夏油傑離反回避ルートに入ります。 -9- - 3/4

 新幹線の改札口で。
 私の前には、きらっきらの表情をした灰原雄と、仏頂面の七海建人がいる。灰原に関してはアレだが、七海――若い。若いが、ひどく落ち着き払っている。なんなら私より落ち着いている。

「えーでは、点呼を……取るまでもないな。灰原君、七海君、ちゃんと集合時間が守れてえらい!」
「ばっちりっす!」
「……集合時間を守るのは、人として当然でしょうに……」

 元気に返事する灰原に対して、七海はどこまでもクールだ。いや、そう思うよね普通は。

「うちの特級馬鹿は、びみょ~に遅刻してきやがるからね……」
「それって五条さんのことですか?」
「正解! まああの白髪頭のことは置いておいて、歩きながら任務概要復習しよっか」
「了解っす!」
「……分かりました」

 ――今回、表向きは『低級呪霊絵の祓除』ということになっている。
 そこに私が組み込まれたのは、異例とも言える。こうするためには、マジで頑張った。
 学長に頼み込んで、任務を詰め込みまくって――それでどうにか、『一級術師として、後輩の監督のため』同行許可が下りた。
 二年生ともなると、遠方地での任務も入ってくるため、どれか見極める必要はあったが、時期的にこれしかなかった。
 ちなみに――冥さんに依頼していた件。
 どういった呪霊であるかまでは分かった。特性も成り立ちも。しかしながら、莫大な報奨金を払った割に――具体的な対策など、まるで立てようがなかった。
 以前の任務で、神性を持った呪霊の『線』は、断ち切れないことが分かっている。断ったら即死。であれば、実際に戦って倒すしかない。
 しかしここで――本当に、今さっき。駅の階段を上る途中に、最高に冴えたやり方を思いついたのだ。

「さて、灰原君。今回の呪霊被害、特徴としてどういったものがあげられますか」

 歩きながら訪ねると、えーっと、と灰原は考えを巡らせる。

「原因不明の軽度水害と、水回りの異常……ですか。あとは、変な夢ですね。濁った水でおぼれるとか、あと、起きたら濡れてるとか」
「水に関係のあることですね」

 端的にまとめた七海に、グッド、とサムズアップを送る。

「そう、水。たかが水、いや、されど水」
「水は生活に必須ですもんね」
「そう! つまり、水ってものすごく大事なんだよ。自然を操るってね、結構というかかなり高度なことというか。……言いたいこと、分かる?」
「しかし、低級呪霊ですよね?」

 七海建人、察しがいい! その通り。

「被害としてはその程度だけれど、水が関連している時点で、ちょっときな臭いの」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。これは術師としての勘。幼少期から培われた勘。というわけで、」

 講義はその辺にして、新幹線の中では、お菓子を食べたりトランプをしたりして楽しく過ごした。七海君、ババ抜きめちゃ強。
 そうして――目的地に着くと、すぐにタクシーに飛び乗った。
 まずは、市役所へ。

「どうするんですか?」
「まあ見てなって。まずは古地図を取り寄せる。高専の権限で、秒で出してもらうわよ」

 古地図をゲットしたら、次はその市で一番大きな図書館へ。
 二年ズはひたすら疑問符を並べ立てているが、構わない。
 司書さんに頼んで、市史と、地元の郷土史家が出している、習俗系の書籍をゲットした。
 奥の目立たないところに来て、それらをすべて広げる。

「ぶっちゃけると、……今回の任務。もしかしたら低級呪霊じゃすまないかも、って思ってるの」

 目次を見て、信仰のページを開く。私の言葉に、二人は顔を見合わせた。

「さっきも言ったけど、水。自然を操れるってことは、それなりの存在に違いないと思う。自然霊とかね。もしもそれが呪霊化してるとしたら、最悪」
「……そんなことが、あるんですか」
「あるんですよ。前に、難易度低いですって大ウソ吐かれて赴いた任務が、バリバリ土地神がらみのクソ任務だった。自殺者と、零落した産土神の混合体。準一級か、特級でもおかしくなかったかも」

