夏油傑離反回避ルートに入ります。 -8- - 3/5

 ――任務後のことだった。

 一級術師が駆り出されたわけだから、任務の難易度としてはそれなり。しかし、私の術式と彼の呪霊操術があれば、まあ可もなく不可もなしといったところか。
 夏油は私の術式については知らない(と思う)が、ぼんやりと何かを理解した節がある。
 あそこが核とか、あそこは崩れやすいから用心しろとか。視えたことを伝え、その通りに動いた成功体験が、彼の理解へと結びつけたのだろう。
 何度となく現場を共にしたことから、なんとなく私が『視える』ものを理解したようだった。それと、術式発動による反動もまた。
 まあこれは、自分で開示したわけじゃないから、セーフということで。
 呪霊を前にして、因果律を観測する。
 幽霊騒ぎで廃業した、ラブホテル。危険なのは呪霊だけじゃない、脆く壊れやすい環境もそうだ。
 有象無象の集団と、プラスで本体のデカいやつ。有象無象は力は弱いが、数が多すぎる。視界をふさがれると厄介だ。しかし距離がある。
 この場合の最適解は――距離を保ったまま、弱い『線』だけ断つこと。

「消えろ」

 かすかに呟き、突撃をかましてくる『だろう』呪霊の『線』を断ち切ると、それらがふっと姿を消す。
 このノーモーション祓除も、夏油は慣れたものだろう。
 ――この程度なら指先がしびれる程度だが、数が多い。
 かすかな眩暈に顔をしかめると、隣でかすかに息を飲む音が聞こえた。

「今、払った?」

 視線を本体から逸らさぬまま、夏油が問う。
 目をすがめたまま頷くと、彼がじりじりと距離を詰めてきた。手が触れそうになって、逆にこちらが手を出して、大丈夫と言い聞かせる。

「夏油君は本体を。一瞬、休憩させて」

 呟くと、分かったとすぐさま返事があって――戦闘モードへ。

 祓除は、思ったよりも長くかかった。
 どうも本体の呪霊が『珍しかった』らしく、彼が取り込みたいと言って、私もそれに加勢した。
 払うだけなら楽だが、払わずに取り込むとなると、いささか骨が折れる。私と彼は、大乱闘を繰り広げ、どうにか取り込みに成功したというわけだった。
 任務を終えたのは、深夜。

「疲れたぁ……」

 ぐったりとしながら出口へと向かう。が、通用口までが遠い。
 割れた窓ガラスを見て、悪いことを思いつく。窓枠に残った鋭利な破片を、がしゃがしゃと廃材で割っていると。夏油もその意図を理解したのか、破壊作業に加わった。

「任務で割れたってことにしてさ」
「想定の範囲内だね」

 軽く笑いあって、即席の出入り口を確保する。
 先に夏油がひらりと外へと出た。私もそれに倣って窓枠に脚をかけると、夏油が手を差し伸べて待っている。

「いや、大丈夫だって」

 丁重にお断りしてさっと窓からの脱出を完遂する。が、地面に着地したとき、どっと疲れが噴き出した。

「……疲れたね」

 補助監督の迎えが来るまで、あと三十分はかかるという。
 立ちあがろうとすると、

「少し、休もう」

 そう言って夏油が私の隣に腰を下ろした。肩が触れるほどの距離。
 ――なんとなく、離れた方がいいような気がした。
 けれども、疲れも相まって動く気力がない。

「……まずかったでしょ」

 ぽつりと問いかけると、ややあってからかすかに、ああと肯定が返ってきた。

「でも、欲しかったから」
「そっか。……私に火力がないもんで、長丁場になったね。五条君となら、もっとスマートにやれたんだろうけど」
「いや」

 どこか自重するような笑い声が、聞こえる。

「悟は、ひとりで頑張ってるから」
「……そのうち、傑たすけてーって泣きついてくるよ。彼には大人の分別がまるでない」
「……そうかな」
「そうだよ」

 なんとなく。これ以上は何も言わない方がいい気がして、立ちあがった。夏油もそれに倣う。
 彼の方が先に、歩き出した。
 ――言わない方がよかったかなぁ、なんて。言った後に後悔するなんて、馬鹿な話だけれども。
 それでも、ひとりじゃないんだと――そう思ってもらえたなら。それでよかった。

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