ピアス

「主ー安全ピンあるー?」
 あるじあるじと呼びながら近づいてきたのは姫鶴一文字で、執務室に入ってすぐ開口一番にそんなことを言って審神者を当惑させた。
「安全ピン? ならたしか……」
 戸惑いつつも審神者は執務机の引き出しを開けて、彼の目当てのものを探す。さほど労せずに見つかったそれらは、無駄に大中小とサイズにバリエーションがあった。なんのために用意したんだろう。そう思いつつ姫鶴に向き直り、
「何に使うの?」
 大きさの選定のためにそんなことを聞いてみる。腕章をつけるとか? んなわけねーかと思いつつ、審神者はどんな腕章かなあとくだらない妄想をした。風紀委員とか。もしかして一文字で揃いの腕章? それこそありえねーわけだが。
「ピアス穴増やそうと思って」
 彼女のくだらない妄想をぴたりと止めたのは、何気ない口調で紡がれた回答だった。ピアス穴。もしかして安全ピンで。想像して審神者は顔をしかめた。
「やめなよ不衛生。ちゃんとピアッサーかニードル買いなぁ?」
 異議申し立てをしつつ、この場合膿んだら手入れで治るのか。それならいいのか? などと考えている。
「や」
 しかし姫鶴の反論は速かった。
 今すぐ開けたいのだという。彼の何がそこまでピアス穴に固執させるのだろう。駆り立てるのだろう。審神者には一ミリも分からない。分からないなりに、自身の刀剣男士の衛生面を考えると、
「じゃ、開けてあげようか」
 そう言うほかなかった。もちろんこれも、先ほど同様「や」の一言で拒否られるものと思っていた。彼が自身になど到底耳を委ねるはずがないと確信していたからなのだが、
「ん。任す」
 その一言であっさりとすべてを覆された。姫鶴一文字、本当につかめない刀剣男士だ。

 

「主、意外とヤンキーなんだ」
 椅子に座ってこちらを見つめながら、姫鶴がニヤけまじりにそんなことを言う。
「ヤンキーじゃねえし。なんだよヤンキーって。こんな品行方正の主をつかまえて」
 医務室の物品棚をガサガサ漁りながら返す審神者に、だーって手慣れてるじゃんと彼はどこまでも楽しげだ。かすかに鼻歌まで聞こえる。よほど機嫌が良いらしい。
「ファーストピアスは?」
「なーい」
「やっぱりか。尚更やめてよかったよ」
 安全ピンで開けようとしていたくらいなのだから、と審神者は呆れながらも手早く用意を済ませてしまった。ニトリルグローブに静脈留置針、酒精綿、透明ピアス、消しゴム、油性ペン、それからキンキンに凍った保冷剤。
「なーんで医務室にそんなもんがあーんの?」
 引き出しからそっと取り出された何個入り使いかけの透明ピアスに、姫鶴は興味津々だ。開けるとこマーキングして、と油性ペンと鏡を渡すと、姫鶴はそれに従いつつもなーんでなーんでとうるさい。
「何人かこっそりね……。穴を開けてあげたことがあって。その時に隠し置いた」
「こっそり?」
「医務室の物品の責任者は薬研だからね。針やらアル綿やら、彼には内緒で横領してるわけだし」
「なーる。共犯ね、りょーかい」
「じゃ、耳冷やして」
「主やって」
 しゃあしゃあと保冷剤を手渡してきた姫鶴は、自分でやれと返せばじゃいいやと言いそうだ。切った張ったが仕事の彼らからすれば、ちょっくら針で刺すくらいはなんてことなさそうだが、審神者の気持ち的にあまりよくない。
「はいはい……」
 不承不承耳たぶを冷やしてやると、姫鶴はさらに上機嫌そうにした。
「なんか、いーかんじ」
「耳冷やされんのが?」
「主にしてもらうのが」
「そうかい」
 しばらくそうして、彼の真っ白な耳朶が真っ赤になるほど冷やすと、いよいよ作業に移る。手袋をつけて、耳たぶを消毒し、針を取り出す。
 審神者はひと呼吸おいた。耳たぶの後ろに消しゴムを置いて、
「じゃ、刺すよ。痛いよ」
「いーよ」
「はい」
 針をマーキング部位めがけてすっと差し込む。
「大丈夫?」
「へーき。全然痛くない」
 外筒が十分刺さると、内筒を抜きざまに針を収めてしまう。
「じゃ、外筒切るよ。音がするからね」
「どーぞ」
 耳に刺さった外筒の部分を、はさみでチョキンと切り取る。透明ピアスを取って、外筒の中に通して――
「外筒抜くよ、痛いからね」
「へーい」
 外筒を引き抜いた。血がどっと出る。あわてず騒がず酒精綿でふき取りつつ、キャッチをつけて完成。
「大丈夫? 痛くない?」
「ぜーんぜん。主、じょーずじゃん」
 へーいとハイタッチを求められると、審神者は手袋を引き抜いてそれに応じた。
「まあね」
「それも自分で開けたの?」
「まさか。一発目は友達に開けてもらったよ」
「ふーん。男?」
 姫鶴はちょっとだけ剣呑な目つきでそんなことを尋ねる。審神者はぎょっとして、いや女と即答した。それでも彼の反応は微妙なままだ。どういう感情だよと困惑していると、姫鶴はかすかに耳たぶに触れて、薄く笑んでみせた。
「なーんか、穴開けてもらうのって特別感あっていいじゃん。主のハジメテ、もらいたかったなーって思っただけ」
「はじめてって……」
 その言い方はちょっと語弊があるような、とほんのり赤くなって口ごもった審神者に、姫鶴は殊更にんまりとして言うのである。
「ほかのハジメテなら余ってる?」
「っ、」
「んなわけねーってね。はは、じょーだん」

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