意気地がなければ自信もなく、ただただ静観していた結果だった。
好いた男――ソハヤノツルキという――にはいつの間にか馴染みの女が出来ており、休日になれば足しげく通うほど。現場を押さえたわけでも、その女を見たわけでもないが、確かに外出の記録は残っており、同胞たる刀剣男士たちが噂をしているのを聞いたことがあり、段々と確信に変わっていった。
だからといって、当刃に直接確認したことはない。好きになったとはいえ、距離を縮めるような行動をなにひとつとして取れなかった意気地なしであるからして、そんな恐れ多くも大胆な真似は到底不可能だったのだ。
しかし、望みもしないのに情報だけはそれとなく伝わってきた。
――店でも一番人気の女。ツンとした態度はしかし、客を魅了してやまない。それでいて、なびくのはただ一口、彼だけ。名前は鈴。つやつやとした黒髪の豊かな、しなやかな体つきの美女だとか。ソハヤはそんな鈴に、結構な金額をつぎ込んだとかなんとか。
はじめは、店の女に入れ込むようなつまらない男だ、自分の見る目がなかったのだと、そう言い聞かせて諦めようとした。しかし刀剣男士という職業柄(?)、異性との出会いはないに等しく、そのためにそういった施設が万屋街に完備されている。よって、刀剣男士側に店通いを責められる謂われなぞない。
また、その非常に少ない出会いの中で、魅力的な審神者なら自分の刀剣男士と結ばれることもある。そうなるとむしろこの本丸の場合、食指の動かぬつまらない女主のもとに顕現された不幸を、労ってしかるべきなのだ。
ともかく、美しい商売女に――それも一番人気というほどの――勝てる見込みなどなく、彼をめぐって争う気概もないからして、審神者の恋は実ることなく終わった。とはいえ、諦めよう思って簡単に諦められるものでもない。諦めようして、彼の欠点を探そうとすればするほどに彼の美点が見つかり、嫌いになろうとすればするほどに、取り返しがつかぬほど好きになっていった。
もういっそのこと、と考える。――たったの一夜限りでもいい、情を交わすことはできないだろうか。意気地がない割に、大胆で思い切った考えに至った。やけくそのような思い付きだが、一応考えに考え抜いた結果であり、どうしようもない思いを断ち切るためにはこれしかなかったのだ。
彼と彼女の関係というのは、刀剣男士と審神者、それ以上でもそれ以下でもなかった。特別に親しいということはなく、互いの趣味嗜好は知らない。審神者が一方的にソハヤのことを知っているだけで、逆はありえない。肌のふれあいなどほとんどないに等しい。そういった関係になるにはハードルが高すぎた。
しかしながら審神者は、普段の意気地のなさをかなぐり捨てて挑んだ。女なら当たって砕けろとばかりに、しこたまに酒を飲んで酔っ払ったうえで、ソハヤに一夜限りの契りを乞うた。何をどのようにして、どんな風に言ったかは記憶にないが、結果としてソハヤと一夜を過ごすこととなった。
夢心地から覚めると、暗い褥にソハヤが隣で眠っていた。精悍な顔つきは、しかし眠るとどこか純で幼く見える。それなのに、腕の中で見上げた顔は、震えがするほど雄の表情をしていた。――鈴とかいう女には、見慣れた顔だっただろうか。うっとりするほど優しい口付けも、身も心もとろけるような愛撫も、鈴はすべて知っているのだろうか。違っていたらいいのに、と思う。しかしそこに違いがあるとするなら、主に対する忖度とか尊重とかそういったものだろうか。それはそれで寂しいので、やっぱり違わないほうがいいのかもしれない、などとやはり審神者は意気地のないことを思った。涙もあふれた。これで吹っ切れると思ったが、やっぱり、ますます愛しくなっただけだった。
褥を抜け出しながら、――次の瞬間死んでもいい、と審神者は思った。むしろ次の瞬間に死にたい。最高の思い出だけを残して心の臓が止まればいいのにと。
しかしそんなことはなく、相も変わらず審神者の意気地のない心臓は元気に鼓動を刻み続けるのだった。
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