夏油傑離反回避ルートに入ります。 -2- - 5/5

 呪術高専では、呪術関連以外に普通の中等教育の内容も履修するため、予習復習はマストだ。はぁ、一週目でこれくらい勉強していたなら、もっとまともなことできてたのかな。後悔先立たず。
 目下私を苦しめている、二次関数の応用。
 なぜだ……一週目で学んだはずなのに、私の海馬は純白の更地。あ、そうか。一週目も苦手だったわ。
 勉強のお供に缶ジュースでも、と寮の部屋を抜け出して自動販売機コーナーへ向かうと――麗しの女神がいた。

「買い出し?」

 ベンチに腰かけて紫煙をくゆらせていた硝子が、財布片手の私を呼び止める。

「ちょっとジュースでも。なにか飲む?」
「悪いよ。缶コーヒー、無糖で」
「あいよ」

 悪びれもなく言った硝子のために、よさげな缶コーヒーを選んでやる。どんがらがっしゃんと出てきたものを渡すと、さんきゅ、と彼女はタバコを指に挟んで器用に開けた。
 それにしても、タバコを吸う姿が様になっていること。

「長いの?」

 まるで、この現場何年目? みたいなノリで聞くと、硝子はかすかに目を見開いた。それからすぐに、ああ、と呟いてみせる。

「まあ……それなり」
「やっぱ、反転使えると肺機能もリセットできるの?」
「ははっ、なにその視点。ウケる。まあね」
「便利だねー」
「あんたも使えるじゃん」
「いやいや、微々たるもんよ。小学生のときに骨折したことがあるんだけど。完璧には治ってないっぽくて、やっぱちょっとおかしいことあるもん」

 左の手首をコキコキと鳴らすと、ふっと硝子は笑ってみせる。アンニュイな横顔。ずっと眺めてたいわ。

「でもそれは私のも一緒。完璧には治せないし」
「そっか」
「……ねえ、その骨折って」

 ちらりと硝子の視線がこちらを向く。「呪霊退治とかで?」
 自分の話題に触れられたことに驚き言葉に詰まると、答えたくないならいい、とすぐに言葉が返される。
 いえ、そんなことない!

「全然。そしてその読みは正しい。つっても、派手に転んでボキってやっただけ。壮絶な死闘の果てに……とかじゃないよ」
「そんな昔から、呪術師やってんだ」
「まあ、親が呪術師だからね。父ひとり子ひとり、……あ、いや母は仕事で別居してるってだけなんだけど」
「そっか」

 そう言って硝子は不自然に視線を泳がせる。

「……お母さん、何してるの?」

 え、もしかして……この話題聞いてもいいのか? だめなのかな? みたいな逡巡があったってこと? え、なに。硝子可愛すぎない?
 思わず口元がにやける。

「うちのお母さまはね、でっかい大学病院で外科医やってる。私失敗しないので……じゃないけど、腕のいいドクターだよ。憧れ」
「そっか」

 ふっと沈黙が降り立つ。――なんとなくその静かさが、いやじゃない。

「ね。私も硝子ちゃんの話、聞いてもいい?」
「……いいけど」
「彼氏いる?」

 ……数学はもういっか。
 手元のエナドリをごくごくとを飲み干すと、目を丸くした硝子に、私は更なる追撃をかました。
 ――かくして二人だけの女子会は、通りがかった寮母さんに「あなたたち、まだいたの?!」と咎められるまで続いた。

 

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