🗐 妄想の墓場 小ネタ、徒然

言いたいことも言えないこんな世の中じゃ

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 刀剣男士の手入部屋での過ごし方は、大まかにいうと二通りある。体を休めることに専念する場合と、ここぞとばかりに審神者との会話を持とうとする場合、大体がこのパターンだった。
 普段からなれ合うつもりはないと公言している大倶利伽羅や、規則正しいことで有名な粟田口の刀剣などは前者の過ごし方を徹底している一方で、鶴丸や髭切のようなフレンドリーな者は、よほどのことがない限り中傷までは審神者と話すことを優先しようとする。
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「君は戦いたくないのか?」
「別にそういうわけじゃないけど」
「けど」
「納得ができないことはしたくない」
「納得ができないこと。それは、この前の敵が本当に悪なのかってところにかかるのかね」
「……敵が悪だって本当に言い切れるの」
「じゃあ、私たちが本当は悪だって?」
「そういうわけじゃない。何が正義で何が悪なのかがわからないっていうか、そういうの誰が決めるのかっていう話で。……大体、歴史を守るって言うけど、後世に伝わっている歴史は本当に『正しい』歴史なの? 守るべき価値がある歴史なの? そういうこと、考えたことあるの」
「なるほどね……。君の考えてることがなんとなく分かってきた。まずは一個ずついこうじゃない。なにが正義で、何が悪か。これは非わにシンプルかつ非常に残念な事実なんだけど、結局勝てば官軍って言葉の通りよ。力こそが正義。そして、我々にとっての正しい歴史というのは、今現在世俗に伝わっている歴史。これもつまり、勝者が作り出した世界に伝わる歴史だから……都合の悪いところは消されてるかもわからんね」
「俺、そういう考え方好きじゃない」
「そういう考え方もあるよね。でも現実は違うから生きづらいよね」
「納得できない」
「それもそうだな」
「俺のこと、使えないやつだなって思ったでしょ」
「使えないやつっていうか、そういう考え方のやつは戦いに投じてはいけないだろうな、とは思った」
「役に立たないからね」
「まあ戦う意思のない兵士は、戦力としてはカウントできないよね。それで部隊の他の面々に負担がかかるのもだめだし。まあだから、あんたがてこでも納得できなくて絶対戦いたくないって言うんなら、戦わなくていいとしか私からは言えない」
「っ……じゃ、俺のことどこかに売り飛ばすんだ」
「あのね、これは意地悪で言ってるとか、あんたに失望してるとかそういうわけじゃないの。そこは分かって。今私は、どちらかと言うと強い衝撃を受けてる。どういう衝撃かって言うと、事実として認識していたことを根底から覆されたみたいな……分かる? 私は、刀剣男士っていうのは武器である刀がひとの形をなしたもので、戦うことこそがその本性、戦わずにはいられないくらいのものだと思っていたわけね。今までも江雪みたいに戦いたくないって言うのもいたけど、結局なんのかんの言いながらも最後は戦ってたから。ここまで強い意志で拒絶されたのが初めてで、……そういう刀剣男士もいるんだ、って」
「…………」
「そして同時に、私は刀剣男士が心を持たない戦うためのマシンだとまで、思いかけていた……そういう節があることに思い至って、これは管理者としてあまりにもやべえと、自分自身にこそ失望したわけ。だから、うん。こういうのもめっちゃ変だけど、村雲は私に気づきを与えてくれた。そこには感謝する」
「……っ別に、感謝される筋合いなんて」
「受け取らなくていい、こっちが一方的に思ってるだけだから。まあそういうわけだから、正しい歴史って何なのか、そういうのは一緒に考えよう。答えが出るまで出陣しなくていい。理由は適当になんかでっちあげるよ。……うーん、私が村雲お気に入りすぎて出陣させないみたいな? 松井君、なにか良案ない?」
「考えてはみるけど、それだと主が悪者になるよ」
「どうでもいいよ。どーせ兼業の居候みたいな審神者なんだから、今更外聞とか気にならないし。村雲、周りの目が気になるって言うなら、奥で過ごしててもいいよ。私ほとんど本丸にいないから奥は使わないし、部屋余りまくってるから好きに使って」
「主が村雲を囲ってるみたいになるけど」
「もうそれでいっちゃう? あーでも、そしたらその後が面倒だよな。あんたもなにかいい案ない?」
「……そういう小細工みたいなの、別にいい」
「おう?」
「だって、俺のしてることって命令違反で、本当は処罰されても仕方ないようなことでしょ。それなのにそこまで面倒かけるのも……なんか違う気がする」
「うーんまあ……そうね。新撰組風に言うなら士道不覚悟か」
「それだと切腹だね」
「松井君、シーッ。まあ、あんたがそう言うなら、そこらへんは自分で適当にやり過ごしてもらおうかな。陸奥守と桑名にも話は通しておくから、なにかあったら必殺『審神者の許可がありますから』で押し通しな。その代わり、考えてよ。考えに考えて考えてよ。あと、働かざるもの食うべからずだから、他人の何倍も本丸の内勤を頑張りなさいよ。畑の王者になり、あの凶暴な松風とか乗り回せるくらいになって、本丸王に俺はなる、くらいの」
「……なにそれ」
「まあそれくらいの気持ちでいてねってこと。これでいいかな」
「……ねえ」
「なに?」
「答えが出て、……それで。やっぱり俺が戦わないってなったら、……刀解とかするの?」
「あんたが望むならやぶさかではないけど。でもそういう、ペナルティで刀解とかは絶対ないから。私はあんたの意志を尊重したい。例えば本丸で不満の声が上がったとしたら、そこは全力で守るべきとも思うよ。あと、じゃあ俺も戦わなーいっていうのが続々と出たら……まあその時はその時で考えるか。そういうことで、今日はお開き」
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 自室で不貞腐れていた村雲の元を訪ったのは、今しがた話題に上っていた審神者当人であった。
「よっす」
 手を挙げて軽く挨拶する彼女の表情や雰囲気からは、想像していたような悪い状況はうかがえないが――いかんせん、何を考えているか分からない女だ。油断はしないようにと自分に言い聞かせ返事した村雲の声は、ずいぶんとがっていた。
「……なに?」
「ちょっと話そうかと思って」
「俺は話すことなんて、」
「ないかもしれないけど、とりあえず私はあんたの話を聞かなきゃならないと思うのよ。審神者として、上司として、管理者としてェ? しらふじゃ話しづらいかもだから用意はあるし、二人きりじゃ気まずいだろうから緩衝材も連れてきた。ね、松井君」
 そういう審神者の背後には、松井江が立っている。
「……松井は迷惑じゃないの」
「全然。買収済みだからね」
 苦し紛れに村雲がつぶやくと、松井はうっそりと笑ってみせた。彼の指が示す先、審神者の手の中には松井の好む焼酎のボトルが見えた。こんな貴公子然とした見た目でありながら生粋の焼酎派、それも米派だったと仲間の性質を思い出し、村雲はいやいやながら部屋を出た。
 審神者を先頭に、その後ろを横並びの村雲と松井が歩く。先ほどまで審神者が持っていた「酒盛りセット」は、気を利かせた松井の手に渡り、歩くたびに隣からカサカサとビニール袋の音が鳴る。荷物を受け取るまでの流れるようなやり取りは、松井の近侍としての優秀さが実に現れていた。
 松井江が新参ながら審神者気に入りの近侍になったというのは、顕現されてすぐに聞き及んだことだった。審神者は普段本丸にいない時間の方が長いが、だからこそ審神者業の仕分けというのは重要な役目であり、松井には抜群の適性があったらしい。そういった背景から刀剣男士のなかでも一目置かれているとか、いないとか。別にそれはどうだっていいけれど、なにより気になったのはふたりの親しさだった。
 前述のとおり、審神者は兼業だから本丸にログインしている時間の方が少ない。繊細な松井がこのように審神者に気を許しているようなそぶりを見せるということは、もしかしたらそう悪い人間でもないのかもしれない、という思いが村雲の中にある。

2023年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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【0】

