出会って二秒でプロポーズ - 2/13

破(一)、

 かったるいだけの出張も、親しい同僚との旅路ならばなんとか耐えられる。その夜の食事とか、飲みとか、ホテルでのガールズトークとか、楽しいイベントがあるからこそ。しかも翌日は昼間から酒を食らいながらの酔っ払い観光を予定していて、むしろこれこそが大本命だ。
 年齢の近い同僚との話題は最近、もっぱらがコレ。
「で、よこざーさんは婚活どうなってんの? マッチングアプリの彼との続報がまったくないですけど」
 新幹線と来ればビールと駅弁と洒落こみたいのをこらえて、キオスクのサンドイッチと緑茶で腹を満たしながら水を向けると、同僚横沢氏はえ~それ聞いちゃいます~と渋い顔をしてみせた。
「あれはもう、一回目からナシですよ。店を決めるところから移動手段までぜーんぶこっち任せで、また行きましょうって言われたけど絶ーっ対無理。そうですね~って返してそれっきりです」
「あらあら。そういえばお相手さん、恋愛に不慣れだって言ってたかな。男を見せられなかったか」
「不慣れだとしてもですよ! どう振舞ったらいいかとか、ちったあ勉強してこいって話ですよ。あと、話もなんか絶望的につまんなかったし」
「あらら~、そりゃ残念。で、次いったの?」
「なんかもう……めんどくさくなっちゃった」
「でもYOU子供ほしいよね? ってことは、とうとう精子バンクか!」
「最悪、それしかないかなぁ……って思ってるとこです。っていうーか(審神者)さんは……。聞くだけ無駄か」
「へへ、そうだよ。パパ大好き♡ の幼児期からまるで成長してないもの。顔と経済力と優しさで父にまさる男なんぞ、この世にいねえ」
「いやそれ高望みしすぎー! (審神者)さんのお父さんかっこよすぎだし、お兄さんもイケメンですよね。いろんな意味で実家太いですよねー、確かにこれなら結婚しようってならないか。ていうか、(審神者)さんの男性のタイプってどんなんです? まあ詳しく聞かなくても理想高そうなのは分かるけど」
「最低ラインが兄かな、欲を出して父以上。総合的にみて父レベルでないのなら、せめて趣味嗜好の面で兄くらい話の合う人でなければね。さもなくば独り身で結構」
「ぜぇえええったい無理なやつ。だってお兄さんと趣味が一緒なのは、同じ環境で育ってきたからでしょ? 違う環境で育ってそれって、ほぼほぼありえないですよ」
「その通り。ゆえに望んでないって話だね」
「子どもは? あ、でも(審神者)さん子どもとか嫌いそう」
「クソガキは嫌いだけど、聞きわけのいい子は好きよ。ていうかうちは姉の子どもが二人いて、これをべらぼうに可愛がってるからもういいの。間に合ってる」
「とかなんとか言って、(審神者)さんってある日突然ハガキ一枚送ってきて、『私たち結婚しました』とかやりそう。たぶんそのタイプだと思う」
「いや~~。ま、そんな運命の出会いがあればいいね!」

