破(二)、
村正から連絡がきたのは、今にも居酒屋に入ろうとした――その時だった。まさかと思い電話をとったら、あのエエ声が懐かしい呼び方をする。
今かよと思ったが、いつとは言わなかったから、こんなものだろうか。呆れながらも嬉しくてたまらなくて、盛大にニヤついてしまう。打ち上げはもうどうでもいいか――と、すっと入口から脇にそれて店の壁面に避けた。庇(ひさし)があってよかったこと。
「意外と早かったね。もう家に帰りついたの?」
『いいえ、滞在中のホテルについたところデス』
「ってことは、出先?」
『ええ。仕事でここに来ているもので。主はこの辺りにお住まいデスか?』
「いや、私も出張。うっそまじか、村正はどこ住み?」
答えは、こことも私の地元とも、まったく縁もゆかりもないところだった。そこで書道教室の講師を務めるかたわら、執筆や動画配信等で生計を立てながら細々と暮らしているという。今回は都内でイベントがあり、そのために上京している――状況的には私とさほど変わらなかった。
いろいろとツッコミどころは満載だったが、とりあえず。
「地縁も血縁もなく、職業さえまるで違うふたりが出会ったわけか……。運命だねこれ、ゴイスー。ね、ところで配信ってなんの配信してんのよ。今はやりのY〇uTuber?」
『huhuhu. 運命的な再会をゴイスーの一言で片づけるその豪胆さ、相変わらずデスね。ワタシは結構驚いていますよ』
村正でも驚くことがあるんだ。人間だから驚くのも当たり前なのだろうか。
「今はたぶん、アドレナリンが出すぎてるからじゃないかな。あとからじわじわと実感して、うぎゃーってなるんだと思う」
『そうですか。ちなみに動画配信の方は、オカルトや都市伝説、未解決事件、あとは呪物をとり扱っています。ちなみに今日のイベントは、出版した本のサイン会でした』
「えっ。ちょっ。……ねえ、もしかしてなんだけど。覆面のオカルト配信者だったりする? 賞レースとか出てるっしょ」
『もしかしてご存知デスか』
「登録者ですよ、メンバーですよ、そして本買いましたよ。サインしてくれ」
『いいデスよ』
「ていうか、今日サイン会なら打ち上げとかないの?」
『ありますよ。開始まで今少し時間があるので、仮眠でも取ろうかと考えていたところデス』
「えっ、ごめん。寝れないね」
『いいえ。あんなことがあった後では、到底眠れませんから。あなたの方は? 出張はおひとりで? この後予定はないのですか』
「いやー……その、ある。同僚と一緒に来てて、この後同業者と集団で打ち上げすることになっててね。もう店の前にまで来てるんだ」
『なんと。それでは行かないとまずいのでは』
「んだけど、まあこうなったら優先順位は下がるよねー。あんたに予定がなかったら、引き返してホテルまで押しかけてたところよ」
さすがに、サイン会後の打ち上げを邪魔するわけにはいかない。残念そうにそんなことを言うと、電話越しにかすかな笑い声が聞こえた。――あ、なんか懐かしい。初めて会ったはずなのに。
たとえばその昔、審神者と刀剣男士だったときの記憶。
庭池の鯉に餌をやるふりをして騙して遊んでいたら、通りがかった村正に「政府の役人が来ているのではありまセンか?」と声をかけられた。暗に、役人をほっぽって何してんだよ、というつっこみ。「ジジイがうるせーからトイレっつって逃げてきた」と返したときに見せたような、あの笑み。
仕様がないひとデスね、と。呆れるような、それでいていとおしむような、そういう種類の。
何度となく、自覚する。
「やっぱさぁ、思うんだけど。あんた私のこと大好きよね?」
『いきなり……どうしたんですか』
さすがの村正でも、存分に面食らったような声色だった。違わないでしょ、と圧強めに念押しすると、またひとつ笑って彼は肯定した。
『ええ。でもあなたもそうでしょう? 出会ったときからどうしようもなく、ワタシのことが好きでたまらなかった』
「な……なんじゃい。そうやって言われると恥ずかしいな」
『そうして今度も、出会った瞬間からワタシのことが好きだった。出会って即求婚するほどに』
「乗るしかなかったのよ、このビッグウェーブに。これを逃したらこの先二度と確実に訪れないであろう、恋焦がれるほどに待ち望んだビッグウェーブだったのよ」
『その行動力と表現力、変わりませんね。安心しました』
「ねえ、でもいきなり結婚とか言われて驚かなかったの? でもすでに承諾したんだから、今さら撤回はなしよ」
『勿論。多少驚きはしましたが、そういうものかと。あなたが唐突なのは、今も昔も変わりないでショウ? それに、あなたはワタシのことが大好きなのだから仕方がない。手離したくないと思うなら契約すればいい。合理的な手段デス』
「自分からプロポーズしといてなんだけど、村正大丈夫? そんな生き方で」
『それこそお互い様というもの。古来からこの国には、割れ鍋に綴じ蓋という言葉があるでしょう? 私たちにぴったりではありませんか』
「うわあ……。饒舌な村正に感動している自分がいる」
『それだけ興奮しているということデス。それで、時間は大丈夫ですか?』
「行く前に、もうひとつだけ。……一応家族には挨拶したほうがいいでしょ。そういう打ち合わせをしたいから、今後の予定を教えてよ」
『ワタシはもうすこしこちらにいる予定です。上京ついでに回りたいところがあったので、日程には余裕を持っています。そちらは?』
「私は明晩遅めの便で帰る予定だけど、そもそも有給を長めに取ってるからどうとでもなるよ。ちなみに、回りたいところっていうのは取材もかねてる?」
『ええ。興味があるなら一緒に行きますか?』
「デートじゃん、いいね」
『いわくつきのところばかりデスよ』
「だてにあんたのチャンネルのメンバーじゃないって。……って、あ」
ガラリと居酒屋の戸を開けて外に出てきたのは、研修先で知り合った同業者のひとりだった。遅れてすみません、という意味をこめて片手を上げて頭を下げる。さすがにもうそろそろ合流しないとまずいか。
「ごめん、そろそろ行くわ」
『行ってらっしゃい。ではまた』
「……うん」
電話を切って、いったん壁にもたれかかって天を仰いだ。真っ暗な空から、雨はもうほとんど降っていない。通り雨だったらしい。
また今度があるって、いいなぁ。あの時は次がなかったから。泣きそうなのは、頭の真上に通気口があって煙が目に入って煙たいから、ということにしておく。
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