 美しい庭園に休憩床几が設置され、男女が腰かけて庭池を眺めている。立派な錦鯉が、水面に波紋を広げて堂々と泳ぐ。青々とした新緑の季節に、躑躅の色が目に鮮やかだ。ゆったりと落ち着いた時の流れる中、傘の下に腰かけた女があっと声を上げ、己の腹に手を置いた。
「動きました。最近ますます元気がよくて」
 着物越しにもわかるふっくらと盛り上がった腹に、男はいとおしそうに眼を細めてみせる。触っても、と控えめに問いかける――夫に向かって、女は当然ですと自分の手をどけた。
 節くれだった分厚い手が、そっと丸い腹に触れる。
「お父上ですよ」
 女の柔らかい声に呼応するように、とん、とばかりに内側から蹴り上げられるのを感じて、男は目を見開いた。
「蹴りました」
「ええ。あなたのことが分かっているのでしょうね」
「こんなにも活発なんですね……」
「きっと元気な子が生まれますわ。それで、……」
 妻の控えめな声を聴いて、男はそうそうと懐から一枚の懐紙を取り出した。本日は子らの名前を披露する予定となっている。手渡されたそれには、達筆な文字が四つ並んでいた。
「名前を考えてみました。男女ということですので、男児は和可、女児は可愛。いかがでしょう」
「和可、可愛……」
 妻が名前を読み上げ、しげしげと字面を眺めているのを、男は緊張した面持ちでうかがう。――三日三晩、悩みぬいて考えた名だった。自身の希望と妻の希望を掛け合わせ、字画にも非常にこだわり、あるいは有識者にも意見をもらってつけた、渾身の力作。
 ひとりどぎまぎとする夫をよそに、女は柔和な面をことさら柔らかく笑ませて、ありがとうございますと大事そうに懐紙を返した。
「素敵な名ですわ。バランスもいいし、響きも綺麗。ちなみにどんな意味合いがおありなんですか?」
「和可の方は、調和のとれる人間になれるようにと。可愛の方は……貴女のように、誰からも愛される人間になるようにと」
 そっとそらされた横顔が赤く染まっているのを、女の目は見逃さなかった。常に落ち着き払って、年不相応の貫禄を持った夫であるが、その実照れ屋な面が愛らしいひとだ。不器用だけれど優しくて、温和な顔の裏にはとてつもない冷徹さを秘めている。世界で一番いとしくて、何より尊敬すべき夫。政略結婚からなった夫婦関係ではあったが、その為人を知っていくうちに、惹かれずにはいられなかった。
 そんな彼から、誰からも愛されていると思われていることが誇らしい。そうして、そんな彼のいとし子を身籠ったこの身が誇らしい。女は感極まって、夫の胸にそっと寄り添った。
「たとえ私の命が尽きたって、この子たちを産みます。産んでみせます」
 感極まった声と切実な妻の姿に、男はかすかに目を見開いてから、どうにも不器用そうにそっと肩を抱く。
「……あなたの命だとて、大切ですよ」
 かすかなつぶやきは、女の耳にも届いていた。そのやさしさが嬉しくて、そっと肩口に頭を摺り寄せる。――天涯孤独の彼に、きっとわが子を抱かせてみせると。たといわが身を犠牲にしても成し遂げると、女は誓った。


【1】

 現世で起きた事件の捜査権が、時の政府管轄の警務科に移るというのは、非常に珍しいケースだが全くないわけでもなかった明らかに歴史修正主義者がらみと分かる事件であったり、背景に審神者が絡んでいたりすると、問答無用で警務科が捜査権を取り上げることとなるが――今回は例外で、警察組織側から時の政府へと捜査権を明け渡した形だった。
 とある一家――否、一族の惨殺事件。この一族というのが審神者がらみであること、また、殺害の手口が明らかに人間離れしたものであったことから、警察は身を引いたというわけだ。
 事件の概要はこうだ。
 とある旧家(かつては名門の霊能力一族だったという)では本家の人間(祖父母、孫)と分家筋の家長や子どもたち、使用人も含めて十八名が集い祝い事が執り行われようとしていた。そこで、本家の一人を除く十七名老若男女問わず全員が殺害されるという陰惨な事件が起こった。
 検死結果から、殺戮が始まったのは午後八時――祝い事が一通りすんで宴席が設けられていた頃合いだろう。殺戮の主な現場は酒宴が催されていた広間であり、そこはあたり一面の血の海、肉片や臓物の飛び散る阿鼻叫喚の地獄絵図だったという。刃物を使ったと思しき形跡もあったが、強引に引きちぎったようなものもあり、それらのいずれも人間の腕力で出来る芸当でないことだけは確かだった。
 事件が発覚したのは、新聞配達員の通報から。懸け付けた警察官が目にしたのは、開け放たれた門にべっとりとついた血糊と、血の海に転がった女の生首だった。すぐに応援を呼び、地獄絵図のただなかを生存者がいないか確認して回っていると、奥の一室に血まみれの少年がひとり、畳の上に正座していた。
 少年は名前さえ名乗らず、どんな問いかけにも一切反応せず一言も声を発することがなかった。目立った外傷こそはなかったものの、化け物じみた手口で親族全員を殺されてしまったのだ。深い心的外傷を負ったことは明白で、彼の証言は一切見込めなかった。
 捜査をして分かったことと言えば、少年の名前は和可、本家の跡取り息子で、幼いころに両親を亡くし祖父母に育てられていたということ。そうして事件当日は、彼の十一才の誕生日を祝う名目で宴席が設けられていたということだった。
 しかし、捜査の過程でおかしな点はいくつも見つかった。
 第一に、事件の唯一の生き残りかつ証人である、和可という少年の正体。本家の跡取りとして戸籍上登録されているのは「和可」という男子だが、実際の和可は女子であった。
 確かに、和可は一見して少女と見まがうばかりの美少年である。事件当日、皓々とした月明りを浴び、血まみれで座する姿を目撃した警官は、この世のものとは思えぬ美貌に神か妖かと錯覚したほどに。齢十一という年齢からすると、完全に男児の装いかつ体の線の出にくい和装であれば、男女の区別が難しいのも頷ける。
 和可の性別は病院で検査をする過程で明らかとなり、本当の「和可」の行方と少女が何者かという疑問が浮かび上がったが――DNA検査の結果、少女は死亡した祖父母との血縁関係が立証され、本家筋の子であることが判明した。つまり、男児として出生届が出された「和可」は女児であり、和可は生まれてからずっと男児として育てられてきたということだった。
 和可は学校に通っておらず、幼い頃から家庭教師をつけられ家庭内でのみ養育されてきたという。社会と交わることがなかったため、性別を偽るという秘め事が外部に漏れ出ることはなかった。また、一族は近所付き合いなどが一切なく、「あの家は特別だから」と嫌煙されていたため、子供ひとりを世間に隠れて養うくらいは造作もなかったのだろう。
 性別を偽った理由についても定かではないが――何百年と続くいわくつきの旧家という点から察するに、相続の問題が絡んでいるのかもしれないが――一族は滅亡し、唯一の証人が一切語らないため真相は闇の中だ。
 第二に、これが最も重要なのであるが――犯行の手口である。
 凶器の一つは日本刀と判明しているが、遺体の状況からして素人の犯行とは思えなかったという。例えば首や胴体を一刀のもとに両断したり、心臓などの狙いにくい急所を一突きにするという手口、しかも傷口には一つのためらいもないことから、犯人は相当な手練であることが伺える。凶器とみられる刀からは和可の指紋が検出されたものの、十一の少女が自分の背丈ほどの得物を振り回し、なおかつ逃げ惑う大人をためらいなく殺害できるはずもなく、容疑者からは真っ先に除外された。
 また、凶器不明の殺害方法に至っては全く残忍極まりなかった。頭をかち割られた者はまだいい方で、中には眼球をえぐり取られたり、睾丸をつぶされたり、――心臓をえぐりだされた者までいたというから、全く驚愕の一句に尽きる。これらについては凶器が見つかっておらず、殺害方法も全く不明ということから、捜査は難航を極めたのである。
 そうして、捜査の過程で和可の父親――死んだとされていた者が実は生きており、なおかつ「審神者」であるということから、捜査の全権は時の政府へとゆだねられるところとなった。


 ――以上が時の政府管轄の警務科に、本件の捜査権が移った経緯である。
 そうして、警務科所属の山姥切長義が、重要参考人である「和可」という少女の担当になった経緯については、じゃんけんで負けたからという不本意極まりない事情があった。

#警務科

2023年6月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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【inferno】 BAD END ~根から絶やせ編~(※BAD ENDの中ではかなり穏やかなる分岐)

※膝丸にめちゃくちゃやられて心身ともに疲弊するなかで、審神者が勇気を出して膝丸の蛮行を誰かに訴えた場合の分岐

 執務室から庭池を隔てたところにある、小さな茶室。
 茶の湯をたしなむ刀剣男士は若干名いるが、使用されることは滅多にない。たしなみのある者たちが使う茶室は(ここと比べると少し劣るが)他にもあるし、執務室という審神者の公的な施設からほど近いため、なんとなく遠慮するから――という理由があったりする。
 ゆえにここを使うとしたら、誰憚ることのない、本丸の主たる審神者以外になかった。
今ここで、審神者と初期刀が対面し、密談がとりおこなわれている。


