心臓が痛い。胸が苦しい。胃のあたりがムカムカする。
寮の自室に戻ってからも、ずっとその症状は残り続けた。
――正直、危なかった。
彼の壊れそうで、けれども懸命に取り繕おうとする姿をみて。理性がはじけ飛んだ。
こんなこと、するつもりはなかった。
彼の心に、私という存在が深く刺さってはいけないと、常々自分に言い聞かせていたのに。
その一線を、超えようとしてしまった。
だって、不可能だ。あんな姿を見てしまったら。あんな声を、聴いてしまったら。
人が壊れようとする瞬間。――少なくとも、好意を抱いている相手のそういった姿を見たら、きっと誰しも、自分を抑えられない。
無我夢中だった。本能的なものでさえあったかもしれない。
抱きしめたこと。
しかしその瞬間――嫌なものを見た。本当に、最低最悪の因果律を、観測してしまった。
あのまま私と彼が、一線を越えて。
そうして――すべての物事が、くるってしまうという。新たな、因果律。
私の存在は、彼の空虚さを慰めるには役立ったかもしれない。
しかし、それまで。
彼の善意は壊れて、すべてを信じられなくなり――やがて破滅へと至る。
その時私の中には、彼が遺したものがあって。
誰もかれもが深く傷ついて、もうどうしようもない――そんな、誰も望まない未来が見えたのだ。
恐ろしかった。おぞましかった。考え得る限り、最低最悪の未来だった。
だから、正気に戻れた。
――彼には、先が見えないから選べる、なんて言ったけれども。
私は強くてニューゲーム。未来が見えるから、選べる。
反則な気はするが、それでも選べて、よかった。
「……っぶなぁ……」
着替えもせずにベッドに倒れこむ。
でも、……ほんの少しだけ。
これでいいと、思った。最後に特大の思い出ができた。あんまりいい思い出では、ないかもしれないけれど――。
推しとハグができて、よかった。
これでもう、後悔はない。
最後の仕上げをしたら、それで。私の役目は完了する。
むっくりと体を起こす。
極限にまで私物が少なくなったその部屋で、カレンダーを眺める。――五条帰還予定まで、あと一週間弱。
私なんかでは、だめなのだ。
夏油傑をつなぎとめておけるのは、五条悟、彼だけだ。
今回の件で、それがはっきりした。
泣いても縋っても、絶対に。うんと言わせてやる。
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