時に愛は - 5/6

 にっかり青江を含む第二部隊は、戦場において絶体絶命の窮地にあった。
 任務こそはどうにかやり遂げたが、敵の追撃が激しく退くこともままならない。直近の政府指定座標までも距離があり、周囲を敵に包囲されていて軽々に動けぬ状況だった。
 座標までたどり着ければ、転移ゲートを開いて帰城できる。敵に政府指定の座標は割れてはいないだろうが、退却の際に予測された場合が厄介だ。といって、陽動をかける余力も、合流を待つ時間もない。

 そんな中、にっかり青江が手を挙げた。

「こうしていても埒が明かないね。損耗度の低い僕が、手勢を引き連れて陽動をかけるよ。どうにか粘って時間稼ぎをするから、君たちは死ぬ気で座標まで突っ走るんだ」
「だから、合流まで時間稼ぎができないから無理だと、」
「合流なんて考えなくていい。座標に到達したらその時点で本丸に帰るんだ、出なければ僕たちはたちまち全滅してしまうよ」
「バッカヤロウ! お前を見捨ててけってのかよ?!」
 青江の言葉に、和泉守が割って入って食ってかかった。自分より長身な和泉守に胸倉を掴まれ、首元が絞められても、しかし青江は少しも動じたところがない。静かに見返す青江に、和泉守が目を見開いた。
「ってめ……」
「そうだよ、そう言ってるんだ。それともここで言い争って全滅するかい? それとも、僕のほかに時間稼ぎができるほど元気なやつがいるかい? いないだろう」
 沈黙が流れた。――現状、彼の提案以外に急場をしのぐ方法がない。絶望的に存在しない。
 一口の犠牲か、部隊そのものの全滅か。
 選択するほかないのである。
「……みんな、異論はないか?」
 部隊長の蜂須賀虎徹が、冷静に口を開いた。部隊員たちの目が一斉に蜂須賀に寄せられる。和泉守が驚愕の眼差しで蜂須賀を見つめる。 その隙に青江は彼の手を胸倉から外して、自身の結い上げた髪を一房つかんだ。そうして己の刀身を当て、ざっくりと切り取る。
「これを、主に」
 三日月に向かって差し出す。彼は粛々と受け取って懐紙に包んだ。
「……すまぬ」
「いや。その代わり、主には僕の雄姿をしっかりと伝えてくれ。君のにっかり青江は、最期まで勇敢に戦い抜き見事に散った。君を、本丸を、心から愛していたと」
「相分かった」
 三日月はやるせない表情ながら、受け取った遺髪に恭しく頭を下げ、懐にしまい込んだ。
 ――後悔はなかった。恐れも怯懦もなにもなかった。
 生き残れるとは思っていない。このまま戦ってこの地で散るのだろうと、確信している。この戦局を戦い抜いて、どうにか本隊を帰城させ――主の名に箔をつけてやろう、だとか。
 折れても悔いはないというよりは、むしろ折れてしまいたかった。
 そうしたらきっと、彼女の中でにっかり青江というのは忘れられぬ刀となる。こののち一生、彼女の心を縛り付けて離さぬ呪いとなる。やわな心に深々と傷つけて爪を立てて、死ぬまで一生心の中にとどまってやろう、とさえ青江は思った。

 にっかり青江の、死出の行軍が始まる。

 

***

 

 転移ゲートが部隊の帰城を知らせる。
 仁王立ちして部隊を待ち構えていた審神者が、呆れたような顔で先頭に立った部隊長を見つめた。
「あ~らあら、遠征に行ったはずなのに、一体全体どうして軒並み負傷してるのかしらねぇ?」
 皮肉げな審神者の態度に、しかし部隊長――一期一振は全く動じた風がない。
「主殿、人生は万事塞翁が馬と申します。こういったことも、長い人生のなかではありましょう」
「それにィー? 三口で部隊組ませていったのに、ど~してもう一口増えてるのかしらァ? しかもボロボロのにっかり青江(極)。うちのにっかり(極)は元気に畑当番してたと思ったんだけどォ?」
「おやおや主殿、耄碌しましたか? 畑当番に精を出しているにっかり殿が、転移ゲートから現れるはずがありますまい」
「だァから疑問を呈してんでしょ?! なんなのよそれは! どこのにっかりを攫ってきたのよ?! なにも報告受けてないわよ?!」
 噛みついてきそうなほどの主の勢いに、一期はどうどうどう、と馬でもなだめるみたいにした。そうして背後を振り返り、にっかり青江を負ぶっている山伏国広と視線を合わせた。
「山伏殿、どうぞ手入部屋へ。主殿は私が」
「かたじけない。では余所のにっかり殿、今しばらくの辛抱だ。主殿、御免」
 山伏が堂々と審神者の横を素通りして、手入部屋へと走る。
「じゃあ僕も行くぞ。じゃあな、主」
 それに続いて、足止めを食らっていた一文字則宗も、そのあとにつづく。審神者が目を剥いて追いかけようとすると、一期がすっと進行方向にカットインし、巧みに邪魔してきた。
「ちょぉおおっとぉおおお?!」
「報告なら、執務室でじっくりさせていただきます。さ、主殿。一期一振が執務室まで見事エスコートしてさしあげます。お手をどうぞ」
「あら素敵。……じゃねえわ! 要らん要らん! もう、手入れならするわよ! 山伏待ちなさい!!」
 審神者が一期の手を振り払って、山伏を追いかけて走って行く。
「まったく、ツンデレというやつですね」
 やれやれとばかりに一期が肩を竦めて言うと、どんな地獄耳をしているのか、遠くの方から「うるさーい!」と怒鳴り声が飛んできた。

 ――とある本丸の遠征報告に云う。
『遠征先●●××にて、交戦中の別本丸のにっかり青江を発見したため、戦闘支援を行う。にっかり青江は本丸コード:□□□□□□□□□□の所属であることが判明。損耗激しいため、一旦弊本丸に収容し、手入れを行った後に政府へ報告し、その後の指示を仰ぐ』
 また、とある審神者の私的な日記には、こうある。
『一期一振が別本丸のにっかりを拾って帰った。手入れして事情を聴いたところ、本隊を転移座標まで逃がすために陽動隊として動いたそうだ。本人はそれ以上は語らなかったが、一緒に戦った山伏曰く、折れずに立っていたのが不思議なくらいの損耗だったと。山伏たちに比べて練度はさほどでもなかったようだが、耐久力が著しかったとか。則宗は訳知り顔で愛の力がなせるわざだねぇとか言っていたが、どや顔もなにもかも全体的にうっせーわ』

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