「…………」
 沈黙が痛かった。
まるで空気そのものが尖っているかのように、着物から露出した顔や手、首などをチクチクと刺すように刺激する。あるいは、空気そのものが質量を持っているかのように、ずんと体にのしかかって負荷をかける。
耐えがたいほどの沈黙の中、審神者は顔を上げることもできずに俯いていた。口の中はカラカラで、のどの奥まで乾燥して貼りついているように、声さえ満足に出すことができない。
痛々しさと息苦しさ、どうしようもないまでの渇きを覚える中で、一分一秒が永遠に感じられた。
――どれほどの時間が経った頃だろう。
「……俺に話したってことは、さ」
 沈黙をやぶって、加州清光が声を上げた。ハッと顔を上げかけた審神者であるが、目線だけが上に行くことを拒む。中途半端に開けた視界の中、加州の口元だけが見えた。
「どうにかしてほしい、ってことなんだよね」
 問いかける声に、とっさに返答ができない。なんと答えたらいいものか、と逡巡していると、加州はさらに言葉を紡いだ。
「にわかには信じられないけど、主が嘘つくはずないし。……なんていうか、……ごめん。こんなこと、話すのもつらかったよね。気づいてあげられなくて、本当に……ごめん」
 謝罪する加州の声は、震えていた。膝の上で固く結ばれたこぶしまでも。耐えがたい激情を押し殺そうとするその姿に、審神者の理性が激しく揺さぶられる。
 泣くまいと、心を決めていた。感情的に訴えたいわけではなく、冷静に、主として、どのようにすべきかを相談するつもりだったから。泣いてしまえば、それはただの女の嘆きに代わり――それは到底、彼女の矜持が許すものではなかった。
唯一無二の、彼女が選んだ彼女だけの初期刀。加州の前だけでは、どんな時でも主でなければならなかった。たとえ主としての誇りを奪われようと、女としての尊厳を踏みにじられようが。
「っ……」
 鋭い吐息は、どちらのものだったのか。泣きそうなその声を聴いたとき、もはや審神者の我慢は限界を超えた。熱い涙が、零れ落ちた。あとからあとから流れて、やまなかった。
 膝の上でこぶしを握って、目をつむって、唇をかむ。声さえ殺してむせび泣いていると、わっと強い力で引き寄せられて、上体が前のめりになった。
あたたかな温度と、優しい匂い。――いつだったか幼き日も、こうやってこのぬくもりに包み込まれたものだった。切ないほどの思いが駆け巡り、審神者の感情をぐちゃぐちゃにかき混ぜ、嗚咽をひどくさせる。
「ごめん。……本当にごめん。もう主のこと、ひとりにしないから。絶対に俺が守るから」
 息が詰まるほどの強さで抱きしめられ、審神者も負けじとしがみついて抱き返す。ぎゅうぎゅうと絞めつけ合う中で、ふうと息を吐く音がした。
「…………、から」
 ぽつりと、耳の後ろでそんな声が聞こえる。かすか過ぎて聞き取れなかったが、しかし彼が何を思っているのか、審神者には手に取るように分かった。分かっていながら、何も言わなかった。
 ――加州に打ち明けたらどうなるかなど、最初から分かりきっていたからだ。



刀剣破壊報告書

 ■年■月■日 京都・四条河原出陣中、時間遡行軍との交戦において、弊本丸第二部隊構成員 膝丸の刀剣破壊を確認しました。
破損した本体及び遺骸は、作戦終了後、第二部隊構成員によって現地で処理致しましたため、膝丸本体の政府への返還はかないません。
今後はこのようなことがないよう、本丸一眼となって戦力を強化し、出陣に臨んでいくことをお誓い申し上げ、報告書を提出いたします。



以上

#inferno
#膝さに
#BADEND
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【血みどろの皇宮生活より変態伯爵との結婚の方がマシですわ】-1-

 日出る国はいつしか、日の沈まぬ国と称されるほどの栄華を極めた――。
 その名も日本帝国。小さな極東の島国が、大陸にも引けを取らぬほどの国力と軍事力を有する大国となりえたのは、日ノ本の民族が持つ高い知能と技術力、そうして並外れた霊力の賜物だった。
 もともとは閉鎖的な暮らしぶりだったこの国は、ある時諸外国との交流を経て、彼ら自身が並外れた能力を有していることを知り、あるいはその能力の正しい運用方法に目覚めた。
 生活をほんの少し便利にするために使われていた異能は、有識者によって手を加えられさらに効率化され、ほんの数年のうちに、ひとびとの暮らしは大陸の歴史からすると軽く百年分の進化を遂げた。国名が日本帝国と改められたのはこの時で、初代皇帝の戴冠式には大陸全土から多数の国賓が集い、盛大に祝われたのだった。
 その時、初めて日ノ本の知にやってきた諸外国の王族貴族たちによって、この国の威容は瞬く間に広められた。中でも、大陸の者たちが驚いたのは、日ノ本の持ちうる霊力の高さとそれによる異能の高度さだった。
 霊力とは大陸風に言うところの魔力であり、それを駆使した異能は魔法と言い換えられる。大陸にも魔法や魔法師というものは一般にも知られているが、日ノ本とは規模が違った。
 大陸の貴族が高い金で雇った低級の魔法師が、大層感謝されながら行使する魔法と、日ノ本の鼻垂れた悪童がいたずらに用いる異能とが同程度のものというから、その差が知れよう。
 これには、大陸は広さのわりに魔力資源が乏しいことと、各国が魔法師を王族や国家が囲って独占しているという背景が影響している。
 日ノ本では各家庭で霊力の使い方を教える習わしがあるが、大陸では王立のアカデミーなど専門の高等教育機関でなければ、魔法を学ぶことができないという現状がある。しかもこのアカデミーも軒並み形骸化してきており、教育機関としての役割を果たしていなかった。
 卒業さえすれば自動的に国政への道が開けるため、学内では賄賂と学閥争いが横行しており、魔法師としての学位は金と伝手さえあればたやすく手に入る。逆に能力があっても財力やコネクションがなければ入学さえできないため、大陸の魔法師育成に暗い影を落としていた。
 事実、日ノ本の魔法師が大陸に渡れば、祖国では大したことがなかったとしても、時として英雄並みの待遇を受けることも珍しくない。中には竜殺しだのどこそこ王国の建国に携わった賢者だのと名をはせた者もあり、この魅惑の島国は「神の国」、そうして日ノ本の民は「神の子」として諸外国に畏れられていた。

 日本帝国の首都、東亰。
 神の降り立った地としてあがめられるそこは、古の時代から皇族の居住地と定められている。豊富な霊力資源と異能を駆使して建てられた、大陸のどんな国々のそれにも劣らぬきらびやかな皇宮――その奥深く、誰からも忘れ去られた別宮に、ひっそりと息を殺して生きる母子がいる。
 宮の主は現皇帝の側室、伊勢の方。たぐいまれな美貌と楽の才を認められ入宮……といえば聞こえは良いが、要するに、宴の席で皇帝に見初められた一介の舞い手に過ぎない。しかしそんな身分卑しき踊り子は、骨の髄から帝の心をとらえて離さなかった。
 すでに後宮には平民身分の側室が幾人かいたが、伊勢の美しさに骨抜きになっていた皇帝は、彼女を決して平民のまま入宮させはしなかった。多くの臣下の反対を押し切り、輿入れの際には名のある家門の養女に入るという徹底ぶりを見せ、その寵愛を知らしめた。
 幾夜も幾夜も皇帝の寵愛を受けた伊勢はやがて子を身ごもり、かぐや姫も斯くやという美しい女児をうんだ。皇位継承権のない女児であったことで、どうにか暗殺の憂き目を逃れた母子であったが、しかし悲運の幕開けはここからだった。
 正室・側室からのおぞましいほどの妬み嫉みに疲れ切っていた伊勢は、産後の肥立ちが芳しくなかった。皇帝を骨抜きにした魅惑の四肢はやせ細り、枯れ枝のようにやつれて見る影もなくなった。伊勢が病がちとなると、皇帝の寵はたちどころに消え失せ、親子は皇宮の隅――狐狸の類が出ると噂される別宮に追いやられた。
 侍女たちはひとりまたひとりと減っていき、了いにはだれもいなくなり、病床の伊勢を世話するのは、幼い娘・雪の役目となった。
「雪、あなたの名前は陛下がつけてくださったのよ。陛下が御自ら名づけをしてくださったのは、皇太子さまのほかにはあなただけ。あなたは、本当に愛されているのよ」
 病床の伊勢はしきりとそのことばかり話した。しかし雪は父の顔をろくに見たこともなければ、声を聴いたことさえない。生活さえままならない母子を放置しておく――そんな冷酷な父から愛されているなんて、甘い幻想を抱くことはできなかった。
 また、雪は自分たちが皇宮の人々からなんと呼ばれているか知っている。卑しい踊り子などまだいい方で、陛下を惑わした魔女だの、天罰が下っただの、この広い宮に味方などただひとりとしていないことを知っている。母の養家などひどいもので、彼女が寵愛を失ったと知ると婚礼にかかった費用を返済しろとさえ言ってきた。
「ごめんね、雪……。ほんとうにごめんね、ふがいないお母さんで」
 夢うつつに伊勢はそう言って泣いた。けれどもこの生活のすべてが母に原因があるなどと、雪はひとつも思っていない。むしろ自分こそがその最大の原因であると知っている。
 母が病を得たのは、雪を産んだから。そうして、命がけで産んだ娘には、皇族が持ちうるであろう高い霊力――これがまったくと言っていいほどなかった。
 霊力さえあれば、なんとか帝の眼にとまったかもしれない。事実、父である帝はもちろん、一介の踊り子に過ぎない母でさえずば抜けた霊力を有していた。その血を引く子は、たぐいまれな異能者として誕生するのではと期待されていたのに。現実は無常だった。
 おそらく、皇帝が伊勢から目を背けた理由もその辺にあるのかもしれない、と雪は予想している。だから母ばかりが謝るのは道理が通らない。けれども、そう反論したところで、そんな風に生んでやれなくて悪かったと、また母は泣くのだ。
 泣くことでも体力を消耗する。ただでさえ命のろうそくが短い母に、あたら寿命を消費してほしくない。だから雪は笑った。なにも心配いらないのだと言い聞かせるように。母にも、そして自分にも。
 皇宮の人間に意地の悪いことを言われても、屈辱的な扱いを受けたとしても。泣いても怒っても、どちらにせよひどくされるのだ。ならばせめて笑ってやろう。お前たちのすることなど無駄なのだと、絶対に屈せぬぞと、誇示するように。

