【仮題】空洞です - 1/3

 希望的観測を持つべきではない――。

 審神者は天板に両肘をついて手を組み、それを口元に当てて深く考え込んでいた。
 デスクの正面、応接セットのロウテーブルには、可愛らしく整えられたプリザーブドフラワーが飾られている。殺風景な部屋に似つかわしくないそれは、時には波立ってささくれた心をふんわりと癒してくれたものだ。彼女は見るともなしに見つめていた。
 もともとの執務室は、ひどく殺風景な部屋だった。持ち主の性格がそうであるかのように。執務机に端末、応接セット、本棚……最低限の調度品に、わずかばかりの私物を持ち込んだだけ。色気も素っ気もなくただただ簡素だったここに、花という鮮やかな色彩を持ち込んだのは、福島光忠という刀剣男士だった。
 彼の贈ったプリザーブドフラワーに加えて、執務デスクには一輪挿しが飾られ、毎日手入れされていた、、。過去形である。最後に飾られたのは赤いチューリップで、それが枯れていつの間にか片付けられて、半月。新しい花が飾られることはなかった。
 もともと、彼の好意に甘えて提供してもらっていたにすぎない。気が向いたときでいいから、負担にならない範囲で結構、執務室に花を飾ってほしいと。契約を交わしたわけではない、単なる口約束だった。
 それでも福島は、熱心に花の世話を請け負ってくれた。執務室だけでなく、広間や食堂などの人目につくところにも。季節ごとの色とりどりの花々を、花瓶だったり籠だったり、さまざまな手法で飾ってくれた。
 審神者の直接知る限りでは、執務室に毎日通って、一輪挿しの世話をしてくれたものだ。同時に、広間や食堂の花も常に瑞々しく美しかったから、これらもすべて毎日彼の手が入っていたのだろうと推察できる。
 飾られた一輪挿しの花々は、ミモザ、ベゴニア、黄色いガーベラ、赤いバラ、赤いチューリップ……。ロウテーブルの上のプリザーブドフラワーは白とピンクのガーベラに、赤いバラ。
 審神者の好みは特に言及していない。なんなら、花のことはよく分からないからなんでも好きだと伝えた。花畑どころか温室まで存在する当本丸では、季節関係なく年中さまざまな花々を楽しむことができ、なにを飾るかは選り取り見取りだ。
 アレンジのセンスは抜群で、草花の知識に詳しい彼が、なんの意味もなく花の種類や色を選ぶはずはない。きっと本数にさえ意味があるかもしれない。なにより、自身と接するときの彼の表情だとか言動、雰囲気だとか――。そこに込められた特別な感情、温度感。向けられたそれが、なんなのか。恋愛巧者とはいえない審神者でも、さすがにそこに気づかぬほど鈍いつもりはなかった。
 しかし、なにか含むところを感じながらも、あえて審神者はその意味合いを調べることはなかったし、気づかないふりをした。
 自身の勘違いかもしれない。
 なにより彼女は、刀剣男士と恋愛と深い関係になるつもりがない。
 福島に魅力がないとか好みでないとか、そういったことは一切問題ではなく、ただただその気もなければ余裕もなかった。
 花の世話については、正直しくじったなと審神者は思うばかりだ。
 はじめは、まったくそんな意図はなかった。匿名で花を飾ってくれているのが彼だと知って、その好意に甘えただけだが――よくよく考えてみれば、そのきっかけからして疑問に思うべきだったのかもしれない。過ぎたことはどうしようもないが。
 気がかりなのは、花の供給が途絶えたことと、直近の福島光忠の様子がどうにもおかしいこと。
 花については、彼の負担にならない範囲でという約束だから、私生活が忙しいなどの事情で納得できる。しかし、最近の彼の異様さについては、見過ごすことが出来ないものがある。
 外見――確かに、見るからにやつれて顔色が悪いのは、気にかかる。しかしそれ以上に、福島がらみの事故報告書が増えていることは、憂慮せずにいられない。
 小さなミスの積み重ねが、やがて大きな事故を引き起こすのだ。管理者として、目に見えている地雷を処理せず放置することはできない。
 しかしながら、一刀剣男士の問題について、わざわざ本丸のトップが動くことではないのも事実だ。
 本丸は組織で動いている。まずは所属長に相談し、どうするかを検討して動くのが筋だ。所属長自体に問題があるというのなら、監査部に相談するか――この場合審神者への直訴もやむなしだろう。しかし、それをわざわざ審神者の側から促すのも妙な話だ。
 たとえば、花が飾られなくなったとき。あるいは、福島の顔色が悪いのではないかと気づいたとき。予兆があった時に動いていれば、ここまでの事態にはならなかったのではないか。
 審神者が手を拱いている間に、こうなったわけだが……。
 もちろん情に厚い仲間たちは、彼女のように傍観してはいなかった。福島に近しい者たちが、あれこれと手を変え品を変え、お悩み相談に乗り出したようだが、結果は惨敗。
 もはや周囲の気遣いだけではどうにもならず、所属長が面談を取り付けたようだが、同様だったという。

「なだめても脅しても、てんで駄目。なんかほら……主が言ってた、犬を食べないとか、目下の者からの食事の誘いを断らないとか。そういう誓いでも立ててるんじゃないかってくらい、頑として口を割らないんだよね」「ああ、ケルト神話のゲッシュね」
「刀剣男士には口を割らない……ってことで、主が聞いてみるのは?」
「え? いや……そうね……」 

 そんな中、とうとう刀剣男士の本分――出陣にまで影響をきたすところとなった。

「主、編成について相談がある」

 そう言って直々に執務室に乗り込んできたのは、その当時の部隊長を勤める予定の鶴丸国永だった。

「福島光忠のことだが、あの状況では出陣させられない」

 付き合いの長い鶴丸に、審神者は絶大な信頼を寄せている。彼の目から見て「出せない」と思ったのなら、きっとそうなのだろう。
 そうなると部隊を再編制しなければならなくなるが、もはや彼の一存で可とした。

「さすが主、話が早い。……だが、あれはどうにかしてやんねえと不味いな」

 去り際に福島を案じるような言葉を残して、鶴丸は去って行った。
 まさか彼がなにか勘づいているとは思いたくないが――。
 審神者はとうとう、重い腰を上げた。

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