出会って二秒でプロポーズ - 4/13

 出会って数秒で結婚を決めた二人は、その後再会してから懇ろになるのも早かった。
 かつて、私が千子村正という刀剣男士に性的な目を向けたことはただの一度もなく、向こうも私に女を見出したことは一切なかった。しかし人間の男女が愛し合うとなると、そういうわけにもいかないというか。
 お互いそこそこに酔っていて、同じ部屋を取っているとなると、ちょっとしたいちゃいちゃがディープないちゃいちゃになるなど、至極当然のことだった。不思議なことに、体の相性はひどく良かったことをここに明言する。
 そうして一戦終えてお互いに休息をとった後に、ピロートーク代わりにぼちぼちと語り合い、今更ながらに自己紹介をするところとなった。いろいろと順番を間違えている気はするが、スピードが命のこの結婚、致し方がない。
「え、村正年下なの? その貫禄で?」
「ひとつやふたつの年の差など、社会に出れば誤差の範疇でしょう。会社員時代の同期は一回り上でしたよ」
「ていうか会社員だったの?! うっそでしょ、村正を雇う会社なんてカタギじゃないよ」
「まっとうな中小企業デスが」
「おいおい……。こんなマッチョのサラリーマンがいてたまるかよ……。褒めてる」
「ありがとうございます。主はなんの仕事を?」
「うっすらブラック寄りの中小企業で、クソッタレSEやってる。親族経営はな、やっぱいろいろと黒いわ」
「しかし同僚さんとは仲が良さそうでなによりデス。昨日も観光に行ったのでしょう?」
「行った。そうね、人間関係はそこそこ。ねえ、村正はなんで会社を辞めてソッチの道に進もうと思ったの?」
「もともと、動画配信は会社員時代から趣味でやっていました。時間経過とともに人脈ができ、チャンネル登録者が増え、いつの間にかイベントに出たり出版したりしていましたね。顔バレすると面倒なので、いっそのことこれ一本でやっていこうと思い、仕事を辞めました」
「人生分からないもんねー」
「不安定な職業なので、あなたには苦労させるかもしれませんよ」
「そこは大丈夫、自分で言うのもなんだけど実家が太いから。あ……そういえばなんだけど。村正はこれまで、元刀剣男士に会ったことがある?」
「ありますよ。というより、身内にいます」
 ――ということは。ふっと、脳内にとあるひらめきが起こる。
「村正は、もともと記憶があったってことだよね。いつから?」
「物心ついた頃に、前世で刀剣男士だったことを思い出しました」
「どの程度覚えてる?」
「細かなところまでは覚えていませんが、大枠の部分は把握しています。きっと、刃生のなかでは戦っていた時間の方が長いはずなのに、それでも覚えているのはあなたのことばかりデス」
 きゅん、と唐突に胸がうずいた。これまでの人生でもまれに見るほどのときめきだ。
 可愛い可愛い甥っ子が、もみじみたいなちっちゃい手で私の指をぎゅーっと握り締めたときのときめきよりも、もう少し強いような。まさか村正相手にときめくことになろうとは。
「っ……それは、大変結構。あー……でも、そういうことか」
「なにか思うところでも?」
「私の読みは間違っていたな、と」
「読みですか」
 これまでの経験則から、私からの距離が遠いほどに前世の記憶は薄れるものだと思っていた。しかし、物理的にも血縁的にも程遠い村正が、私と出会う前から前世の記憶を保持していたのだから、そういうわけではないらしい。
「ちなみに、思い出したのはどういうタイミング? 私も物心がついたとき……自分という存在を知覚した瞬間というか。ある時不意に、父や兄のことを刀剣男士だったと認識し、それと同時に私は審神者だったということに気づいたの」
「父や兄が刀剣男士なのですか?」
「あ、そう。ごめん言ってなかったね」
「ワタシもです。いとこと弟が」
「まじで?!」
 一瞬誰、と聞きそうになったが、それ以上にぱっと脳裏にひらめいた考えが先行する。
「もしかして、……かつての仲間と出会うと思い出すのかな。そういえば、近所のガキ大将と参謀もそんな感じだったな。高校で出会ったセレブ兄弟も。なるほど……なるほど。あんまり自分中心に考えすぎてたな恥ずかしっ」
 前世の記憶を思い出す引き金が自分だと思っていた――あまりの身勝手さにひとり恥じ入り、うわああと叫んで目についた薄っぺらい布団を頭からかぶる。――こんなんだから、『過去にとらわれすぎている』なんて言われるんだ。
 自分はもう審神者でもなんでもなくて、彼らの中心にいる人間でもなんでもないのに。そういうところだぞ。過去の栄光(?)にすがるな、今を見ろ、今この瞬間を生きろ。言い聞かせて気分を落ち着ける。3、2、1、……はい、落ち着いた。
「大丈夫デスか?」
 布団をひっぺがしてすくっと体を起こすと、村正が表情も変えずにそんなことを聞いてきた。さすが、私の奇行には抜群の慣れがある村正。
「大丈夫。なるほどねぇ……アレね。スタンド使いはスタンド使いにひかれあう……みたいな感じ。刀派や元主の縁でぎゅっと集まる傾向にあるみたいね」
「ガキ大将や参謀、セレブ兄弟。誰だかなんとなく想像がつきますね。しかし、そういった考察ができるほどに、たくさんの刀剣男士と再会したのデスね」
「気づいたら面白くってね。近場を冒険したり、あるいは旅行と称してどこそこ出歩いては、無駄にエンカウントしに行ったものよ」
 はてさて、今生での刀帳はどれほど埋まっているだろうか。そんなことに思いを馳せようとしたら、でも、と反論する言葉が返ってきた。どこか非難じみた声に驚いてそちらを向くと、村正はあらぬ方向を向いていた。まるで目を合わせないようにしているみたいに。