 たとえ母が死んだときも、そうだった。笑顔で母を見送った。ひどい娘だと罵られようと笑った。泣いていては母が心配すると思ったから。
 たとえ皇宮の騎士に手籠めにされそうになった時も。側室に汚物を投げつけられた時も。贈り物に毒が仕込まれていた時も。泣いたら負けだと思った。怒ったら負けだと思った。絶対に負けてやるものかと、歯を食いしばってこらえた。こらえた先に――しかし、どんな希望抱いてはいな方が。

 そうして――今、この時も。

「……千子村正……伯爵様、ですか?」
 一字一句噛んで含めるように発音する雪に、名も知らぬ官吏が横柄にうなずいてみせる。
「あなたの夫になられる方です。北の大地をたったおひとりで守護される、我が国の守りの要ともいえるお方です。なにとぞ失礼がないように」
「あの、……伯爵様のお年は?」
「確か今年で二十八……だったと思います」
 官吏は雪を見下ろして、下卑た笑みを浮かべた。
「今少し昔ですと、親子ほど年の離れた年齢とも言えますね」
 びくりとしてみせた雪に、気をよくしたのか官吏の口は一気に滑りが良くなった。
「どのような方かご存じないようですから、わたくしの方から少しご紹介がてら。千子村正伯爵様、北国との争いで蛮族に何度も勝利されています。剣術の腕前もさることながら、たぐいまれな異能の使い手で、その力は一個師団に相当するとも。ついたあだ名は『妖刀の村正』。少々血の気が多く、変態……いえ、多少独特な趣味をされてはいらっしゃいますが、まあ、妻にはお優しくされるでしょう」
 きっと――この男は。雪はさとった。己の絶望する顔が見たいのだと。血も涙もない年の離れた変態伯爵に嫁ぐと聞かされ、絶望し泣きじゃくるか弱い女をなぶりたいのだと。
 だからこそ、笑った。絶対にそんな薄汚い欲望を満たしてやるものかと。
「わかりました。謹んで、喜んでこの縁談お受けいたします」

#突発小ネタ #ファンタジー #なろうみたいなやつ

2023年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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 審神者と刀剣男士専用のチャットルーム、「ST space」。
 よその本丸の審神者や刀剣男士と匿名で交流できるということで、瞬く間にブームになったサービスである。サービス開始から数年が経ち、その勢いが落ち着きだしたころ、当本丸のソハヤノツルキはようやっと参入するに至った。
 きっかけなど単純で、招待を受けたから。特に興味もなかったが、ものはためしにと始めてみたら――思いのほかにはまってしまった、という経緯がある。
 といって、匿名の様々な者とやりとりをするというわけではない。サービスの趣旨としてはそれこそが醍醐味なのだろうが、ソハヤが対話をするのは特定の者だった。
 ハンドルネーム、『今北産業』。通称は今北とか、今さん。チャットツールがランダムに選出した相手で、現状把握している情報といえば、チャット初心者であることと、人見知りをする方であるということ、あとは中堅クラスの審神者であることくらいだ。
 お互いにチャット初心者同士ということで、かなりぎこちなく始まり会話もまったく弾まなかった。次はないだろうなと思っていたソハヤであるが、相手の唐突な話題転換が契機となり――気づけば、やり取りを開始してからすでに三月が経っていた。
 今北が唐突にぶっこんできた話題というのが、突然の恋バナ。その唐突さとエキセントリックな告白とが、ソハヤノツルキ的に空前絶後のヒットとなったのだ。



……………………
…………
……



今北:sakataは恋人ないし好きな人はいますか? 私は何年越しに片思いしてる相手がいるけど、もはやこじらせすぎて頭がおかしくなってきた。
sakata:頭がおかしくなってきた?
今北:平たくいえば、めっちゃメンヘラみたいな。誰かにとられるくらいなら、あなたを殺していいですかってこと。
sakata:突然の演歌
今北:やべーのはわかってんだよ。わかってっけど、手に入らないなら折るしかねーんだわ。まあ折らねーし、折る勇気もねーし、そんな気配見せたら秒で制圧されて、頭の病院入れられるだろうけどさ
sakata:過激だな。そんないい相手なのか?
今北:いい……なんてもんじゃあない。なんだろうね。もはや神?
sakata:神www 折るって言ってるあたり相手刀剣男士だろうから、あながち神で間違っちゃいないんだろうけど
今北:いや本当にな。語りだしたら止まらないからやめとくけど ていうかsakataいねえのかよsakata 巧妙にはぐらかしたな
sakata:俺はいいよ。語っちまってもいいんだぜ。いいアテになりそうだ
今北:しゃあねえちょっと待ってな。じゃあこっちも一本開けるか
sakata:いいね
今北:思い人……ティアモにしとこかティアモ
sakata:ティwwアwwwモwwwww傑作
今北:ティアモねー、むっちゃかっこいいけどむっちゃ怖いんよ
sakata:強面?
今北:うーーーーーーーーん すべて今北主観だけどね。ちなみに私何にでも「かわいい」「かっこいい」「こわい」「好き」言うからそこんとこよろしく
sakata:おっしゃ理解する努力を放棄した
今北:Don't think,feel!
sakata:なにに惹かれた
今北:最初見た目が怖くてビビってたけど、中身いいやつで安心した。まあ本丸に悪いやつってのがそもそもいないんだけどさ。
sakata:まあ審神者に害なすやつはいないだろうな
今北:ひとことで言うとギャップ萌えじゃないかな。強面ゴリマッチョがかわいい物好きだったら燃えるし、ヤンキーが子猫に餌やってたらキュンってするじゃん
sakata:どんなギャップが?
今北:まずその、笑った顔が存外に可愛かったのが。くしゃって笑うのに弱いのかも。あと、口がでかくてな。
sakata:口がでかいのがいいのか?
今北:でかい口でにぱって笑うのかーいいじゃん。あと、頭悪そうとか思っ……うーん……ないんだけど、予想に反して博識だったのにドキっとしたよね。
sakata:ティアモ阿呆みてえなツラしてんのか?
今北:語弊がある。つまるところ……ほら、陰キャ眼鏡が成績悪いとびっくりするくない? 系統としてはそれと同一
sakata:なるほどよーわからん
今北:まあとにかく、いろいろ知ってるからなあ。今北賢いひとに弱いから。おまけに頭の回転が速い。ティアモめっちゃかっこよかっこいいんよ
sakata:そういうエピソードが?
今北:数えきれないくらいある。軍議でそういうとこさらっと見せられると、惚れてまうやろーーー!! ってなる
sakata:んで鼻の下を伸ばすと
今北:必死に抑えとるわ!! ほーん、なかなか良いこと言うやないけ、くらいのテンションで必死にほっぺの内側かんでこらえとるわ 一人になった時にかっこよかったなぁ……ってかみしめるけど
sakata:そこでは鼻の下が伸びると
今北:伸びてるよ!!!!!! 地面につくぐらいにびろっびろになってるよ!!!! これでいいかよ
sakata:wwwwww で、ティアモは恋人いんのか?
今北:んー いてるでしょ
sakata:リサーチしてねえのか
今北:過去にいたという話は聞いたことがある。けどその時嫉妬で気が狂いそうになって、危うく審神者やめそうになったので、もうそういう情報は取り入れないことにした。認知しない事実はないも同然。シュレディンガーの恋人
sakata:誰うま 略奪とか
今北:できるわけねえだろ。んなことできるタマなら、軍議のとき必死にほっぺの内側かんでこらえねえのよ
sakata:道理だな。ちなみに今北恋愛したことあんのか?
今北:今の流れからわかるように、まともな恋愛はしたことがない。めっちゃもてねーのよ。ど陰キャだからな
sakata:今のしゃべってる感じは陰っぽくねえけどな
今北:対面だと陰キャになんのよ。初めの方は刀剣男士とのやり取りにも難渋したくらい
sakata:なるほどな でももったいねえな。このテンションでいくと、多分ティアモも興味もつと思うんだがな
今北:無理だね。借りてきた猫よ いや、一振りだけに借りてきた猫すると片思いに気づかれる可能性があるから、こう……全方向に清く明るく正しい審神者を演じてるさ。こればっかりはアカデミー賞主演女優賞ものよ
sakata:難儀だな
今北:自分に自信がないのがすべてよ しゃあない
sakata:冷静に分析できてるんだな
今北:問題の分析は得意よ。対応策も考えられるけど、それを実行できるかっつーと出来ないわけだよね。
sakata:ティアモとどうなりたい?
今北:もはやモテなすぎて、恋人になりたいとかも思わない。でも誰かにとられたくもない。私がそういう情報を感知せずに、ひそかに片恋をつのらせるだけでよい。結ばれなくていい。報われなくともいい。ただ、ティアモが折れるときにこういう主もいたなって思ってくれたらうれしいけど、まあ無理だな。私なんて平々凡々でなんのとりえもない審神者だからさ。だからいっそのこと、ティアモの心の傷になるのが目標でもいい。本丸が襲撃にあったりして、ティアモのこと庇って死んだら記憶に残るかな? 無残な死に方をすれば心の傷になれるかなとか、そんなことばっかり考えとる
sakata:重い 重症 メンヘラ
今北:だからそう言ってんべ
sakata:なんつーか重いな
今北:分かってる。だからこれは当人には絶対に知られないように秘めてるよ。きもいの分かってるから。迷惑はかけたく無いもん
sakata:なんと言ったらいいか
今北:じゃあsakataは? はぐらかしまくってるけど道ならぬ恋なの? 不倫なの?
sakata:いや、単純にネタがないだけ。まーなんていうか、そんだけ誰かのことを思えるのは あんたは苦しいだろうが、それはそれで尊いもんだと思うがな
今北:学生の頃に戻りたいね。目が合った、とか、ちょっと話せた、とかで一喜一憂できて。向こうも私のこと好きかも?とかそういうドキドキではしゃいでた時期に。
sakata:そういう時期もあったんだな
今北:あったわけよ 今は昔になりにけり
sakata:ティアモはあんたのことどう思ってそうだ?
今北:主でしょ。どこにでもいる平凡な審神者。ティアモ性格いいから、私がどんなつまらないミスをしても「人間そんなことあるさ」くらいのノリで流してくれるし、使えねークズ人間だとか思わないだろうから、それは救いかな。まあそれだけ印象も薄いだろうけど
sakata:脈なしか
今北:あるわけねえ。だって、わざわざ あっ
sakata:どうした敵襲か
今北:めっちゃ性格の悪いキモイこと言うけど許して
sakata:おう
今北:刀剣男士にとって審神者ってまあその、ある程度は特別な存在かと思うんだけど
sakata:だな
今北:ほんのり矢印を向けてもそれに気づかない……か、気づいててあえて知らぬふりをしてるかは知らないけど、そこであえてよその女とくっつくっていうのはさ、やっぱ審神者に相当魅力がないというか……そういうことかな、と。あーーーーーーごめんまじで自意識過剰まじでキモイまじで自分勝手まじでわがまま自己中ほんとごめん モテな過ぎてあたまおかしくなってっから許してつかあさい
sakata:いやでも、審神者ってひとりしかいないからな。いかに大事とは言っても、まずそこで弁えてるやつも多いんじゃないか
今北:ごめん本当にごめん、気にしないでていうか忘れて。負け犬の遠吠えだから。まあとにかく、ティアモにとっての私は審神者以上でも審神者以下でもないわけ。アウトオブ眼中。分かってるから私だって弁えてるのよ。真面目に仕事して、誰かの穴埋めとかもして一生懸命に生きて、誰にも迷惑かけてないから許して
sakata:こっちこそ悪い
今北:sakataめっちゃいいやつだな。sakataの未来に幸福のみが訪れることを願ってるよ
sakata:今から死ぬのか?!
今北:犯人はsakata
sakata:なんでだよw