 最大の難所である研修を終えて、あとはもう遊ぶだけとなった我々の足取りは軽い。
 クソ研修とか、はよ終われ糞がとかグチグチ思っていたわりに、会場で知り合った同業者たちと意気投合し、十名からなる大所帯でお疲れ様会をすることになった。なんやかやで、人生って楽しいな。
 ちょっとだけホテルで身支度を整えてから、指定の居酒屋へ行く――ということになったのだが、運悪く忘れ物をしてしまい、私ひとりだけ引き返す羽目になった。会の参加者に気になる人を見つけたという横沢氏には先に行ってもらい、なんだか幸先悪いなと思いつつ小走りで向かう。
 そんな中、小雨。
 まさか予想だにしていないタイミングでのそれに、街中を行きかう人々もえ驚いている。傘を持っているひとなんて見渡す限りほとんどいない。なぜならこの日は一日中晴天の予報だったから。
 まったくついてねーなと思いつつ、交差点の手前で足踏みする。こんなことをしても赤信号は変わらないが、気持ち的な問題だ。
 スクランブル交差点の歩行者信号が、青になった。
 仕事帰りっぽい人、学生、おじさまおばさま、老夫婦、いろんな人がこの場にいる。地元の人、そうでない人、きっといろいろ。――きっと普段だったら、一切気にも留めなかったし、普段からすれ違う他人の顔なんて。まじまじと見ることなんてないのに。
「……あ、」
 向かい側から歩いてくる人物に目を奪われた。
 しかしながら、目を奪われても致し方ない、ある種の異様さはあったように思われる。
 長身に長髪、そうしてムキムキの身体。それらに加えて、整った顔立ち。大きな身体でありながら一切の重さを感じさせない歩き方は、どこか人外の雰囲気を醸し出す。
 妖しく、鋭く、美しく、人を惑わせると噂の――。
 その名前を思い出した瞬間、私は走り出していた。突如として爆走しはじめた女に、ぎょっとした隣のおじいちゃん。それで転んだなら非常に相すまぬ、しかし構っている暇はない。
「っ……村正!」
 向かい側から走ってきた見知らぬ女から名を呼ばれても、かつての妖刀はまるで動じた風もなく立ち止った。二三度ゆっくりとまばたきをして、それからうっすらと口元に笑みを浮かべてみせる。
 あのとき最期に、――
『分かっていますとも。主は、ワタシのことが大好きですからね』
 だから絶対に折れないと、言い残して死地へと向かった時とまったく同じ微笑みだった。
 そう認識した瞬間にこみ上げてきた強い感情は、なんとも名状しがたい。
 まずもって恋愛感情などというものでないのは確かで、かといって、友や親兄弟に向けるそれとも違う。複雑なようでいて、じつは単純明快な激烈な感情。――きっと、ここで手放してはいけないと。
 ここですり抜けてしまえばこの先一生を後悔して過ごす羽目になる。そうして、その後悔の大きさははかり知れず、ついには耐えられなくなるに決まっている。
 しかし、もはや審神者でも刀剣男士でもない、なんの関係もない人間同士だ。知り合いでもなければ血縁関係もない、まったくの赤の他人。領域外の他人を縛り付けることなど不可能で、――いや、一つだけ。
 たったひとつだけ方法がある。社会的にも認められた、合法的手段が。
 ちらりと盗み見た左手の薬指には何もない。思わず前のめり気味で、問いかける。
「ねえ、結婚してる? 恋人いる?」
 一応そこを確認するだけの分別があったのは、自分でも手放しで褒めたいところ。
 見知らぬ女からの問いかけに、しかし彼はなんら動じるところもなく、ゆったりとした口調で答えたことには。
「いずれも、いいえ」
 ――もしもそれ以外の返事だったら、どうしていたのか。そんなIFなど一切考える間もなく、理性がふっとんだ私は彼の両手を握っていた。
「よしきた。結婚しよう」
 必ず幸せにする、といった私にかつての妖刀――千子村正は、変わらぬミステリアスな表情でうなずくように目を閉じた。
「分かりました。この場合婿養子ですか、それともあなたの嫁入りですか?」
 突然に始まったプロポーズ劇にぎょっとして野次馬していた周囲が、ちらほらと小走りになったのを横目にみとめて、歩行者信号のタイムリミットを感じる。
 引っ張り出した名刺に私物の携帯の電話番号を書きつけると、村正の手に握りこませた。
「ごめん、詳しい話はいずれ! さっきの言葉が嘘や気休めでないなら、必ずこの番号にかけて」
「分かりました」
「じゃ!」
「気を付けて」
 走り出した瞬間に、待ったをかけられる。「ひとつ聞いてもいいデスか?」
 転びそうになりながら後ろを振り向くと、村正がこちらを向いていた。
 歩行者信号はもうじき赤だ。雨脚も少しばかり強くなってきた。なにより、打ち上げもそろそろ始まっている頃合いで。
「手短に!」
「どうしていきなり求婚を?」
 至極まっとうな質問に、私は頭を抱えた。返すべき言葉が、ぱっと頭に思い浮かばない。浮かばないなりに、しかし率直に――
「あんたが私のこと大好きだから。もう離さないって決めたの」
 答えた。
 村正の返答はあっさりと一言、そうですね、だった。分かってたんなら聞くな、この欲しがりめ。

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