――任務後のことだった。
一級術師が駆り出されたわけだから、任務の難易度としてはそれなり。しかし、私の術式と彼の呪霊操術があれば、まあ可もなく不可もなしといったところか。
夏油は私の術式については知らない(と思う)が、ぼんやりと何かを理解した節がある。
あそこが核とか、あそこは崩れやすいから用心しろとか。視えたことを伝え、その通りに動いた成功体験が、彼の理解へと結びつけたのだろう。
何度となく現場を共にしたことから、なんとなく私が『視える』ものを理解したようだった。それと、術式発動による反動もまた。
まあこれは、自分で開示したわけじゃないから、セーフということで。
呪霊を前にして、因果律を観測する。
幽霊騒ぎで廃業した、ラブホテル。危険なのは呪霊だけじゃない、脆く壊れやすい環境もそうだ。
有象無象の集団と、プラスで本体のデカいやつ。有象無象は力は弱いが、数が多すぎる。視界をふさがれると厄介だ。しかし距離がある。
この場合の最適解は――距離を保ったまま、弱い『線』だけ断つこと。
「消えろ」
かすかに呟き、突撃をかましてくる『だろう』呪霊の『線』を断ち切ると、それらがふっと姿を消す。
このノーモーション祓除も、夏油は慣れたものだろう。
――この程度なら指先がしびれる程度だが、数が多い。
かすかな眩暈に顔をしかめると、隣でかすかに息を飲む音が聞こえた。
「今、払った?」
視線を本体から逸らさぬまま、夏油が問う。
目をすがめたまま頷くと、彼がじりじりと距離を詰めてきた。手が触れそうになって、逆にこちらが手を出して、大丈夫と言い聞かせる。
「夏油君は本体を。一瞬、休憩させて」
呟くと、分かったとすぐさま返事があって――戦闘モードへ。
祓除は、思ったよりも長くかかった。
どうも本体の呪霊が『珍しかった』らしく、彼が取り込みたいと言って、私もそれに加勢した。
払うだけなら楽だが、払わずに取り込むとなると、いささか骨が折れる。私と彼は、大乱闘を繰り広げ、どうにか取り込みに成功したというわけだった。
任務を終えたのは、深夜。
「疲れたぁ……」
ぐったりとしながら出口へと向かう。が、通用口までが遠い。
割れた窓ガラスを見て、悪いことを思いつく。窓枠に残った鋭利な破片を、がしゃがしゃと廃材で割っていると。夏油もその意図を理解したのか、破壊作業に加わった。
「任務で割れたってことにしてさ」
「想定の範囲内だね」
軽く笑いあって、即席の出入り口を確保する。
先に夏油がひらりと外へと出た。私もそれに倣って窓枠に脚をかけると、夏油が手を差し伸べて待っている。
「いや、大丈夫だって」
丁重にお断りしてさっと窓からの脱出を完遂する。が、地面に着地したとき、どっと疲れが噴き出した。
「……疲れたね」
補助監督の迎えが来るまで、あと三十分はかかるという。
立ちあがろうとすると、
「少し、休もう」
そう言って夏油が私の隣に腰を下ろした。肩が触れるほどの距離。
――なんとなく、離れた方がいいような気がした。
けれども、疲れも相まって動く気力がない。
「……まずかったでしょ」
ぽつりと問いかけると、ややあってからかすかに、ああと肯定が返ってきた。
「でも、欲しかったから」
「そっか。……私に火力がないもんで、長丁場になったね。五条君となら、もっとスマートにやれたんだろうけど」
「いや」
どこか自重するような笑い声が、聞こえる。
「悟は、ひとりで頑張ってるから」
「……そのうち、傑たすけてーって泣きついてくるよ。彼には大人の分別がまるでない」
「……そうかな」
「そうだよ」
なんとなく。これ以上は何も言わない方がいい気がして、立ちあがった。夏油もそれに倣う。
彼の方が先に、歩き出した。
――言わない方がよかったかなぁ、なんて。言った後に後悔するなんて、馬鹿な話だけれども。
それでも、ひとりじゃないんだと――そう思ってもらえたなら。それでよかった。
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