早朝、高専の教室。
久方ぶりとなるそこは、随分様変わりして……なんてことはもちろんなく、私が最後に登校したときと、なんら変わりはなかった。
リハビリを終え、退院の許可も降り。迎えに来た夜蛾先生と硝子に連れられ、高専の社用車でここまで来て――。
「先生、これから私たちミーティングがあるので」
ぐいっと私の首に腕を回し、逃げられない圧をかけた硝子に、私は粛々と従わざるを得なかった。
硝子、強い強い強い。腕がみしみし頸動脈圧迫してる。落ちるって。
「ミーティング?」
「雪名には聞かなきゃいけないことが、山ほどあるんで」
夜蛾先生は数瞬、私と硝子とを見比べたが、ま、積もる話もあるだろうと快く見送り――今、この状況にある。
私を取り囲むように、硝子、五条、夏油の三人が。
椅子を並べて、三対一。もはやこれ、あれよ。圧迫面接。わーみんな気が早いね、そう遠からず、こういった社会の縮図に取り込まれることに……ならないか。術師だもんね。
なんて意識を飛ばす私に向かって、口火を切ったのは――
「適当なこと言って煙に撒くなんて、ナシだかんな。俺ら三人、情報共有ずみなわけ」
五条悟だった。なっがい脚を持て余し気味に組んで、椅子に踏ん反り替えって。良い刑事と悪い刑事で言うところの、後者かな。
「まずは雪名の話から、聞かせてもらいたいんだが。……構わないね?」
穏やかに問いかけるのは、夏油傑。こちらは前者。五条が責め立て、夏油が宥め。そうして自供を引き出すというチームプレイだろう。
「黙秘は認めない」
真ん中の硝子がまた、特級の圧をかけてくる。……悪い刑事二人は、ちょっとアンバランスかもな。この場合、硝子は書記官くらいの立ち位置でいればいいのに。
なんて分析したところで、私は袋のネズミ。取調室の容疑者。
あーカメラ、どこにありますか? 取り調べも可視化するべきでしょうが。なんつって。
「黙秘はしないけどさ……。じゃあまずは、そっちがどういう情報を保持しているかを知りたい」
「あ? お前自分の立場分かってんの?」
「警察の取り調べでも、普通そういう情報は漏らさないけど」
「ここ警察じゃないんで。そして、私が答えようとしていることは、一歩間違えれば、私の呪力及び術式が一瞬で吹っ飛ぶ可能性がある。私を非術師にして、この呪われた宿命から解放してくれるってんなら、洗いざらいぶちまけるけど」
さらりと答えると、五条があからさまに舌打ちをした。夏油も黙る。硝子はタバコを――出そうとして、夏油から止められた。ここは昭和の取調室か?
三人は一様に目配せをしあった。
口を開いたのは、夏油。
「枷場菜々子、美々子という名前に聞き覚えがあるね?」
そこから。――まあ、順当だろう。
私は不敵に笑ってみせる。余裕の演出だ。
「あるよ」
「どうして」
「それは話せば長いことになるんだけど、」
「簡潔に言え。お前、詐欺師みたいに口回るだろ」
「心外な。じゃあ今北産業よ。叔父が探偵。依頼が入った。調査中に接触した。以上」
「それじゃ意味わかんねぇだろ」
「悟、」
夏油が窘める。そう、簡潔に言えと言われたからそうしたのだ。
五条は肩をすくめて口を閉じた。
「雪名。詳しく教えてもらえないか」
「おっけー、じゃあ叔父について。私、父が術師だって話はしたかな。叔父は、術師ではないものの割と『見える』方。んで、呪霊がらみの依頼も入ってくるわけね。それを、父と二人で捌いてたって話」
「ではその、叔父さん経由で……あの村の依頼が入ったということか?」
「そゆこと」
「お前の実家とあの現場、距離ありすぎだろ。地方の探偵が、依頼で全国展開してるのか? 近場の高専よりも先にそっちって、無理筋すぎんだろ」
「いや、これが割と全国津々浦々から依頼はあるよ。溺れる者は藁をも掴むっていうしね」
これは一部本当。――嘘を吐くときは、ある程度真実も織り交ぜるのがミソ。心理学的なテクニックのひとつだ。
「それに、うちは家訓で『高専とは関わるな』って不文律があってね」
「は? お前高専に入学してんじゃん」
「父と死闘を繰り広げて勝ち取ったのよ、東京行きの切符を。片田舎で一生過ごしたくなかったから。だから、叔父が受ける――ひいては、父が受けることになる依頼は、高専とは一切関係がないし、情報共有もなし。でも、オトンひとりで難しい時は、私も協力してたのよ。ほら、私けっこう頻繁に里帰りしてたでしょ? あれ、そういうこと」
