最期の瞬間 - 2/4

「ちょろすぎ」
 好きになったきっかけについて、そう評したのは加州清光だった。
 彼は審神者の初期刀で、誰も知らなかった彼女の恋心に気づいた唯一の存在である。
 一緒に酒を酌み交わすなかで、話題は巡り巡って審神者の恋愛話に行きついた。答える気のなかった審神者を、あの手この手で誘導し、最終的には泣き落としに近い形で白状させたうえで、加州の口から出た感想がそれである。
 少しひどすぎるのではないか、と審神者は眉をしかめた。しかしそれ以上のことはなにも言えない。ちょろすぎるということは、彼女自身がいやというほど自覚しているのだから。
「まあでも、そのシチュエーションは分からなくもないけどさ……。でも、主にそうやって優しくしてくれる男士、多くない? それこそ、燭台切なんて主のことお姫様みたいに扱うじゃん」
 実際、類似したシチュエーションは何度か経験がある。その時もドキリとはしたが、しかしあの時ほどの衝撃はなかった。審神者がはっきりと意識してしまったのは、――あの、屈託のない笑みなのだから。
「笑顔ねぇ……。まあ、青江っていまいちナニ考えてるか分かんないところあるよね。でも俺、そんな顔見たことないし」
 それは審神者にしても初めてのことだったし、あれ以来目にしたことはない。もしかして見間違いだったのかもしれないと、思うことさえある。
「で、それがきっかけ?」
 はじめはそうだった。
 なぜだか頭から離れなかった。といって、そのものを好きになったかと言われるとそうでもなく、あくまで取り掛かりにすぎず――やはり文字通り、そこからあれよあれよという間に好きになっていったのだ。
 気になりはじめると、その対象のことを意識するようになる。意識するようになると、いろいろなことを知り始める。付き合いが深まると、それまでの関わりの中からは見えなかった部分が見えるようになる。
 その結果、にっかり青江はミステリアスぶっているわけでなく本当にそういうキャラクターなのだと知ったし、思案気な顔で本当に深いことまで考えていること、人当たりはよいが群れには属さない性質であること、だからこそ一歩引いたところから冷静に全体を見渡していること、あぶれた誰かを群れに引き込んでくれること、傷ついた誰かを見つけてそっと声をかけたり、突っ走る誰かを力技を使ってでもいさめたり、……強くて、優しくて、どこまでも誠実であることを知った。知ったからには、彼に対する恋心は、もはや止められないところまで来ていた。
「告白とか、しないの?」
 思いを告げようと思ったことはない。失敗したくないとか、怖いとか、そういうことではない。彼女自身のなかに、審神者である身が己の顕現した刀剣男士と恋仲になってよいという道理が存在しないのだ。
「なんで? 自分の刀剣男士と付き合ってる審神者とか、周りにもいるじゃん。別に禁止されてるわけじゃないでしょ」
 すべての刀剣男士の前で平等で公平で公正であるために、刀剣男士一口だけに心を寄せるわけにはいかない。ほかの皆と自分は違うのだ、ほかならぬ自分がそのようにできる自信がないから、初めから望みを持たないようにしている。それだけのことで、そこに、他者の状況や全体の情勢などまったく関係がないのである。
 淡々と語った審神者に、加州は分かりやすくむっとしたような顔になって、しばらく黙り込んだ。
「……別に、そこまでしてご立派な主になってほしいとか思ってないし、そもそも、そんなにご立派な主だとも思ってないんだけどね」
 とげとげしいばかりの初期刀の言葉はしかし、その裏側が読める審神者にとっては優しいとさえ形容できた。

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