とはいえ、どこからどう始めたらいいのか皆目、見当もつかない。
すでに所属長が動いているということは、おそらく福島に近しい者への聞き取りも行われた後だろう。それでも事態が動いていないということなら、自身があがいたところでなにになるというのか。
思いながらも、審神者はともかく動いた。捜査は足で稼げという、昔見た刑事ドラマのセリフをぼんやりと考えながら。
広間の――かつて、美しいフラワーアレンジメントが飾られていた飾り棚の前で、審神者は腕組みをして考え込んでいる。
なにか手掛かりが――あるはずもなかろうが、なんとなく。
「主、どうしたんだい」
背後から声をかけられ、審神者は振り向いた。立っていたのは燭台切光忠だった。同じ光忠なら、なにか勘付くところはないだろうか。
「ここに飾られていた花々に思いを馳せていた。綺麗だったな、って」
「昔は歌仙君が、最近は福ちゃんが飾ってくれてたね」
呟いてから、すぐに燭台切は眉を寄せて表情を曇らせる。審神者はそんな表情の変化を逐一観察している。
「福島、最近調子悪そうだよね。病気……ってことはないと思うけど、あれって手入れで治るのかな。燭台切はなにか心当たりはない?」
「それが、分からないんだ。聞いてもうまくかわされるから、なにも」
「そっか」
「他の刀にも聞いてみたけど同じで。……もしかしたら、日本号さんならなにか聞いたりしてないかな?」
おそらくそこも聞き取り済みだろう、と審神者は思ったが、何食わぬ顔をしてそうだねと頷いた。
「同じだとは思うけどなぁ……」
呟きつつ、審神者は本日の日本号の予定を確認する。本日、手合わせ。ということは道場にいるだろう。
どうすべきか、どのように聴取すべきか、あるいは、知っていたとして彼が自分に教えてくれるだろうか……。そんなことを考えながら、審神者はぼちぼちと道場までの道のりを歩いた。
道場の戸を開けて、中を覗き見る。歌仙と日本号が激しい立ち合いを繰り広げているのが分かる。邪魔にならないよう戸の付近で待っていると、打ち合いと気合の後、しばし小休止だとの声が聞こえた。発したのは日本号だった。
戸を開けた瞬間、確かに彼と目が合った。もしかしたらなにかに気づき、気を利かせてくれたのかもしれない。
「日本号、ちょっといいかな」
申し訳なく思いつつそっと呼び出すと、俺か、と意外そうにしながらも彼は道場の裏手についてきた。
井戸の前にまで来ると審神者は立ち止って振り返り、ひとまずは手合わせを中断させたことに詫びを入れた。
「手間取らせて申し訳ない。少し聞きたいことがあって」
「そうかい。てっきり初期刀に用があるのかと思って気を利かせたんだがな」
「ありがとう。……その、福島光忠のことなんだけど」
「げっそりしてるな」
まさか何か知っているのかと、審神者は思わず期待を込めて日本号を見上げる。しかしそんなにわかな表情の変化を察したのか、日の本一の槍はかぶりを振った。
「誰が見たって気づくだろうよ。理由は知らねえ。聞いてみたがなにも答えなかったからな」
「そっか……」
「それで、わざわざあんたが尋ね回ってるのか?」
揶揄するような表情と口調とに、審神者はさまざまな深読みをした。後ろめたさしか感じられず、思わず言い訳が口をつく。
「近頃の彼の不調は、あまりにも目に余る。所属長も動いているみたいだけど、どうも芳しくなさそうで……。私だって暇暮らしってわけではないけど、出陣に影響が出るようなら何らかの対策を考えなければならないし、」
「深読みすんなって、責めてるわけじゃねえ。ご苦労なことだと思っただけだ」
そう言って日本号は笑う。馬鹿にしているとか揶揄しているとかいうわけではなさそうだが、暖かな感情に由来しているとも思えない。
どこまで本気か分からない彼の言い分に、審神者の眉間の皺は深くなる一方だ。
それを見て、日本号はさらに笑う。そうして、人差し指で皺の寄った眉間を軽く押してたしなめた。
「んな顔すんな、あとあと皺になるぞ。で、あんたは聞いてみたのか? 福島に」
「……いや、それはまだ」
ようやく、審神者の眉間から皺が消えた。
もはや腹をくくるしかない。これで何も出てこなかったら、そこまでだろう。いつまでも逃げ回っているわけにもいかない。
「本人に聞いてみるしかないか……」
どうにも自信に欠けた口調でつぶやく審神者に、正三位は唇の端を持ち上げてみせる。
「っ」
突如として頭に振ってきたものに驚き、次いでそれが手だと認識し、さらにはわさわさと頭を混ぜ返されている――いささか乱暴に頭を撫でられていると、審神者が気づくまで数秒。気づくや否や彼女は驚愕に目を見開き、固まったまま日本号を見上げた。
「なっ……。なんでいきなり、なっ……撫で」
驚きのあまり言葉さえたどたどしい。そんなキャラじゃないだろ、なにを血迷ったと目は口ほどにものを言う。当人は無自覚だ。
しかしそんな素直な反応が、日本号の激レアな大笑を招いた。
声を上げて笑う姿を受けて審神者はますます驚き――最終的に口をぽかんと開けて固まってしまった。
「狐憑き……? 酒の飲みすぎか……?」
ぼそりと呟いた声が聞こえたのか、その報復か。彼は審神者の頭を二三度左右にグキグキ振ってみせる。その衝撃に彼女は翻弄されるばかりだ。そうしてようやっと頭が解放された。
「もしかしたら、あんたになら言えることがあるかもしれねえな。随分思い悩んで、とうとうあんな風になっちまったんだ。早くアイツを楽にしてやってくれ」
フラフラとしてたたらを踏んだ審神者が見たのは、去って行く彼の後姿だった。
嵐のような出来事に当惑しきりの審神者だったが、なぜだか腹は決まった。
――おそらく、日本号はなにかを知っている。そのなにかというのは、おそらく審神者の懸念していたことだろう。やっぱりかと思うと同時に、どうしたらいいんだろうと困惑が加速する。
しかしながら、賽は投げられた――。
あとは動くだけ。審神者は両頬をぴしゃりと叩いて気合を入れ、執務室へと戻った。
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