私の『詐欺師モード』に、早くも五条がイラついている。
まあでも、全部が全部うそじゃあない。それに、たとえ高専側、ひいては五条家が圧をかけたところで――父も叔父も情報は渡さないだろう。そこもミソだ。つまり、……嘘つき放題。
「まあでも、村の人も保険をかけておきたかったんでしょ。叔父と、高専側。どっちにも依頼を出した。んで、私が夏油君が任務を受けるよりも先に、あの双子と接触することになった。……どう?」
腕を組んで踏ん反り替えってやると、夏油は涼しい顔をして私を観察し――目を閉じた。
「理論的には筋が通っているね」
「ったぼうよ」
「しかし筋が通りすぎている」
「それ言い出しちゃあ、おしまいよ」
「あの子たちは、言った。『お友達が必ず助けに来るって、約束した』」
瞬間、ふんぞり返っていた背筋にひやりと。氷水を流し込まれた感覚がした。言ったか言ってないかは定かではないが、……言ったような、気もする。ていうか、あの状況だと確実に言ったはず。
「その『お友達』というのは、……私のことだったのかな?」
それはさすがに、……筋が通らない。
さっき言ったばかりだ、『叔父と高専側とは一切の関係がない』と。そう、村へ赴いたときの私は、高専側に依頼が来るなんて知っているはずがない。むしろ、早く動きすぎたのがアダとなった。
のちのち高専に依頼が入ることを見越して……? いや、ちょっと弱いな。いつもの口から出まかせ、詐欺師トーンで乗り切る? いや、彼のあの目を前に、嘘をつき通す自信がない。
たぶん、私が一瞬ぴくっとしたのは、向こう側もお見通しだろう。
なんなら、私の動揺で呪力の流れがおかしくなったのを、五条悟はあの冷静な六眼で見通しているかもしれない。
詰んだな。……完全に詰みか。
しかし最後まであきらめない。
「雪名、もう詰んでるって」
硝子が冷静に言う。いや分かってるよ、そんなこと。自分が一番。
「べらべら饒舌に喋って、余計な情報で混乱を与える。……逃げきれなくなったら、黙る。あんたのパターンじゃん」
「いやそんな、冷静に分析されると照れる」
「お前。この状況でふざける余裕、まだあんの?」
「ふざけてない。そんな殺気立たないでよ、五条君」
しまったなぁ。……なぁんも思いつかない。
天を仰いで言い訳を考えていると、――ここでまた、夏油が口を開いた。
「雪名、ここはお互い正直になろう。……双子の言葉は、ブラフだ」
「なん、……ですって」
こんなに上手に嘘を吐くなんて。……まあ、将来カリスマ教祖になる素質がある人だもんな。
もはやクロ確定の反応を示す私に、しかし夏油は誠実な口調でつづけた。
「君が双子と事前に接触していたとして、言いそうなことがコレだった。……つまり、雪名。君は彼女たちにそう言って、希望を持たせたんだね」
鋭い。さすが夏油、鋭い。すべて丸っとお見通しだ。
「そして君は、……自分があの現場に『行けなくなる可能性がある』ということも、見越していた。違うかい?」
「術式を開示しろとは言わねえ。……お前、何が見えてたんだよ」
五条悟は、私が『見えていること』前提で物を言う。
もしかしたら五条の違和感は、夏油も硝子も共有しているのかもしれない。否、勘のいい二人のことだ。五条がいなくとも、なにか気づいてはいたのかもしれない。
……やっぱり、どう考えても詰みだ。一手先も、十手先も。全部つぶされてる。こんなことなら、将棋。パパンに言われた通り、習っておくべきだったなぁ。
「見えてた、なんてさ。……みんなにも、見えてたんじゃないかなって思ってたよ」
「……は?」
「昨年の、……星漿体護衛任務。あれ以来、五条君も、夏油君も変わった。特に夏油君、……君みたいなまっすぐに物事を見る人間からすると、あれは耐えられないトラウマになったと、思ってる」
私の言葉に夏油は一瞬、苦しげな顔つきになった。けれども、何かを飲み込んで。私を見る。
「それは、……否めない。雪名には、一番近くで支えてもらった」
「違うのよ。それじゃダメだと思ったの。私じゃなくて五条君が、……君でなければならなかった」
私は五条を見た。まるで雷にでも打たれたみたいな、表情で。こちらを食い入るように見つめている、五条悟を。
「なんだよ、……それ」
「そりゃ、私だって夏油君を支えたいと思った。硝子ちゃんもそうでしょ、仲間だから。仲間を支えたいって思うのは、当然でしょ」
