呪術高専では、呪術関連以外に普通の中等教育の内容も履修するため、予習復習はマストだ。はぁ、一週目でこれくらい勉強していたなら、もっとまともなことできてたのかな。後悔先立たず。
目下私を苦しめている、二次関数の応用。
なぜだ……一週目で学んだはずなのに、私の海馬は純白の更地。あ、そうか。一週目も苦手だったわ。
勉強のお供に缶ジュースでも、と寮の部屋を抜け出して自動販売機コーナーへ向かうと――麗しの女神がいた。
「買い出し?」
ベンチに腰かけて紫煙をくゆらせていた硝子が、財布片手の私を呼び止める。
「ちょっとジュースでも。なにか飲む?」
「悪いよ。缶コーヒー、無糖で」
「あいよ」
悪びれもなく言った硝子のために、よさげな缶コーヒーを選んでやる。どんがらがっしゃんと出てきたものを渡すと、さんきゅ、と彼女はタバコを指に挟んで器用に開けた。
それにしても、タバコを吸う姿が様になっていること。
「長いの?」
まるで、この現場何年目? みたいなノリで聞くと、硝子はかすかに目を見開いた。それからすぐに、ああ、と呟いてみせる。
「まあ……それなり」
「やっぱ、反転使えると肺機能もリセットできるの?」
「ははっ、なにその視点。ウケる。まあね」
「便利だねー」
「あんたも使えるじゃん」
「いやいや、微々たるもんよ。小学生のときに骨折したことがあるんだけど。完璧には治ってないっぽくて、やっぱちょっとおかしいことあるもん」
左の手首をコキコキと鳴らすと、ふっと硝子は笑ってみせる。アンニュイな横顔。ずっと眺めてたいわ。
「でもそれは私のも一緒。完璧には治せないし」
「そっか」
「……ねえ、その骨折って」
ちらりと硝子の視線がこちらを向く。「呪霊退治とかで?」
自分の話題に触れられたことに驚き言葉に詰まると、答えたくないならいい、とすぐに言葉が返される。
いえ、そんなことない!
「全然。そしてその読みは正しい。つっても、派手に転んでボキってやっただけ。壮絶な死闘の果てに……とかじゃないよ」
「そんな昔から、呪術師やってんだ」
「まあ、親が呪術師だからね。父ひとり子ひとり、……あ、いや母は仕事で別居してるってだけなんだけど」
「そっか」
そう言って硝子は不自然に視線を泳がせる。
「……お母さん、何してるの?」
え、もしかして……この話題聞いてもいいのか? だめなのかな? みたいな逡巡があったってこと? え、なに。硝子可愛すぎない?
思わず口元がにやける。
「うちのお母さまはね、でっかい大学病院で外科医やってる。私失敗しないので……じゃないけど、腕のいいドクターだよ。憧れ」
「そっか」
ふっと沈黙が降り立つ。――なんとなくその静かさが、いやじゃない。
「ね。私も硝子ちゃんの話、聞いてもいい?」
「……いいけど」
「彼氏いる?」
……数学はもういっか。
手元のエナドリをごくごくとを飲み干すと、目を丸くした硝子に、私は更なる追撃をかました。
――かくして二人だけの女子会は、通りがかった寮母さんに「あなたたち、まだいたの?!」と咎められるまで続いた。
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