……
…………
……………………



 当初はログインする時間が互いにかぶっていれば、やり取りを始めるといった具合だったが、徐々にそれだけでは物足りなくなってきた。
 この今北、語彙の感じや人物像が中々に面白いのである。特に面白いネタを持っているわけでも、トーク力がずば抜けているわけではないのだが、感じ方や考え方がどこか独特で味わい深い。
 なにより、こじらせにこじらせすぎた恋愛観が非常に興味深いのだ。自信がなくおっかなびっくりとしているかと見せかけて、非常に大胆だったり物騒だったり。語り口のあっさりとした感じからは想像できないほど、内面がドロドロとして執念深い。かと思えば、ソハヤ(=sakata)の心情にかなり配慮しており、気を遣いすぎるところがあって。節々に悪ぶったり自身を卑下する言動があるが、実際はかなり小心でいい奴なんだろうとも思うほどに。
 気づけばいつしか、ソハヤは今北という人物を気に入っていたし、彼女(彼?)の恋の行く末を応援していた。まあ、本人が思いを伝えるつもりはないと言っているから、きっとこの恋が成就する見込みは低いだろう。しかしそれでも、この繊細で愛情豊かな女(か男)が幸せになる未来を心から願っている。
 そういうわけで、ソハヤとしては寸暇を惜しんで今北産業とのやり取りを楽しみ始めたのだった。お互いに不規則な生活であるため、偶然を待つだけでは満足ができない。それで、確実にログインできるよう都合の良い時間で調整しあってログインし、チャットをするようになった。

「女ができたのか?」
 近頃めっきり付き合いが悪くなったことに対し、遊び仲間たちは愉快そうに不満を漏らした。本丸での喫煙所でのこと。揶揄するような一文字則宗の言葉に、ソハヤは片眉を上げてみせる。
「別に」
「最近めっきりお見限りじゃないか。お前さんの兄弟に聞いたぞ、近頃は部屋にこもりきりらしいな」
「じゃあなおさら女ができたって線はねえだろ」
「部屋でいそいそとナニをしてるのかと思ってね」
 ソハヤがいないと勝負が面白くない、と則宗は言う。麻雀のことだ。確かに本丸の雀士たちのレベルは高く、戦いは常に熾烈を極めソハヤを熱くさせる。――が、それよりも今北の不器用な恋の行方が気になるところだ。
「なあ、則宗サンよ」
「なんだ?」
「叶わない恋をしたことがあるか?」
「っ……は?」
 唐突なソハヤの問に、則宗は思わず紙タバコを取り落としそうになった。
「お前さんもしかして……」
「いや、俺じゃねえよ。最近知り合ったやつが、ずいぶん長いこと片思いをこじらせて大分精神にキてるみたいでな。どういうもんなのかと思ってね」
「なるほど、勝負よりもそっちに興味があるってわけか。わはは、意外だな。他人の色恋に首をつっこむなんざ」
「まあそういう成り行きでな。面白いやつなんだよ、できればうまくいってほしいんだがな」
「ほぉお。お前さんにそこまで興味を持たれるとは、相当変わったヤツなんだろうな。っと、主か。いいところに」
 則宗が手招きをすると、ほどなくして――当本丸の審神者がやってきた。
 見慣れたジャケットにパンツスーツのスタイルは、いかにも出来る女という風で、実際仕事もできる方だ。時折喫煙所でタバコを飲んでは、刀剣男士とコミュニケーションをとっているところも見かける。酒の席も付き合いがよくて、刀剣男士たちからよく慕われている。何事もハキハキとして自信に満ち溢れて、――今北とは全く真逆の審神者だと言える。
「なにー?」
 ひょっこりと喫煙所スペースから顔をのぞかせると、ソハヤと則宗を認めてにこりと笑顔をみせた。こういうところもそつがなく、気難しい男士でもうまく操縦してしまう。古臭い言葉で言うなら、本丸のマドンナとでもいったところか。
 気難しい男士筆頭の則宗が、自分の隣のスペースをポンと叩いて促した。
「まあちょっとこっちに来て座りなさい。一服つけようじゃないか」
「あら残念。魅力的なお誘いではあるけど、まだ到底休憩してる場合じゃないんだよね」
「ちょっとの間もか?」
「ちょっとの間も。また誘って」
「しょうがないな。ま、頑張りたまえよ」
「ありがとー。じゃ、お二人ともごゆっくり」
 則宗が審神者の二の腕あたりを軽くたたくと、審神者は笑いながら立ち去って行った。ひらひらと手を振る則宗に、――ソハヤは肩をすくめてみせる。
「今のセクハラだぞ」
「ハラスメントっていうのは相手の受け取り方次第だ。彼女、笑ってただろう?」
「ジジイの機嫌を損ねて駄々こねられたくないからだろ」
 とはいえ、二の腕なんぞは序の口だ。酒が入ると平気で尻のひとつでも触りかねないジジイだ、若い女性の審神者だとなにかと気苦労が多いのではないか――。などとソハヤは考え、溜息を吐く。
 とはいえ、何事もそつなくこなしてしまう彼女のことだ。うまくやってのけそうではあるが。いやしかし、実は内心では今北のようにネガティブだったら? そう考えるといまいちよくわからなくなる程度には、主の為人の深いところについてソハヤは知らない。
 則宗は思い悩むソハヤを見て、目をしばたいた。
「なんだ拗ねてるのか?」
「なんでそうなる?!」