 二人が息を飲む。いや、そんなビビらせたいわけじゃないんだ。

「まあ、取り越し苦労であることには越したことはない。が、意外と呪霊の成り立ちを読み解いてみるのも、楽しいもんだよ」
「そんな悠長なことを言っていても、いいんですか?」
「いいの。学生なんだから、じっくり学ぼう。すべては一級術師、遠野雪名の権限で処理します。はい、灰原君はそっちの本、七海君はそれ読んで」

 指示を出すと、ふたりは黙って従った。
 これは、賭けだ。――時間稼ぎと、証拠集め。もしもこの調査で、呪霊が土地神案件だという確たる証拠が見つかれば、それを高専に報告し、適切に処理してもらう。少なくとも、二年生たちに任せていい任務ではないのだから。
 そうすれば、私も、灰原も、七海も。誰も傷つかずに済む。
 そうして、三日にわたる地道な文献調査と、フィールドワークの結果――。

 私たちは、かつて祠があったと『される』場所へと行きついた。

「この一帯、土地開発で全然それと分からないけど。もともとは、水害が頻発してた地域ね。昔の地名、やたらと水や谷に関連してるでしょ。あの辺に至っては、すっげー縁起の悪い名前だった。『ここは水没するから、家建てるなよー』っていう先人たちの教えを、きらびやかでシャレオツな名前で隠してんの。受けるー」

 地図で確認しながら指を差した先。モダンなデザインの新築が立ち並び、今まさに家が建とうとしている、新興住宅地がある。

「そんでもって、ここいらはかつて、『水守様』と呼ばれる土地神が祀られていた。古地図には『水分明神』ってあるね。水害多いから、鎮めてなだめるうちに、神格化されたんでしょう。しかし、」
「……土地開発が進み、住人が入れ替わり、信仰自体が失われた」
「それで、呪霊に……」

 飲み込みの早い二年ズに、大満足。
 そう、その通りだ。

「被害が頻発している地域は、この祠の同心円状。『水守様』が守っていた地域だろうね。……たぶん、水の夢を見るのは。かつて氏子だった家系のひとじゃないかな。祀ってくれ、忘れないでくれって夢を通して訴えてるんだろうね」
「これは、……俺たちの出る幕じゃない」

 陰鬱とした溜息が聞こえた。それもまた、その通り。

「残穢もある。証拠もばっちり。……ここは一度高専に持ち帰って、」

 淡々とことを進めようとした、その時だった。
 なにか嫌なものを、感じる。顔を上げるのと同時に、視界の中に飛び込んできたのは、いやな『因果律』の線。

「この近く……水路があったっけ」
「確か、来るときに見かけたっすね」
「馬鹿ガキが、ザリガニ釣りしようとしてる」

 んなもん、埋め立てられた用水路にいるか!
 足に呪力を込めて――オリンピック金メダルどころじゃない速さで、丘を駆け降りる。
 子供が二人。手に釣り道具らしきものを携えている。
 天気が悪い。
 もうすぐ雨が降りそうだ。――呪霊にとって、もっとも条件が良くなる時が来る。

「釣りすんな! 帰れ!!」

 大喝すると、私の声にガキどもはびくりとした。瞬間、水路の濁った水が、どろりと妙な形を作る。

「っさせるかぁああ!」

 滑り込みでガキどもの襟首をつかむと、水辺から遠くへとぶん投げる。正確には、私を負ってきた二人めがけて。二人は危うくキャッチしてくれた。
 しかしそれに腹を立てたのか、水面がごぼりと持ち上がり――醜悪な呪霊の形を作った。

「幄ッ!」

 あ、監督私だ。私が張らなきゃ。
 呪詞をささやく前に、呪霊からの攻撃が。ええいくそ、これじゃすべての計画がパーだ!

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え!」

 やけくそで唱えると、どうにか幄が下りた。
 場所は郊外、ガキさえどうにかなるなら被害はどうにか――。

 やっぱりこうなるわけだ。

 時間稼ぎしようとか、持ち帰りしようとか。いろいろ考えたけど、やっぱりこうなってしまった。
 呪霊を刺激しなかったら? 子供でも膝下までの深さの水路だ、引っ張られたところで、大した被害はなかったかもしれない。現に、今までの被害も死亡事故はない。
 けれども。今回が、『そう』ではなかったら?
 いやもう、考えたって仕方がない。
 そう、これこそが死線。――因果律の線は真っ赤に染まっている。死亡フラグ濃厚。
 やるしかない。