「どした?」
「ワタシと出会うのは、こんなに遅かったのデスね」
 ――まるで、拗ねているみたいに。
 そうと認識した瞬間、心のなかに広大な宇宙空間が広がった。意識を手放したと言ってもいい。想像もしえなかった事態にひどく混乱し、狼狽し、結果的にすべてを投げ出した、みたいな。
 混沌の胸中をどうにか丁寧に整理整頓して、一度ゆっくりと眉間を揉みしだき、考え――かっと刮目。
「嫉妬、か?」
「どうでショウ」
 ふい、と村正はとうとう背中を向けてしまう。おいおいおいおい、ビンゴかよ。なんだその可愛い反応。
 思わずその背中を追いかけて、後ろから抱き着いてみる。いきなりわっと体重をかけたとて、少しも揺らがぬ体幹の強さ。そしてこの背中の広さと分厚さよ。思わずうっとりして顔をうずめる。柔らかい髪からは、お揃いのシャンプーの香りがした。
「刀剣男士だったときは、」
 前を見据えたまま、村正が語り始めた。
「……嫉妬する、ということはまずなかった。あなたにとってのワタシたちは、すべてが平等であるという諦めがあったからでしょうね。しかし今現在は、そうではない。嫉妬するような感覚と同時に、誰にもとられなくてよかったという安堵にも似た思いもあって、複雑なのです」
「すっげー、あの村正が長台詞で自分の思いを語っている……」
「怒りマスよ?」
 思わず率直な感想を吐露すると、耐えきれなかったのか村正は腕をほどいて強引に私の体を前方に引きずり込んだ。
 必然的に彼の膝の上に乗り上げるような形になり、あまりの唐突さに目を白黒させるしかない。
「あ……ごめん。茶化すつもりはなくて」
「実際茶化しています」
「そだね……ごめん。……嬉しくて、でも恥ずかしくて、という照れ隠しなんだと思う。でも人が真面目に話してるのに茶化すのはよくないね。反省します」
「許しまショウ。そういう人ですから」
 まるで子どもみたいに村正に抱っこされた状態で、しばし沈黙が流れた。
 そうして次の瞬間、はっと村正と視線が交わった。おそらく同じことを考えているだろうと、なぜだか分かる。
「お互い、身内に刀剣男士がいるじゃない」
「そうデスね」
「前もって教えておく? それとも再会の楽しみを味わいたい?」
「ワタシも同じことを聞こうと思っていました」
 瞬間、なんだか甘ったるい空気が流れて少し気恥しくなり、よせや~いなんて茶化して、村正のムキムキの胸にゆっくりとコークスクリューパンチを叩きこんだ。
 懐かしいですね、とは彼の感想。そう、こんな戯れもかつてはよくしていたものだ。こんなお互い素っ裸ですることになるとは思っていなかったが。
「私は……聞いておきたい! 挨拶に行くなら、相応の準備ってものが必要だからね。対策を立てるためには、まずは相手を知らねば」
 とは言いつつも、彼の身内というならなんとなく想像はつく。高級プロテインでも差し入れしたら印象がいいだろうか。
「蜻蛉切がいとこで、桑名が弟です」
「桑名ァ?!」
 驚いて素っ頓狂な声を上げてしまったが、そもそも千子村正という刀工は伊勢国桑名が本拠地だ。地縁としては十分――だが、その組み合わせというのは想像がつかない。
「蜻蛉切は想像がつくけど、桑名くんとはどんな兄弟なの? 想像がつかない」
「ごく普通の兄弟ですよ。幼い頃はよく喧嘩もしましたが、今では酒を酌み交わすくらいの仲です。桑名には感謝してもしきれません。活動を応援してくれるのもそうですが、なにより実家を継いでくれました。彼がいたから、長男坊のワタシが好き勝手にできるのデス」
「感動話じゃん。ところで実家を当てようか、農家でしょ」
「大正解です」
「蜻蛉切は? 今なにしてるの?」
「ごく普通の地方公務員です」
「警官か消防士かな」
「いいえ、市役所勤めです」
「あんなムキムキなのに?!」
「主。ムキムキだからといって、皆が皆それを活かした職につくとは限りません」
 諭すように言われて、それもそうかと思い至った。
 確かに村正もかつてはムキムキなサラリーマンで、今は書道の先生と配信者&作家。宗三だってそうだ、傾国の美貌を埋もれさせる勿体ないばかりのウェブライターだから。
「それもそうね……。あ、村正はどうする? 私の父と兄について、知りたい?」
 とはいっても、村正が正装して菓子折りを持って挨拶に――というのはなんとなく考えづらい。父も兄も、一体どんな反応を示すのだろうか――。
「いいえ。知らない方が楽しいでショウね」
 Huhuhu.と妖しげに笑いながら村正は言う。想像通りの反応だ。
「それでこそ村正!」
 すん、と村正の胸元に抱き着いて返すと、彼の手がそっと頭を撫でた。――なんのスイッチが入ったかは分からない。彼の両肩を掴んで上を向いて、
「もう一戦お相手仕る」
 体を押すと、まったく労せずに村正を押し倒すことができた。
 この瞬間も絶え間なく、心を体を魂を、自身のすべてを満たすのは、なんというかもうひたすらのBIG LOVE――。
 自分は、永久に過去という牢獄に囚われ未来へと進めぬ存在だと。そうして誰も愛することのできない干物女だと思い込んでいたが、そんなことはなく、ただただ運命に出会っていなかっただけなのだ。
 ――なんて、とんでもなく恥ずかしいことを恥ずかしげもなく思い、これまでの春を取り戻すように、見境なくハッスルしたのだった。

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