――何度も何度も何度も、考えたのだ。
どうすれば夏油傑を止められるのか。考えに考えて、考え尽くして出た結論が――五条悟、彼しかいなかった。
そもそもなぜ、彼の思想がああなってしまったのか。
非術師に搾取される術師という、歪んだ構造。それが大きな転機ではあったが、そこには幾重にも複雑な構造が絡んでいる。
身もふたもないことを言うと、呪霊の味とか。――なんで、クソまずい他人の排泄物を取り込まなきゃならないんだとか。
星漿体の死。――純粋な女の子が、結界の元になるという歪み。これはもうどうにもできないが、彼女が死んだとしても、天元は一応無事だった。じゃあ自分たちは何を守らされたのだ? ということ。
仲間の死。――純粋な後輩が、『守るべき弱者』の隠蔽によって、あたら散らされてしまったこととか。
弱者生存を掲げていた、心優しい彼だからこそ。その反動は、天地を揺るがすほど大きかったのだろう。容易に想像できる。
何よりも――最強の片割れである、親友の不在。
きっと彼は、そばにいてほしかったんだと思う。最強として双璧を成す――成していた、たった一人の親友に。
一番つらい局面を共に乗り越えた、彼に。
しかし五条悟は、最強になった。最強になって、その精神の構造さえも頭一つ飛びぬけてしまった。
だから、親友の疲弊に気づかなかった。いや、気づいていたのかもしれない。そこは分からない。しかしどちらにせよ、夏油傑が一番傍にいてほしい時に、彼はそばにいなかった。
だから夏油は――壊れた。
いや、壊れたというのも傲慢だ。彼は彼なりに納得のできる生き方を見つけた。それが、決定的に――私たちにとって――暗黒だったというだけで。
闇に飲まれかけた夏油を引っ張り上げられるのは、五条しかいない。
じゃあどうすれば、彼を動かせるか。
こと、ここに至っても良案なんて浮かばなかった。
でも、彼は馬鹿じゃない。察しが悪くもない。いや、むしろ良い方だ。だから、言葉ひとつで――きっと、気づかせることができると思った。
それができなければ、私は完全敗北。
しかし、これさえ攻略できれば。
私は喜び勇んで、死地に向かえるというもの。
任務から戻ってきたらすぐに向かうのが、学長室。
そこで報告を終えた五条を出待ちする。
ドアが開き――彼が出てきた。
「お?」
私の姿を認めると、彼はサングラスごしに目を見開いた。
「任務、お疲れ様」
静かに告げると、五条はにやりとしてみせる。
「なになに、熱い歓迎じゃん。雪名もやっと、俺のミリョクに気づいた?」
なんて茶化してくるが、そんなもん、とうの昔に気づいておったわ。
ちょっと歩こう、とだけ言うと、へーへいと彼は従う。
少し歩いて人気のなくなったところで、ズバリ。私は彼に立ち向かった。
「五条君、最近夏油君と最後に話したの、いつ?」
開口一番そう言うと、五条は目を丸くしてみせた。
いつって……そう言って口ごもる。
「最後? ……この任務行く前……。いつだったかな。覚えてねえよ」
「だろうね。任務前、長旅に出向く君のために。夏油君、……差し入れしてやろうって」
「……あ、そういえば。なんかそんなこと言ってたな……」
「彼ね、君のことずっと待ってたんだよ。教室で。暗くなるまでずっと」
「……いや、あん時は……。先生に呼ばれて、」
「忙しかったんだよね。分かってる。特級術師様だもんね、忙しくて仕方ないんだよね」
あえてキツイ言い方になると、五条は思いっきり顔をしかめてみせた。
「んだよその言い方。やけに絡むじゃねえか」
「絡みたくもなるよ。……夏油君さ、君のたったひとりの親友でしょ。他に友達いないでしょ。だったら友達の約束、破んないであげてよ」
「っお前に関係ねえだろ」
五条もまた、キツイ口調で言い返した。……まあそうだろうね、任務で疲れてるところに、同級生から謎の上から目線で説教されちゃ。てめーは学級委員長か? くらい思ってんでしょ。
分かってる。全部分かってるから。
「関係ないのも、分かってる。……でも、夏油君。待ってたんだよ。五条君のこと。五条君にとって彼が親友であるように、夏油君にとっても君は親友なんだよ」
親友親友うるせーなぁ。でも、それ以外に言葉が見つからないんだよ。分かってる。
「お願いだから、彼のこと一人にしないで。君は強いけど、……もちろん彼も強いけど、……たぶん、君ほど呪術師の思考回路に染まってない。たぶん、私ほども」
「お前……」
「傍で見てたから、分かるんだ。彼の気持ち、もうずっと揺らいでる。揺らぎ続けてる。『あの』一件以来」
五条がかすかに息を飲んだ。
「ちょっとしたきっかけで、……どうなるか、分からないよ」
「どうなるって、……なんだよ」
「私なんかに弱い姿を見せるくらい、弱ってる」
かすかに。サングラスの奥で碧眼が揺らいだ。――そう。
分かってたはずなんだ、彼にも。夏油傑が何か変だって。
「君だって、……気づいてるはずなのに」
「……」
でも、それじゃだめ。気づいてる『だけ』では、全然だめ。変な気遣いも、忖度も、全部要らない。
あいつに押し付けられたから、って。強いから『大丈夫』だとか、だから放っておいたんじゃないって。
全部私のせいにしていいから、だからお願い。
「でも、……私じゃだめなの。五条君、君じゃないとダメなんだよ。彼の隣に立てるのは、君しかいない。お願いだから、」
深々と、頭を下げる。
「……夏油君のこと、一人にしないで。なんでもするから」
――察してくれ。
こんなにも非効率的で、他力本願で、人任せで。こんなやり方間違ってる。けれども、それ以外に分からない。
五条悟が、気づくしか。
「私にできること、もうないんだ。だから、お願い」
思わず、彼の袖口をつかんで縋ってしまう。
その手がかすかに震えた。――こんなに重いお願い、今までしたことがない。きっと一週目の人生でさえも。
でもここで負けたら私は――。
かすかな、ため息が聞こえた。
「あーもう……。訳わかんねえことばっかり、べらべらと」
どうしようもない声が聞こえたかと思えば、がりがりと何かを書くような音がした。頭でも掻いたのだろうか。
恐る恐る顔を上げると。
五条は、なんとも納得いかないような、どこか困ったような。――それでいて、折れたような。そんなどっちつかずの表情で、私を見下ろしていた。
「わーったよ。ま、お前に傑の世話は荷が重いからな」
「っ……ほんとに?!」
「わーったって。でもその代わり、今の言葉。忘れんなよ」
五条は悪い顔つきで笑うと、私の頭をぐしゃっ! とあのデカい手でかき回して、去って行った。
――その後、彼が夏油とどんなふうに接していたのか。
私は知らない。
その直後、私は灰原・七海らとともに例の――呪霊化した土地神の祓除任務のため、遠方へと赴いたから。
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