出会って二秒でプロポーズ - 7/13

 村正の実家につくまでにあと二回胃液を吐き、いよいよ決戦の地を踏んだ時には、本当に干からびる寸前だった。が、実際に家の前で待機していたらしいご両親を前にすると、干からびるのを通り越して風化しそうになった。
「あら、本当に村正がお嫁さん連れてきた! どうも~」
「(審神者)さん、初めまして。私が父の、」
「お父さん、そんなつまんない話いいから! ふたりとも長旅で疲れたでしょ? 近所に温泉が沸いたからちょっと休んだら行ってこない?」
「そういえば、桑名からそんな話を聞きましたね。どうです? 行ってみますか?」
「え、いいのかな」
「今、嫁ちゃんがケーキを焼いてくれてるんだけど、もうちょっとかかるみたいなのよね。できればゆっくりしてもらえると助かるわ~」
 見るからに気さくそうなお母さんの言葉に、村正も乗り気だ。どうやら準備が間に合っていないらしく、そっちの方が都合がいいのだろう。しかしケーキってすごいな。真っ先に温泉に行くことになるとは予想していなかったが、まあこういうのもいいかもしれない。
 車を出してくれたのは、お待ちかねの――桑名くんだった。ちなみに、近所というわりに車移動なのは、田舎あるある。
「初めまして。また会えたね、主」
 バックミラー越しに視線を合わせながら、桑名が言った。
「ほんとね~! 村正の弟とは驚いたけど、普通に仲良さそうな兄弟で安心したわ」
「主と兄さんは、相変わらずみたいで何よりだよ。蜻蛉切兄さんも喜んでたけど、今日来れなくて残念がってたな」
「兄さんねぇ……。村正のこともそうだけど、桑名くんが蜻蛉切のことを兄さんって呼んでるのが新鮮」
「いとこを『様』づけで呼ぶのはおかしいだろ?」
 いたずらっぽく笑う彼に、確かにね~なんて返すが、それは私にも十分心当たりのあることだった。
 当初は、父にせよ兄にせよ、「お父さん」とか「お兄ちゃん」とか呼ぶのに違和感しかなかったのだから。とはいえ幼児の順応性はすさまじく、いつの間にか慣れてはいたわけだが。
「でも、私のことは主呼びなの?」
「もちろん、表では義姉(ねえ)さんって呼ばせてもらうよ」
「村正も。表で私のことなんて呼ぶつもり?」
「名前で呼びますよ」
「私の名前知ってんの?」
 もちろん知っているに決まっている、ちゃんと自己紹介したわけだから。茶化していってみると、村正は顔色一つ変えずに呼んでみせた。
「(審神者)さんでしょう?」
 名前を呼ばれただけなのに――。なぜだかこう……胸が……。いや、これはときめきと勘違いしているだけで、心疾患の予兆?
「すごいね。兄さん、名前を呼んだだけでときめかせられるんだ」
「ピュアな人ですからね」
 なんて笑い合う兄弟の憎らしいこと。思わず運転席の背面を軽く殴り、
「うるさいよ。アッシーくんは運転に集中しな」
「はいはい」
 今度は、視界の端にちらちらと見切れる満面の笑みの村正に、ゆっくりと肩パンする。
「あんたは『可愛いデスねぇ』みたいな顔で見るなやかましい!」
「なにも喋っていないのにやかましいとは」
「顔がうるさい! あんたそんなににこやかじゃないでしょ!!」
「今さっきの、『可愛いデスねぇ』がすごく似てたよ」
「アッシー! 前見ろ前!」

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