……………………
…………
……



sakata:刀剣男士とはうまくやれてんのかい?
今北:なにこれ面談?
sakata:いや、あんたは自分の本丸でどんな感じなのかと思って
今北:まー普通じゃない? 可もなく不可もなく 政府の役人とも刀剣男士たちとも波風立つことなくぼちぼちやってる。いきなりどした
sakata:自分の主を見てて、どうなのかなと思っただけだ
今北:sakataんとこの主どんな感じ? sakataいいやつだから、きっとsakataの主もいいやつだろうね
sakata:普通に当たりの審神者だろうな 美人で仕事ができて人当たりもいい。なんでもそつなくこなすぜ
今北:うおーーーーイイ女審神者かーーーーー いいなぁ 私もそうなりたかった 来世はがんばる!! ていうか主となにかあったんか?
sakata:いや特に 見た感じスマートな人だけど、実は中身があんたみたいにネガティブだったらどうなんだって思っただけ 心に深い闇を抱えてたら大変だろうなと
今北:深い闇はかかえてねえけど
sakata:胸に手をあてて考えてみろ
今北:闇……かな
sakata:ティアモとは最近どうなんだよ
今北:聞きたい?
sakata:聞きたい
今北:それがさーーーーーーーーーうんこうんこなんだけど、新しい女の影がある
sakata:うんこいうなっていうか、まじか
今北:知らんけどそういう噂があってな でも確かな情報筋だから多分ほんと この世は糞 ほんと糞 二回目の失恋よ
sakata:それでもティアモがいいのか
今北:まあ彼女ができたくらいで諦めがつくなら、死にたいほど追いつめられるっていうのはないよね
sakata:落ち着いて深呼吸をしろ 短気は損気だぞ
今北:今じゃねえよ、昔のこと でもありがとな
sakata:今は大丈夫なのか
今北:まーーーーーーーショックはショックだよ でも、私なーんもしてないもん 告白したりとか、好きになってもらう努力とか、そういうのまーったくしてn
sakata:どうした
今北:よく考えたら、してないわけじゃないなと。自分なりに彼の好きそうな女像に近づく努力はしてる。してるけど、だからってこう……好きなんですよ!!みたいなアピールは一切してねえ それなのに私の気持ちに気づいてそっちから私のことを愛せとか、ヤクザ通りこして暴君だよ 民衆に首をはねられるタイプの 初めから戦ってない 私スタートラインにさえ立っていない。舞台上に上がっていない、エキストラでさえない完全なる聴衆でしかなくて。だから僕は、目と耳を閉じ口を噤んだ人間になろうと思ったんだ
sakata:そんなにいいのか でもティアモだけじゃねえだろ
今北:それはそう 分かってる。男なんざ星の数ほどいる。この際女に目を向けてみるのもいいかもね。でももしかしたらもはやこれは意地なのかもしれないし、呪いなのかもしれない。あんなやつ大したこともねえしょうもねえ男だよって、どうでもよくなりたい
sakata:それもいいかもな
今北:ごめんこんな話おもしろくねーな うんこもれそうになった話でもする?
sakata:その話は大丈夫なのか逆に
今北:漏れてないからいいでしょ やばかった、実にやばかった 今北の肛門括約筋、がんばった 大人でも気を抜くと大変なことになるから、便意を覚えたときには素直に従った方がいい
sakata:肝に銘じる 冷たいもんでもドカ食いしたのか?
今北:別に ゆるいやつでもない普通の それをもれるギリギリまで我慢してたってだけのはなし
sakata:素直にトイレ行けよ!!!
今北:ほんとにねw でもその時の切迫した気持ちを思い出したら、どうでもよくなってきた。ありがとね
sakata:心の底から俺なんもしてねえけどな
今北:聞いてくれただけで心が軽くなった この話、誰にもしてないからさ ていうかこんなみっともねえ話誰にもできねえし 心の底からありがとな
sakata:おうよ



……
…………
……………………



「主、ちょっといいか?」
 一人になる頃合いを見計らい、ソハヤは審神者を呼び止めた。彼女は驚いたように目を丸くし、なんだろう、と目をしばたいてみせた。
「この後時間あるか?」
「あ、うん。あとはもう執務室閉めるだけだから大丈夫だけど」
 なにかあった? と尋ねる審神者は、どこまでも親身な上司の顔をしている。まさか――プライベートなことを聞かれるなどとは、想像もしていないだろう。それが分かって、ソハヤは少しだけ申し訳なく思った。
「別に仕事のことじゃねえんだ。結構個人的なことだな。いやなら答えなくてもいいんだが」
 反応をうかがいながら言葉をかけると、審神者はとりあえず話してみてよとでも言うように、うなずきながら促してくる。ソハヤは心を決めて問を投げかけた。
「主はその……。片思いをしたことがあるか?」
「え……」
「すまん! 不快にさせたなら取り消す。聞かなかったことに、」
「あ、いや……ごめん、大丈夫。でもまさか、ソハヤにそんなこと聞かれるなんて思ってもみなくて。びっくりしただけ」
「俺も不躾なことは重々承知してる」
「まあ、それだけ抜き差しならなかったってことかな、わかんないけど。結論から言うと、片思いね。したことあるよ」
 驚きつつも、すっぱりと審神者は回答した。それから苦く笑って、すべての恋が実るわけじゃないもんね、と付け加える。笑みの余韻に残ったそこはかとない暗さが、鮮明に心に焼き付いて離れない。
 こういう顔もするのか、とソハヤは初めて見る表情にしばし見とれた。今まで見てきたものがすべて偽物だとは言わない。しかし、それこそが彼女の生の姿のような気がして。なんだか急激に、彼女という人間の真相に肉薄したような気がしてやまなかった。
「どうしてそんなことを聞くの、……って、逆に聞いても?」
 ぼんやりとしていて、その問いへの反応が一瞬遅れた。
「っ……いや、」
「なんてね」
 ソハヤが言いよどむと、審神者はくつりと笑ってみせる。
「ソハヤの慌てたところ、初めて見たかも。いいものを見れたことに免じて、今のは不問に付す。もう行ってもいい?」
「あ、ああ。悪かった」
「また明日ね」
 くるりと踵を返して去っていった審神者を、その後姿をソハヤノツルキはずいぶんと長いこと眺めていた。


 ――主の片恋の相手とは、一体。
 あの日から、ソハヤの胸中ど真ん中には、その問いが堂々と鎮座ましましている。気づけばそれについて考えるようになっていたし、気づけば彼女の姿を視線で追っていた。すべて無意識に行われているから、たちが悪い。
「近頃ずいぶんとご執心らしいな」
 そんな声が聞こえてはっと我に返ると、タバコをくわえてにんまりとする一文字則宗がいた。
 たちが悪いといえば、この相手もそうだ。少しでも言動を誤れば、とんでもない結果を引き起こしかねない。どんなやり取りをしていたっけ、とソハヤが反芻する横で、則宗は鷹揚に笑って自分の小指を示してみせた。
「最近のコレだよ。入れ込んでるみたいじゃないか、そんなにいい女なのかい?」
 なるほど、理解した。近頃立った「ソハヤに新しい女ができた」という噂について言っているのだろう。――ソハヤがひとりで困惑しているだけで、主を気にかけているという事実に気づいている者はいないようだ。却って好都合だが。
 ソハヤは紫煙を吐き出し、どうだろうなと言葉を濁す。誤解してもらっていた方がやりやすいというもの。
「だとしても、あんたに教える筋合いはねえよ」
「おっ、なんだ意外と独占欲の強いたちか?」
 煙に巻こうとするソハヤに、則宗が食いついてみせる。――と、影が差して少しだけ視界が暗くなった。
「こだわるときにはしつこくこだわる。一度食らいついたら飲み込むまで離さない。執念深いぞ、兄弟は」
 日が翳ったと思ったのは間違いで、新たな喫煙者が登場してソハヤの前をふさいだせいだった。大典太光世、さらっと兄弟の性癖について表れざまに暴露してみせたものだ。
「ほぉおお、なるほど」
 則宗は眉をしかめたソハヤを一瞥すると、殊更にやりとした。
「あっさりとした好漢、ってツラをしておきながら意外とドロドロしてるんだな」
「しかしそれを隠すのも上手い。自制心の強さは素直に尊敬に値するもんだ」
 どっかりと椅子に腰かけてタバコに火をつけ始めた兄弟に、ソハヤはなんとも苦々しい視線を送りつける。とはいえ、事実であることには変わりないから、難癖をつけるまでもない。
「……そこまで気に入るもんがあればな」
 好みにはうるせえんだ、と悔し紛れに付け足してみせれば、大典太は肩を揺らして低く笑った。