「……灰原君はガキどもを安全なところへ。七海君は、高専に報告」
「しかし、遠野さんっ!」
「怒らせちゃったもんはしょうがない。お邪魔します、邪魔するんやったら帰って~が通用する相手じゃなし。いいから、従う! 命令ッ!!」

 さらなる大喝に、二人はじりじりと後退し――命令に従った。
 零落した産土神と、一対一。
 これは相当怒ってますな。死んだわ、これ。

 水路の水が軒並み持ち上がり、鋭利な刃と化して襲ってくる。水なあ、切れるよな。ウォーターカッターとかあるくらいだもの。
 大したもんじゃないと思っていたが、やはり神。今まで相手した呪霊の中でもトップクラスだ。
 さすがにこれは、まずいかも。
 ……馬鹿だ。公共施設だからと油断して、虎の子のミーケさん置いてきちゃった。まあ、あってもなくても。使い手が私だから、大した火力にもならないけれど。
 ていうか攻撃、速くない? 避けるので精一杯というか、それさえも段々怪しい。反転回しながらの回避、しんどい。
 かといって、協力な一撃を叩き込めるわけでもなし。
 弱点を探したけれど、到底そこにまで行きつかないし――なんなら、私の攻撃力で断てるものでもない。
 ああ――死ぬな。
 そう思った時、ぐらりと、足場が崩れるような感覚がした。
 もしかして貧血?
 そう思ったが、足元はしっかりしている。
 目元が、なんだか変。因果律の線が、――普段は余計な情報をシャットアウトするため、絞っているのに。不必要なほどに見える。けれどもそれが、一切ノイズにならない。全部分かるし、全部読み解ける。
 変。
 今までこんなこと、なかったのに。
 呪霊の攻撃が、よく分かる。そう、まっすぐ心臓狙ってくるから、最小限の動作でよける。避けた先にまた来るから、飛びのく。意外と簡単かも?
 情報が――。夥しいほどの情報が、入ってくる。
 一手先なんてものじゃない。数十手、数百手――いやもっと。
 もしかしたら、勝てるかも。
 呪霊が祓除された未来が、見える。これはきっと都合のいい幻でも、妄想でもない。近いうちに起きうる未来。
 ――特異点の介入により。
 それなのに、ちっとも嬉しくない。かといって悲しくもない。……なんだか、感情が鈍い。
 ああ、そうか。
 術式が、多分。――眠っていたものが全部、開花したんだ。

 瞬間、脳裏に様々な記憶の断片が流れ込んだ。

 五条悟に懇願したこと。夏油を抱きしめたこと。硝子とのやりとり。学長に土下座したこと。夜蛾先生にたしなめられたこと。――もっと、昔。
 中学の卒業式。小学校の入学式。幼稚園の。もっと昔――母に、抱き上げられたこと。もっと昔――胎内に、いたときの。暖かく、穏やかで、泣きたいくらいに優しい、そこ。
 波の音が聞こえる――。永遠に、終わることなく何度となく。寄せては返す、さざ波の。
 ああ、もうずっとここにいたい。きっとここは世界で一番安全で、やさしくて、心地よくて。
 そんな絶対の安堵感に抱かれて、私というものが消失しかけた、その刹那だった。

 すさまじい爆音とともに、水しぶきが上がり――幄が晴れた。

 誰かの、腕。強く、たくましいその腕に、抱かれている。
 眠ってしまいたいような、心地よさ。しかし、それを許してくれない、傲慢な声。

「間一髪」

 嬉しそうな五条悟の声に、意識がはっと浮上した。
 そうした瞬間、すべて分かっていたものが、すべて分からなくなった。まるで、皮膚ごと剥がれ落ちるみたいに。全能が、消えた。
 それとともに――鈍化していた感情に、まるで血が通うように。熱いものが、胸の奥にこみ上げてきて、止まらない。
 助けて、くれたんだ。
 そう思った時、心底から――よかった、と思った。
 死にたくなかった。助かって、よかったと。

「お前言ったよな? なんでもするって」

 ぼやける視界の中で、特級に美しい造作の顔が、悪魔みたいに意地悪な顔つきになる。

「さらに命まで助けてやったんだ。……雪名、お前」

 一生パシリな。
 そんな傲慢なセリフとともに、意識が奥底まで沈み込んだ。

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