最期のアレ
「この中で一番損耗の少ない村正が救援を呼びに、」
「分かっていますとも。主は、ワタシのことが大好きですからね」
死ぬな生き延びろ。言外に、ここから逃げてくれと言った私に対する村正のアンサー。だから逃げないし、戦って死ぬのだと、晴れやかな笑みが雄弁に語っていた。
仲間を、そうして私を置いて、彼がひとりだけ逃げるはずもなくて。村正の犠牲を発端として、捨て奸の要領で次々に仲間を置き捨てて、――結局、最期の最期で追い詰められた。
「大将ひとりだけなら、どうにか逃がすことができる」
だから逃げろと言ったのは、薬研藤四郎だった。梃子でも主の腹は切らせないってか。
でもそうしたところで、生きながらえる保証なんてなくて。それでも、私を生かすために散っていった彼らに報いるためには、何が何でも生き延びなければならなくて。それこそが大将のつとめだから。
大将、大将……大将か。そんなもの、なりたくてなったわけじゃない。だってもう、彼がいないじゃない。じゃあもう、生きていなくてもいいかなと思うわけで。
「主殿、ご決断を!」
蜻蛉切が迫る。時間なんてない、そう、まるでないのだ。
「よっしゃ。最期に死ぬ気で戦ってみんなで散ろう!」
「っ……何を?! あなただけは生き延びなければならない! それこそが散っていった者たちへの、せめてもの報いるすべではないのですか!!」
「もう決めた、覆さない。蜻蛉切、知ってた? 私こう見えて超絶寂しがり屋のビビりなんだよ。最期くらい、みんなと一緒にいたいの」
「しかし!!」
逃げろと、蜻蛉切が言う。血だらけの手で肩を掴まれて、がくがくと揺さぶられて。みんな、満身創痍だ。もう長くない。
「蜻蛉切様、最期ですから」
そう言って、蜻蛉切の手をやんわりと剥がしてくれたのは、桑名江だった。薬研に蜻蛉切に桑名。変なメンツだ。変なメンツだけれど、この中で桑名がそう言ってくれるなんて――なんだか意外だった。
「主がわがままを言ったことなんて、これまでないんですから。最期にひとつくらい、聞いてあげるのも刀剣男士の勤めです」
「しかし……」
「こう見えて、女の子なんですよ。主も。ね」
「そう。そうなのよ。その通り。いいこと言ったぞ桑名江」
「ま、大将がそう言うんなら。……しかし、あんたが敵の手にかかるのは我慢がならねえ」
「私、腹は切れないわよ。怖いもの」
「安心しろ、今度こそ苦しまずに逝かせてやる」
「蜻蛉切様?」
「……主がそう仰せなら」
「蜻蛉切のお許しもでたことだし、どうせなら関ケ原における鬼島津のように、敵中突破して奴らの度肝を抜いたろうじゃないの。我の武威、ここに示さん」
「最期まで血の気の多いこって。さすが大将だ」
「それでこそ主だね」
「御意」
――まさかこんな風に自分が死ぬなんて、まったく思ってもみなかった。こんな人生になにか意味があるのかなぁなんて思って、さすがに思い詰めすぎだなと考え直す。
刀剣男士というかけがえのない仲間を得たことは、大きな意味があったと思う。命を預けられる、大事な仲間と出会えたのは本当に良かった。
ああ、でも――ちくしょう。綺麗ごとなんて言ってられない。村正。なんで先に逝っちゃったんだよ、馬鹿。私が知らないところで折れて。絶対に許さないから。
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