一、BOY MEETS GIRL
ほんまに行きたない――。バックレてまおうか。
駅前のカラオケBOXへの道中。明石国行は何度となくそう思ったが、陽キャにがっちりと肩を組まれて連行されてはどうしようもなかった。
顔見知り程度のクラスメイト(♂)数名に取り囲まれて向かう先は、男女の出会いの場・合コン。
とはいっても要は出来レースで、六人中二組は確実に成立すると目されている。発端はとある陽キャの男女二人。彼らの共通の友人たちの仲がなかなか発展しないからくっつけちゃおう、というハートフルな名目の裏で、常日頃から狙っていた彼or彼女を連れてきてもらい、まんまとゲットしよう――という魂胆らしい。
そんな陰謀渦巻く会合の場に、第三の男として呼ばれたわけなのだが。
そもそも、本来の参加者は明石ではなかった。
どうしても人数が揃わないからと、数合わせで呼ばれたのは友人の御手杵だった。参加するだけでいい、食べたり飲んだりしているだけでいいからと言われ、深く考えもせずに快諾した彼であるが、忘れていただけで家の行事があったらしい。
普通なら、そんな手抜きの言い訳は通用しないと切り捨てるところだが、あながちそうとも言い切れない理由がある。御手杵の飾らない・気取らない性格からは想像もできないが、実は彼、名家のお坊ちゃんなのだ。
由緒正しいお家柄はいろいろと面倒臭い、という話はつねづね聞いていたし、そもそも当人がそういった嘘を吐くタイプでもないため疑う余地はなかった。
とはいえ、誰とでも分け隔てなく接することのできる御手杵と違って、ほんのりとコミュ障入ったオタク(彼女いない歴=年齢)の明石は、金を積まれたってそんなところには行きたくも近寄りたくもない。
心情的には一も二もなく断りたかったが、彼にはちょっとした借りがあったためにそうはいかず、このような憂き目に遭うところとなった。
御手杵から代打の件を聞いていた幹事♂は、待ち合わせ場所に現れた明石に向かって、
「え、まじで明石クンが来てくれたんだ。彼女さんとかダイジョブそ?」
と半信半疑だった。
彼女さんもなにもいない歴=なのだが、それは周知の事実ではない。
若干のコミュ障気質ゆえ、自己防衛の一環でほのかに皮肉屋なキャラをかぶりつつ一般人に擬態していたため、このような反応を示されたのだろう。一応明石も世間一般ではイケメンの分類なのだ、よもや非モテ系とは知れまい。
これに対して明石は否定も肯定もせず、
「御手杵はんには世話になってますからなぁ。頼まれたら断れへんわ」
と、ひとつの事実のみを告げて受け流した。
嘘は言っていない。都合の悪い事実を伏せただけで。
平静を装う明石に、幹事♂は何も気づかずいたく感謝した。
「いやー、ほんっとありがとね。御手杵くんが来れなかったら、女の子一人あぶれちゃうところだったから。ほんと助かったわ」
そんな幹事♂とは対照的に、幹事♀の方は、
「え~、でも明石クン彼女持ちなんでしょ? どっちにしろイズミちゃんあぶれちゃうじゃん。御手杵くんとお似合いだと思ったのにー」
代打の明石がお気に召さない様子だ。
合コンの仕込みのもう一人は、『イズミちゃん』という女子らしい。本来、出来レースの合コンなら噛ませ犬を呼ぶのが一般的というが、女子が呼ぶ噛ませ犬はモンスターである確率が高い――というのは、某大型掲示板情報だ。
イズミちゃん、何系モンスターやろか。ドンマイ、御手杵はん。
他人事のように胸中で十字を切りかけた明石だが、しかしそんな御手杵の代打が自分だ。現実に立ち返り、急激に青ざめた。
御手杵の分け隔てなさなら、どんなモンスターでも適当に扱えるのかもしれないが、コミュ力に難ありの明石にはだいぶん厳しい。
モンハンはゲームの中だけでええねん。ホンマ無理やで
青白くなる明石をよそに、ひとり、またひとりと参加者が集まっていく。しかし、残りあと一人となったところで出発の合図がかかった。
「イズミちゃんは急用が入っちゃったらしくて、ちょっと遅れるって~」
ということらしい。
もうこのまま来んでええから、森へお帰り。
と、架空のモンスター・イズミちゃんに向かって、明石は熱心に祈りを捧げるのだった。
――なんてド失礼なことを思っていたのを全力で否定し、そんな歴史を改変したくなるほどに。
「ごめん、遅くなりました」
遅れて登場した『イズミちゃん』は、文句のつけがたい美少女だった。
勝気そうな瞳に形の良い唇、鼻の形も整って、大きさ位置ともに完璧な配分だ。顔面がもはや最強なのに、その上さらにすらりとした高身長で手足の長いモデル体型。射干玉の黒髪を高い位置で結い上げた姿は溌溂として、スポーティな印象がgooood!
うそやん――。
明石は愕然とした。
こんなん、噛ませ犬やない。噛ませ犬どころか……。
間違いなく、この出来レースの合コンをひっくり返すダークホースの登場だった。
夢でも見ていると錯覚するような麗人の登場に、明石はしばし呆然自失を余儀なくされた。無理もない。直視するのも難しいドワーフを想像していたのに、現れたのが違う意味で直視の難しいエルフだったとなると、理解が追い付かないのだ。
しかし時間もその人も待ってはくれない。
「私の席、そこかな」
凛とした声がかけられ、はっとして明石は我に返った。
彼女の差し示す空いた一席、明石の隣が『イズミちゃん』の定位置となっている。
「あ、はあ……」
思わず返した言葉は、自分でも情けないほど気の抜けた声だった。
とはいえ、最強イズミちゃん。芯の通った声までもが耳に心地よい。全方位死角なしかといっそのこと悔しいほどだ。
ぽかんとしていると、明石の隣に彼女が腰かけた。
すかさず、幹事♂がマイクを取って立ち上がる。
「えー、じゃあみんな集まったところで自己紹介からしようかな。まずは男子から」
割愛。
「では次に女子」
二人割愛。
満を持して『イズミちゃん』が立ち上がった。
一体なにを語るのか。注目が集まる中、
「和泉守十一です。好きな男性のタイプは日本人なら室伏広治、外人ならジェイソン・ステイサム。身長は一八〇センチ以上、体重は八〇キロ前後は欲しいです」
貧弱な日本人男子高校生にはひっくり返っても達成できない条件をつけ、場を凍りつかせたのだった。
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