「外に出てみねえか? 星がすげーきれいだぞ」
そうやって誘われたからには、一も二もなくホイホイついて行ってしまう。ソハヤノツルキに誘われたら、たとえ行き先が地獄でも――は言い過ぎにしろ、大抵どんなところでも行きたいものだ。しかも暗いお外でふたりっきり。ロマンスの予感しかしない。
「あ、そうか。今日は七夕か」
彼の意図に気づいて呟くと、今かよとソハヤは驚きの声を上げた。
そう言えばそうだったと一日の中で何度も気づくことはあったが、そういえばそうだなと今この時をもって感じるくらいには鈍感というか。が、この場合、そういった風情を楽しむ心の余裕もないほど忙殺されているのもまた事実だ。
そんな己の鈍さを恥じると同時に、七夕に星を見ようと誘いだす彼の意外なロマンティックさにときめいてみたり、珍しく晴れた七夕の夜、私の心は忙しい。
「七夕なんて大体まだ梅雨じゃん、だから今年も雨だと思ってた。天帝はそもそも会わせる気ないんだろうなって」
「旧暦だと本来の七夕は八月だから、元々は会えてたんだろうよ。新暦に換算するから梅雨とかぶるだけで」
いつもながらの博識さに感心するより、今日このときばかりはクスリときてしまう。思わず相好を崩してしまうと、
「なんだよそのニヤケ面は」
ちくりと指摘がとぶ。そう言われるということは、想像の五倍はニヤニヤしているのだろう。
「だーって、ソハヤが真面目に解釈してるのがちょっと面白くて」
分かっている、先ほどの発言が私の口調に合わせたものだったということは。けれども、大真面目に「会えてたんだろうよ」はちょっと、いやかなりウケる。なんだか可愛い。
そう思ってニヤニヤしていると、私の考えていることを察したのかソハヤはぷいっとそっぽ向いてしまった。
彼には意外とカッコつけなところがあるので、可愛いと言われるのは不服らしい。そういうところが可愛いというのが、なぜ分からないのか。まあ分からなくて結構だが。
「怒った? ねえ、可愛いって言われて怒った?」
「怒ってねえ」
「怒ったんでしょ」
「怒ってねえって」
「ごめんって。でもかわいかったのはホント」
「反省の色なしかよ」
「えへへ」
「いいから星でも見てろ」
ぴしゃりと言われて、仕方なくソハヤに並んで空を見上げたが――あいにく、目が悪すぎて彼の言う「すげーきれい」な星はよく見えない。しょうがないので、あおり構図のソハヤの横顔でも鑑賞することとする。
よく見えない星よりも、こっちのほうがずっときれいだ。星座のこととかなんもよく知らんし。
あれがベガであれがアルタイルで~と、どこかで聞いたようなフレーズを唱えるソハヤを見つめる。星座まで詳しいとか、どこまで網羅するつもりか。かっこいいにもほどがある。
「あの赤いのはアンタレスか、じゃああのS字がさそり座だな。形が釣り針にも似てるから、和名だと魚釣り星ともいったな」
「ほえー」
「興味ないだろ」
「いやあるよ」
「さっきから俺の顔ばっか見てるだろうが」
あらいやだ大正解。
「わはははは分かった? だって視力が死にかけだから、ほとんど見えなくて」
「哀れな……」
「哀れっていうのやめて! 星なんて見えなくても、ほかにもたくさんいいことあるもん」
「本当にきれいなんだがな。残念だよ」
「大丈夫、ソハヤの横顔もそれくらいの価値があるから」
「あのなぁ……」
若干の舌打ちまじりにソハヤが苦い顔をした。かっこいいはよくても、きれいは嬉しくないらしい。男心って難しい。
そう思って反省のポーズをとっていると、ソハヤは首の後ろを掻いてあーもうとどうしようもないみたいな声を上げた。
「……もういい。あんたと見たって仕方ねえ、帰るぞ」
そう言って手を引っ張っていくソハヤに、私は大変な引っ掛かりを覚えてならない。
「だからってほかの人とは見ないでよ?! 嫉妬の鬼になって該当する刀剣男士数名から斬られるから、私が」
「そういう意味じゃねえよ」
「あざとい女が『私、星座好きなんです~』とか言ってきても、『俺視力死んでるから』って断ってよ」
「なんでそんなしょうもない嘘をつかなきゃならねえんだよ」
「私が死ぬから!」
「死なねえよ。殺させねえから安心しろ」
「でも嫉妬はする!」
「嫉妬は……。しとけ」
「堂々と浮気する気?! そうなった暁には、ソハヤを殺して私も死ぬがっよいか!」
グーをソハヤの上腕のあたりにめり込ませながら言うと、いてえよとソハヤは笑った。そこ笑うとこか? 実はほんのりMか?
「無理心中か、それもいいかもしれねえな」
「よくなーーーい! するなら絶対バレない覚悟でやって、私が一ミリも気づかないなら許す」
「おい! そこは許すなよ」
「バレたら絶っっっっっっ対許さないから大丈夫」
「なにが大丈夫なんだよ」
「ソハヤが浮気しなきゃ大丈夫なの。浮気しそうになったら言って、めっちゃくちゃ嫌いになって、完全に無関心になって別れるから」
「嫌いになるのか……」
「そりゃあ。浮気されてNTR萌えって言えるほど、強くも変態でもないもん」
「違いない」
――審神者のたわむれに言ったことが、実はソハヤの胸に深く突き刺さっているなどと、当人は思いもよらない。
深夜、七夕飾りの大笹。ひとこと『このままで。』と書きつけられた匿名の短冊が追加されたこともまた、誰も知るよしがなかった。
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