……………………
…………
……



今北:今思えば、昔から恋愛面においては要領が悪かった。っていうと恋愛面以外では要領がいいように思えるから訂正するけど、とにかく私は何事にも要領が悪かったのだということに思い至った
sakata:いきなりどうした
今北:初めて好きになった男の子は、なんだかんだで友達にとられたなぁ。でも盗られたっていうのもおこがましいほどに、私はなにもしてなくて
sakata:どういう状況だったんだ
今北:まだはっきりと恋心を自覚していない時分に、友達に「同じクラスの○○くんっていいよね」みたいな話をしたの そしたらその子が「えー、○○~? やめときなよー」みたいに言った
sakata:それを真に受けて?
今北:ううん 別にそれはそれとして特にとりあってもなかったけど、なんとなくこう……相手も私のこと好きなのかな? みたいなやりとりもあって、楽しい時間を過ごしつつ、特に行動を起こすこともなく手をこまねいていたら、学年が変わってクラスが別々になって、その子が○○君と付き合いだしたことを知りました
sakata:その子もその男のことが好きだったのか
今北:いつ頃から好きになったのかは知らないけど、まあ普通に考えて牽制だよね。まあ私はあからさまな牽制球に気づかず、ライバルがいることも知らずのうのうと過ごし、横からかっさらわれていったっていう ね 無様だろ?笑えよ
sakata:鈍いのか
今北:鈍いよね 大人になってから気づいたけど、私って鈍いんだ まあそれで助かってる部分もあるけど、ここぞってときにマイナスに働くよね だから要領が悪い でもそれはもうしょうがない。自分のウィークポイントは知ってるから、最悪の事態にならないようにリスク回避は怠らないから。
sakata:ちなみに好いた男をよその女にかっさらわれるのは、最悪の事態じゃねえのか
今北:それで査定に響くわけでも、命に係わるわけでもないからね
sakata:cool
今北:たとえばその、好きな人と結ばれなければ泡になって消える人魚姫みたいな業を背負わされたとしたら別だけど……あ、でもここにひとつ報告したいことが
sakata:どうした
今北:そういう性分だからかわかんないけど、最近NTR妄想がめっちゃはかどる
sakata:おい今意味調べたんだが なんだそりゃ 寝取られ???
今北:寝取られよ なんかね、今までは「死にたい!!!!!!!!!!!」って思ってたのに、今では「シコイ!!!!!!!」に変わった
sakata:大丈夫か?
今北:大丈夫じゃないのかもしれないけど、なんかめっちゃ燃えるんだよ。たまんないんだよ。のどというか、胸の奥がギリギリ熱くなって、生命の灯が著しく燃えて燃え盛っている気がする
sakata:それ燃え尽きる寸前のやつ
今北:あ なるほど ストレスかな?
sakata:どうにも健全じゃねえな
今北:でもシコイよ??? 私の知らないところで、私の知らない女を抱いている彼 私の知らない女に愛をささやく彼 私の知らない女が彼の愛を一身に受け止める うーん地獄かな???
sakata:それやっぱ大丈夫じゃねえやつ
今北:でもめっちゃ燃える。この際ストレスだろうといい、燃えるのは燃えるんだよ。もはやこのストレスが募りに募って体内で急速にがん細胞を増殖させてわが身をむしばみ、気づいたら余命三か月くらいになってねえかなって思うんだけど
sakata:大丈夫じゃねえじゃねえか!! メンタルクリニックでもかかれ それかゆっくり休養しろ この際仕事なんてさぼれ 休めよ
今北:冗談だっつーの そんな病んでたら悠長にチャットなんてやってねえよ つーかすまんな、ネガティブ芸に付き合わせて あ、じゃあ口直しに酔っぱらって立ったままマーライオンになった話でもする?
sakata:それであんたの気が晴れるならいくらでもしてくれ
今北:初めての飲み会のとき、あの時はまだ若かった その時はまだ陽キャ演じてたから調子にのってね、あらゆるアルコールを飲みまくったのよ ビール、酎ハイ、ワイン、日本酒、テキーラ、ウォッカ……で、三次会行こうかって時にどこ行く~?なんて話してたら、立ったままだばーーーーーって飲み食いしたもの大量に吐いてね あだ名しばらくマーライオンだった マーって呼ばれてたよ
sakata:酒のちゃんぽんはよくないな 普通に悪酔いする
今北:ほんとそれよ sakataお酒は強いの?
sakata:それなりには飲むぜ
今北:刀剣男士って不思議だよね その気になれば一瞬でアルコール分解できるくせに、普通に飲むとすぐ酔っちゃうーって個体もいるし へんなの
sakata:気分的な問題かと思うがな 好き嫌いと似たようなもんだろ。あんたは強い方?
今北:普通じゃないかな マーライオン事変から自分の限界を知ったもんで、ああはならないように節制してるから、大事故は起きてない
sakata:あんた飲み会とか出るのか?
今北:それが意外なことにね、出るのよこれが
sakata:意外だな。引きこもってネットしてそうなのに
今北:うーん、それも正解 まあでも審神者としてというか、管理者としてっていうか? 情報収集のためにも、そういう席には積極的に顔を出すようにはしてる
sakata:勤勉勤勉
今北:まあでも、ティアモが参加してるからってのもあるぜ
sakata:遠くから見つめるだけなのに?
今北:遠くから見つめるだけでもいいよ かっこいいから。私には見せない巣の顔をほかの刀剣男士に向けているとき、それをこっそり盗み見るのが最高に幸せなんだよ ストーカー気質は自覚してるからことさら追及しないように
sakata:ティアモは酒飲むのか?
今北:飲む飲む。汚い飲み方じゃないのにかなり飲むから、その飲みっぷりにもほれぼれするよ ちなみに宴会で提供する酒類はティアモの好きなメーカーを取り入れてございます 割と手に入れるの大変なんだけどね ティアモのためならなんのそのよ
sakata:健気だ……
今北:今気づいた?
sakata:幸せにしてやりてえ
今北:それティアモに言われたら最高なんだけど、まあそんな日は永遠に来ねえからありがたく受け取っとく sakataも幸せになる呪いをかけとくよ えいっブリブリブリ
sakata:最悪の効果音だな



……
…………
……………………



 その日、本丸では暑気払いの宴会が行われた。本丸の三大宴会の一つで、あと二つは花見会と忘年会(新年会)が挙げられる。
 これらは長期遠征の面々が帰城したタイミングかつ、翌日に早朝からの出陣・遠征は入っていない絶好の宴日和に行われ――というのも、考案者は審神者で、「できるだけ多くの刀剣男士に参加してもらいたいから」という宴会好きの主ならではの心配りが垣間見える。
 また、大酒飲みや大食らいの多い本丸で、なおかつ参加者も多くなれば費やす予算は莫大なものとなるが、「みんなに楽しんでほしい」という思いから審神者のポケットマネーもかなりつぎ込まれており、毎度毎回なかなかに豪華な仕上がりとなっている。
 もちろん、そんな裏事情が知れわたっているからこそ、刀剣男士の参加率は毎度ほぼ百パーセントだ。酒や宴の席が嫌いな者でも、それを聞かされれば首を縦に振らざるを得ないというパワハラじみた背景もある。が、我の強い者でも異を唱えないのだから、それなりに楽しんでいるということだろう。
 ――いったい、今北はどんな風に宴を楽しんでいるのだろうか。
 遠くの方で、キレイどころの刀剣男士と語らっている審神者をぼんやりと眺めては、ソハヤは顔も知らないチャット相手のことを考えた。
 なんでもそつなくこなす自分のところの主と違い、今北は隅の方でこっそりと刀剣男士を眺めて酒を煽っているのだろうか。彼らの話にこっそりと聞き耳を立てて、「情報収集」をしながら。――そうして、愛するティアモにそっと視線を向ける。自分でないほかの誰かを愛するティアモに、今日もかなわぬ恋をして。
 あんな風に涙が出るまで笑って、軽くボディタッチを決めるなどして刀剣男士と屈託なく戯れたりは――しないのだろう。
 あの明るさがあれば、今北もきっと。しかしそうはならないのがこの世の摂理だ。涙が出そうだぜ、なんて思って酒を煽る。そうした時、頭上からふっと影が落ちた。
「盗み見か」
 陰鬱な声と登場の仕方は、兄弟刀だった。今は酒が入って若干楽しげな仕上がりになってはいる。
「なんのことだ」
「主を見てただろ」
「まあ、……ちょっとな」
 まさか、チャット相手と比較してしんみりしていたとも言えない。言葉をにごすと、大典太は口元をにんまりとさせてみせる。
「最近よく気にかけてるじゃないか。惚れたのか?」
「っなんでそうなるんだよ」
「よく視線で追ってる。気づかれてないとでも?」
 目まで細めた意地の悪い顔は、どうやっていたぶってやろうかと舌舐めずりする肉食獣のよう。悪友のときにはうまく煙に巻いたというのに、なんとも厄介なあいてに感づかれてしまったものだ。――一生の不覚、とソハヤは内心で舌を打った。
 どうやってごまかすか、それとも変に悪あがきはせぬべきか。考えているところに、
「主、」
 普段はそんなでけぇ声出さねえだろ、と思わずつっこみたくなるくらいはっきりとした声で、大典太が遠くにいる審神者を呼んだ。陰鬱な響きだがよく透った声が、彼女の耳に届いてしまう。はっとしたかと思えば、周囲にも促される形で審神者はこちらを見た。首を傾ける。
 横着にも手招きで大典太が審神者を招集すると、彼女はなんの疑問も抵抗もなくこちらにやってきた。そうして隣にいたソハヤに気づくと、一瞬目を丸くしながらも、にこりと笑ってみせる。
「なになにー?」
「まあ座れよ」
 大典太が自分の向かい側を示すと、審神者は大人しくそれに従った。
「兄弟水入らずのところ、邪魔していいのかな」
「あんたがいた方が場が和む。なあ兄弟」
 ちらりと横を向いた兄弟の顔、完全に楽しんでいる。ソハヤは口元を引くつかせながら、ああそうだなと投げやりに答えてみせた。オーバーに反応したら負けだ。このあくどい兄弟刀を決して楽しませてなるものか。
「大典太もそんなこと言うんだ」
「結構な」
「なんだか意外ね」
「俺たちはもっと互いのことを知りあうべきだな。兄弟も知りたがってるはずだ」
「そうなの?」
 審神者は肩を揺らして笑い、ソハヤに視線を向けた。ここで否定すれば相手の思うつぼだし、ここまでくるともはや開き直るほかない。主のことをもっと知りたいというのは、あながち嘘でもないのだから。
「だな」
 すました顔で答えると、大典太はかすかに眉をあげた――ように見える。反撃されたのが面白くないのだろう。それはさらりと無視してソハヤは続けた。
「俺も兄弟も本丸では中堅以上にはなったが、近習衆に取り立てられるほどの出世はまだまだだ。あんたのプライベートについては情報が少ない」
 審神者がフランクな性格の割に、ソハヤが彼女について深くを知らない最大の原因こそが、ここにある。審神者と最も近しい距離にある近侍の任が、ほとんど回ってこないからだ。
 本丸によって近侍の選出方法はさまざまだが、当本丸では近習衆に取り立てられた数名の刀剣男士で回されている。近習の顔ぶれには古参の者も多いが、そうでない比較的に新顔までいてさまざまだが、概して言えるのは、こまやかな気遣いのできる実務に長けた者ばかりだということ。必然的に短刀や脇差、あるいは能吏たる前の主を影響受けたものなどが多い。
 近習衆ではないソハヤが近侍を務めたのは、記憶にあるだけでもこの数年で二回ほどしかない。しかもそのうちの一回は顕現された当初の試用期間であり、数に入れるのは少々おこがましいというものだ。 
「兄弟は近習に取り立ててほしいそうだ」
 どこまでも面白がる大典太に、ソハヤはもういっそのこと開き直る。
「そうなりゃ大した出世だな。どうだ、主? 短刀や脇差には及ばねえかもしれないが、そこそこ気働きはできる方だ。慣れればそれなりに動けると思うんだが」
「っえ、」
 やけっぱちで自身をセールスすると、審神者は予想外に過ぎたのか大きく目を見開き、びくりとして大仰に肩をゆすった。その瞬間、なみなみと注がれていた器の中身がぼたりと零れ落ちて彼女の膝を濡らす。――なみなみ注いだ犯人は、大典太だった。
「っおい、注ぎすぎなんだよ!」
「酒が足りないかと思って」
 ソハヤの言葉にしれっと返す大典太に構わず、ソハヤは拭くものを探して席を立った。
「さっそくアピールタイムか」
 のどを鳴らしながら言う大典太に、
「兄弟は落第だな」
 ソハヤは吐き捨てるように言って厨の方へと駆け込んだ。

