顕現されて初めて目にしたのは、女の姿だった。
にっかり青江という刀剣男士を、この個体を、肉体という器をもってこの世に定着させたる存在。審神者。
「僕はにっかり青江。うんうん、君も変な名前だと……」
にっかり青江の口上が途中で掻き消えたのには、無理からぬ事情があった。
声を上げた瞬間に、審神者の上体が傾ぎ、床に両膝をつき、そのまま崩れ落ちてしまったからだ。そばで見ていた初期刀も管狐も、一瞬絶句してから審神者のもとへ駆け寄り、大丈夫かと声を上げる。
「ねえ、主、大丈夫?! どこか痛い? それとも霊力使いすぎた?!」
「主さま、主さま、大丈夫ですか!」
交互に声をかけられて、審神者は床に両手をついた状態で、小さくかぶりを振った。鼻をすする音と、しゃくりあげる声。――目の前の女が泣いているのだということを、この時青江は知る。そうして、訳が分からずぼんやりとその光景を眺めていた。
「あの……。えっと、僕が原因なのかな……?」
さすがに気まずくなって声を上げると、初期刀と管狐の視線が一斉にこちらを見る。びくりとしつつも、どうすることもできずに受け止めていると、ややあってから、ごめんね、と涙声での謝罪が紡ぎだされた。
「たまに……こういう、発作のようなものがあって。しばらくしたら、落ち着くから。誰かに本丸の中を案内してもらって」
嗚咽混じりのか細い声が、懸命にそんなことを言いつけた。
それを聞いてやっと、初期刀がほかの刀を呼び、その刀に連れられる形で青江は本丸内を回ることとなった。挨拶もまだ途中だというのに。
本丸を案内してくれた刀は同じく脇差で、堀川国広といった。人懐こく穏やかな性格で、本丸についてのこともいろいろと教えてくれた。
「主について、聞いてもいいかな」
青江がそろりそろりと問いかけると、お安い御用ですよと彼は軽く答えた。なにが知りたいです? どこまでもノリのいい感じは、鍛刀場での異様な雰囲気とはまるで違う。いきおい、安堵してしまう己がいた。
「主はどんなひとだろう」
「どんなか、一言で言い表すと難しいんですけど……。あ、これは知っておいた方がいいかもしれないという情報を、ひとつ」
「なにかな」
堀川は立ち止まった。それまでの軽いノリをしまうと、声のトーンを落として青江に向き直る。
「主さんにとって、この本丸は二つ目の本丸で、僕たちは主さんにとって、二振り目の刀剣男士なんです」
「……つまり?」
堀川はさらに、声のトーンを低くした。どこか遠く、なにか悲しいものを見るようなまなざしで、彼は言う。
「最初の本丸は、敵襲に遭って壊滅したそうです。主さんひとりだけを残して」
「…………」
さすがに青江も言葉を失った。なんとコメントしていいか分からなかったのだ。
「だからどうしろっていうわけでもないけど、まあ、そのことは念頭に置いてもらえると助かるかなっていうお話でした。ほかになにか、聞きたいことはありますか?」
そんな堀川の言葉が、右から左へと抜けていく。
――その日から、彼女の涙が脳裏から消えない。
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