五条も硝子も、一様にどこか沈痛そうな面持ちで視線を伏せた。
「でもさ、……夏油君。君の隣に立てるのは、五条悟しかありえない。君だって、そう思ってたでしょ」
「……私は、……」
夏油は苦しげに言葉を詰まらせた。――いや別にいいのよ、あなたの隣に立つ『最強』は、五条悟以外ありえないんだから。
私がそれになり替わろうなんて、一ミリも思ってないんだから。
「私は、どんなに頑張っても一級止まり。特級にはなれない。加えて女。男同士の友情には、どうしたって割って入ることはできない。それはもう……少年漫画で履修済みなんだよ」
硝子が、またふざけるつもり……? みたいな顔つきで睨んでくるが、そこはスルー。これ、マジで思ってるからね。
「一級の私と、特級の君らでは。背負わされるものがまるで違うの。……夏油君のことが一番理解できるのは、五条君だと思った」
彼の方へ視線を向ける。サングラスごしの蒼い瞳は、揺らがない。
自覚はおありなのね。
「まあでも。君も……術師脳だからねぇ。『まっとうな』感覚の持ち主である夏油君を、すべて理解できるとは思わないけれども。でも、そばに立つことはできる。それがすべてよ」
沈黙が、流れた。
ここはもう、遠野雪名劇場を繰り広げることとする。
「まあ、私も……なんとか頑張ったけどね。頑張りすぎて、悪い方向に行きかけたけどね」
その言葉に、夏油は少しだけ――ぎくりとしたように身じろぎをした。
硝子がちらりとそちらを見やる。そうして私の方にも。私はすました顔で、平然を装ってみせたけれども。
たぶん、五条だけが何もわかっていない表情だ。
「でもそれで、確信した。五条悟でなければならぬ、とね」
「んで? ……結局。認めるの、認めないの。どっち」
ジャッジを下そうとする硝子に、私はニヒルに笑ってみせる。
「そこはご想像にお任せする。遠野雪名という術師を、存続させたいならね」
これにて閉廷――。
かと思われた、この審議の場に。悔しそうな一声が、雰囲気をぶち破った。
「……お前さ、基本なんでも一人で解決しようとするだろ。いつだってそうだった。俺らのこと、一ミリも信用してねえだろって思ってた」
五条の言葉に、私は目を見開いた。
「それは、……」
「……お前さ。俺らを信用してねえんじゃなくて」
サングラスの隙間から、美しい碧眼が零れ落ちる。
「信用しすぎてんだよ」
ぐうの音も出ないような、その言葉に。
――私は、笑った。笑わざるを得なかった。……そう思ってもらえたなら、嬉しい。
ひとりでせこせこと命を削って、魂を切り売りして。ここまで来た甲斐があったってものだ。
「ったりまえじゃん。最強の五条悟に、夏油傑。んで、最強ヒーラーの硝子ちゃん。これが信用できなくて、ほかに何を信頼するっていうの?」
ぱちぱちと拍手をしていると、硝子が椅子から立った。そうしてつかつかと私の目の前まで歩んできて――お、これはもしかして。感動の抱擁?
と思ったら、
「っぷわぁああ!!」
無言で、思いっきりビンタされた。うそでしょ……突然の暴力。呪力操作なしの、全力のマジビンタ。こっちも呪力操作による反応が間に合わなくて、全力で首が捻じれるほどの衝撃に、脳が揺れる。
「しょ……硝子……さん……?」
「バカ……」
罵りながら、硝子は軽い脳震盪にゆれる私を、思いっきり抱きしめた。次に五条も椅子から立って、私の頭をアイアンクローするみたいにつかみ、ぐいぐいと前後左右に振りたくった。無理無理無理、脳みそ揺れてるって。
「ほんと、バカ。特級のバカだな」
「五条、こいつ窓から捨てよ」
「いいね」
「っちょっとまって、なんでいきなり?!」
硝子が足を、五条が上半身を。椅子から引きずり上げて窓の方へと向かう。
「夏油君助け……!」
藁にもすがる思いで彼を見ると。――真人間のはずの彼は、にっこりと。それはもう大変に、息を飲むほど美しい笑みを浮かべて。
思わず私は、それに見とれた。馬鹿みたいに。
そうしてその間が、命取りとなった。
「雪名なら、イケるでしょ」
ゴーサインを出した。私は――無事に、窓から捨てられた。
たぶん誰も、心からは納得しない幕引きだったが。その後、この件について蒸し返す者は一人もなかった。
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