「ったく……」
 無事に清潔な布巾をゲットすると、ソハヤは声に出して溜息を吐いた。悪乗りが過ぎる。普段ご陰気なくせにこうなるとたちが悪い。しかも互いのウィークポイントも知り尽くしているものだから、やりづらいといったらない。
 この借りはどうやって返してやろうか。画策しながら戻ろうとしたとき、ふと――ソハヤは立ち止った。
 氷がゴロゴロと入ったクーラーボックスの中、無造作に冷やされた特徴的な酒瓶。あまり市場に出回ることのない、しかしソハヤ一押しのそれを見間違えるはずもない。氷水から引き出してラベルを確認し、おお、と思わず声が漏れた。
「さすがソハヤくん、お目が高いね」
 突然そんな声が聞こえて、ソハヤははっとそちらに視線をやる。ごめんごめん、と軽く詫びたのは燭台切光忠だった。酒とつまみを取りに来ていたらしく、両手がふさがっている。
「さすがって?」
「それ、かなり珍しいものだよね。僕はあんまり日本酒を飲まないから知らないけど、調達係の陸奥守くんが随分いろんなお店を回ったって言ってたから、貴重なものなんだろ。でもそれ、主のリクエストだから飲むなら一緒にね」
「主は日本酒もイケる口なのか」
 奇遇だな、と口にしようとした瞬間――ふと、いつぞやの電子上でのやりとりが脳裏をよぎった。
 そうして――そういえば、大宴会のときはソハヤ好みのニッチなクラフトビールや焼酎も揃っているな、ということまでが結びついてしまう。
 あるいは、追撃。
「主が日本酒を飲んでるイメージはないけどね」
 いやまさか。
 ソハヤは考えすぎだろと自嘲の笑みを浮かべて、宴席へと戻っていった。


 つづく
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 審神者と刀剣男士専用のチャットルーム、「ST space」。よその本丸の審神者や刀剣男士と匿名で交流できるということで、瞬く間にブームになったサービスに、数年遅れで参入したのが当本丸のソハヤノツルキだった。誰か(たしか山姥切長義だったか)に招待され、数か月放置していたものだが、つい先日今更ながらに思い出して登録してみて――ものの見事にはまってしまったというわけだ。
 
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鈴蘭(一条鈴乃:審神者名の由来→可愛らしく可憐な感じと毒)

身長:124cm→170cm 剣菱のように好き嫌いせずに何でも食べていたら、めっちゃナイスバディに成長した。
体重:24kg→54kg
フィジカル:A- 運動神経まあまあ、体力並み、ボディコントロール並みで全部平均的だが、根性だけで底上げに成功した努力型。手近に天才剣菱がいたのも意外といいお手本になったのかもしれない。
メンタル:B-→S+ どちらかと言えば内気だが、早熟で状況把握にたけているため、引っ込み思案ではない。家庭環境が複雑なため他社の顔色を窺いすぎるケがある。→剣菱の影響を受けて、10年も経つ頃には天上天下唯我独尊の毒婦へ成長。
霊的素養:S+++ 天才。量は潤沢でコントロール能力も抜群。霊力ブーストをかけると人外の剣菱ともやりあえそう。
学力:S+++ 審神者関連のことに関しては現役の審神者よりも知識がありそう。幼いころからジイチャンの残した書物を読み漁っていたため膨大な知識を蓄えている。→保卒ゆえに一般常識には疎い。が、別になにも困らないので保卒と馬鹿にされても特にダメージにはならない。
統率力:A- 理想の審神者像をもとに。
幸運値:D+ 個人としては不運だが、周囲に恵まれているのでその恩恵にあずかることが多い。

 実家は世が世なら公爵の家柄(もとは公家)だがとっくの昔に没落している。実家がかなりの猛毒で、あと数年たったらどこぞの成金に売り飛ばされようとしていたが、審神者への適性があったのでどうにか逃げ切った。
 敬愛する(そうして唯一自分をかわいがってくれた)祖父が審神者で、時折本丸に連れて行ってもらっていたので、審神者になりたいという夢を小さいころから明確に持っていた。祖父からも早くあの家から逃げろと言われていたので、文字が読めるようになったら片っ端から祖父の審神者関連資料を読み漁って知識を蓄えた。
 家族構成は父・母・兄。父は高く売り飛ばせる娘を審神者なんかに……! と臍を噛む思いだったが、審神者を輩出した家には恩給みたいなのが出るのでほっくほくで見送った。父母は嫌悪しているが、兄のことはなんだかんだで憎めないし切り離せない。
 石切丸とはなんだかんだでうまくやっている。
 剣菱のことは尊敬している。→長じてからは悪友みたいな感じ。尊敬していた幼いころの記憶は消去したいと思っている。

#審神者候補生学校物語
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剣菱(日野謙吾:審神者名の由来→全方向にとがりまくってるので「菱」を使いたかったため)

身長:180㎝くらい→184㎝ 成人してからもじわじわ伸びた
体重:70kg半ばは確実に→10kg以上増えそう
フィジカル:S+++ 運動神経抜群で体力も底なし、ボディコントロールにかけて天才的。一度優良なお手本を見ればその通りに体を動かせるので、スポーツも格闘技もダンスも体を動かすありとあらゆることが得意。喧嘩が好きなのでジークンドーを習得し、持ち前のゴリラフィジカルとサイコなメンタルを用いて見事に殺人術へと昇華させた。
メンタル:S+++ 無神経で唯我独尊なので最強。唯一の弱点は色仕掛けに弱いことかな。
霊的素養:C- 最低限だが、無意識に霊力コントロールにも優れているので実力以上のパフォーマンスが可能。
学力:E 最下位かな。ただ単に勉強する気はないが、頭もそこまでよくはない。ていうか頭脳労働が嫌いだからしたくない・しない。昇進試験を受けたくないので一生ヒラ審神者でいいと思っているタイプ。
統率力:A+ トータルで「強い」生物なので、刀剣男士のトップとして申し分なし。
幸運値:S+++ 最強。賭け事には運だけで勝つ絶対勝者。

 上流階級家庭に生まれたが、いろいろあって中学生くらいの時にグレて様々な問題を起こした悪たれ。審神者適性検査に引っかかったので、ここぞとばかりに親父から候補生学校にぶち込まれた。
 家族構成は父・母・兄・妹の五人家族。かなり裕福な家柄で、実家は兄が継ぐ予定。親族に審神者はいない。素行が悪く荒れ果てていたので兄弟仲(特に兄と)は悪いが、母親だけは常に案じてくれている。いまだにケンちゃんと呼ばれ、定期的に手厚い兵糧物資が届く。学校で頑張っていることが家族に伝わってからは、わだかまりも解消できて円満に。
 鈴蘭のことは、なんだかんだで可愛がっているはず。団体行動は苦手だが、手下ができるとついついその面倒を見てしまうタイプなのかもしれない。
 ちなみに、審神者学校での初代刀剣男士は小烏丸、その次が小狐丸。字面が似ている。小烏丸とは割とうまくやれていたが、小狐丸との仲は最悪だった。長義とはなんだかんだでうまくいっている。
 好きなタイプは外人。ナイスバディの美人以外に興味はない。性欲は強い。(廓でたっかい金かけて遊んでんの似合うな~。なにかあった時に、刀剣男士がヅカヅカ入り込んでくるのが想像できる)美人局に気を付けて。

#審神者候補生学校物語

■注意書き:

・刀剣乱舞二次創作
・女審神者
・BLなし 夢、百合あり
・現パロ、パラレル設定、なんでもあり
・いやなら見るな

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2023年10月23日(月) 21時36分46秒〔210日前〕