二年目の、夏。
脱色で傷んだ髪をばっさり切って、ほぼほぼヴァージン毛になるくらいの時が過ぎた。
――私は焦っていた。刻々と運命の時が近づいていることに。
準備はした。できる限りのことすべて、最大限の努力と犠牲を払って備えた。
一年前と比べると、戦闘力も術式の操作もすべてが向上した。手前味噌でも上出来だと思えるほどになったが、それでも……やはり、手立てはなかった。
軽く身辺整理をした。こういうの、本当はやりたくない。
部屋を片付け、ノートパソコンのデータは全部削除。中身は外付けのディスクに保存して、出張で上京した叔父に託した。年頃のアレコレがあるから、私に何かあれば破壊してと頼み込んで。
『兄さんには、言ってあるの?』
叔父の問に、私は口をつぐんだ。父に知られれば、まずい状況となる。呪術師としてのお願い、というと叔父はそれ以上はなにも利かなかった。ありがたい。
――そうして、すべての準備を整えていたのに。
「……岩手に、……出張、ですか?」
愕然とした私の問いかけに、夜蛾先生は少し不思議そうな顔をした。
これまで、どんな任務を割り振られても、決して口答えしなかった私が。色を失うほどの反応を見せたのが、意外だったのだろう。
この春、私は晴れて一級術師へと昇格した。
一級となったことで、任務はさらに増えた。等級はここで打ち止め。それはどうでもいい。
正直――死にそうになった任務だって、あった。胸糞悪い任務だって。人の善意を根本から否定したくなるような地獄を、見てきた。
それでも私は、すべて唯々諾々と飲んだ。呪術師だから。できるから。任されたから。
しかしこれは、あまりにも。
「あの……。これは、……私以外の術師では、ダメなのでしょうか」
思わず声が、震えた。
いけないこれでは、――すべてが狂う。私の計算が、備えが、すべて無に帰る。
伏黒甚爾には勝てない。でも勝てなくてもいい。一瞬の隙さえつければそれで。そのための準備は整えた。シナリオも用意した。
星漿体・天内里子の代わりに――。
でもこれじゃあ。
私の死に場所が、消える。命の使いどころが、なくなる。彼が、壊れる。彼が壊れる舞台が、整ってしまう。
「雪名、……」
「お願い、します……。その任務にだけは、行けません」
愕然と頭を下げた私を、夜蛾先生は言葉を失って見つめる。
「それで通ると思うのか」
低い声が落ちた。
「……だが、お前がそこまで言うなら、話は聞く。理由を言え」
「……それは。……自信が、ありません」
「それで通ると思うのか。お前がそんなことで……。いや、話を聞こう。雪名、お前が『そこまで』言うからには、なにかやむにやまれぬ事情があるんだろう。そこは汲み取るから、理由を言いなさい」
「……私の術式では、対応できない案件、」
「遠野雪名!」
しびれを切らした夜蛾先生が、声を張り上げる。腹の奥底までズシンと響くような怒声に、少しだけ肩がびくりと震える。
怖い。……因果律が、正しくその線を結ぶことが。
「雪名、」
懐柔するような声が、言葉が。しかし右から左へと流れていく。
――どう考えたって、間に合わない。岩手から東京までの移動。調査と祓除の時間を考えると、絶対に――。
結局、私は夜蛾先生を説き伏せることができず。学長まで出てきて説得され、任務への要請を飲まされた。
あらかじめ、長期間の拘束が予想される任務だ。早くて半月、調査が難航すれば――ひと月。その間に、すべては終わっているだろう。
少女が、死ぬ。
ひとりの――私が命を賭しても救いたい、かの呪術師の、心を連れ去って。
私は茫然としながら、補助監督とともに岩手へ飛ぶこととなった。
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