングと称して。このか弱い私をいじめ倒してくれた、あのにっくきゴリラども。クソが……。ミスドを血の海で染めようって?
「ええ……。硝子ちゃん、今日は女子会では?」
「私はどうでもいいけど」
「だって! じゃ決まり」
彼女の「どうでもいい」は、なんの考えもなく、本当にどうでもいいの意。ここで私が嫌がったら、なんか私が駄々こねたみたいな雰囲気だ。
唇をへの字にした私の首に、五条悟の長すぎる腕がグンッ! と巻き付く。クソがこの! この無駄に長すぎる手足から繰り出される締め技に、私がどれだけ苦労したことか……!!
「女子ひとりしかいないのに、なーにが女子会だよ」
「はァ? おま、硝子ちゃんが男子だって言いたいの? 硝子ちゃん、五条君が致命傷負っても金輪際治さなくていいよ」
「いやお前だっつーの。女子はお散歩パンチで急所つかねえし、金的ばっか狙わねえだろ」
「お散歩パンチって?!」
なんだよその名称、牧歌的すぎ。
確かに金的は狙いまくったが――このフィジカルで劣る私が勝つには、ウィークポイントを叩くしかない。れっきとした戦略だ。
それに、男子なら金的がいかに弱いか分かってるから、軽率に狙わないと思います。
「雪名のパンチ……突きかな。力が入ってなさそうなのに、確実にダメージが入るからね」
夏油が補足する。まあ確かにそれはそう。
因果律を見ると、どこが弱いかすぐに分かるかる。そこに呪力パンチを叩き込む――やっぱり、そういう戦略です。
「お散歩?」
「ちょっとお散歩ついでに、みたいで予備動作ないじゃん」
「だから距離を取りたくない。体格差を生かして抑え込むに徹するしかなくなる。雪名はもっと柔術を鍛えた方がよさそうだね。今度特訓つけようか?」
親切そうな彼の言葉に、うえ……と声が漏れる。
確かに、この齢で打撃も組技も強いとか、夏油傑、これまでどんな鍛え方してきたんだよ。
「それは否めない……」
「じゃ、手始めにこの裸締めからエスケープしてみ」
言うが早いか、五条のもう片方の腕が首に回り、ぐっと締め上げられる。咄嗟に手首を食い込ませたが、くっっっっそテメーも立派なゴリラだな!
「いやいやいやいや、不利じゃん!」
「ほらほら、早く解除しないと楽しい女子会♡ なくなるぜ」
「んごごごごぁああああああッ」
もはや遠慮は無用、禁じ手を使う。
私は五条の顔にそっと手を伸ばした。指を滑らせて這い上がる。なりふり構っていられるか、私は硝子ちゃんと楽しいカフェデートを楽しむんだ……!
「悟っ!」
何か察したのか夏油が注意喚起するが、もう遅い――
「っぶねぇえええ!」
私の指が鼻フックを決めそうになった刹那、五条が慌てて腕をほどいた。ガチの敵なら、眼球に突っ込んでいたところだ。
「やっば……。こいつマジでヤバすぎ。この国宝級の顔面に鼻フックとかないわー……」
「ハハハ、顔面国宝なら鼻フック決めても国宝じゃん? あ、ほら。硝子ちゃんが教室で喫煙し始める前に、さっさと行こう!!」
バタバタと通学カバンを取って硝子の背中を押すと、男たちもそれに続く。
まあ――かくいう私も。鼻フック、決めなくてよかった。
やっぱりいかに顔面国宝とはいえ、鼻の穴には指つっこみたくないもんね。人差し指と中指を見るたびに、これが五条悟の鼻に突っ込んだ指か……ってなりたくないし。
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