【仮題】空洞です - 3/3

 福島光忠を執務室に呼びだし、ソファに案内し茶を勧める。
 対面に座った福島は、近くで見るとより顔色が悪くやつれて見えた。目の下の隈はもちろん、頬も若干こけているようで見ていて痛々しい。
 こうなると、審神者だとか主とか関係なく一人の人間として、理由がどうあれ心配になるばかりだ。

「呼び出したのは、……ちょっと、お話がしたくて」

 どのように切り出したか悩みに悩んだすえ、審神者は直球勝負に出た。

「ええと……。その、加州とも面談をしたと思うけど……」

 しかし、いざ当人を前にすると言葉に詰まってしまう。ああだこうだと言い訳を重ねそうな自分に気づくと、審神者はぐっと口を噤んだ。
 あの正三位、日本号が無駄なことをするとは思えない。わざわざあんなことを言ったのだから、彼の悩みとやらはきっと自身に起因することだろう。
 腹をくくると決めたはずだ。無駄な足掻きも逃げ隠れも不要。
 審神者はぐっと腹に力を込めて、憔悴しきった様子の彼へと視線を向けた。

「単刀直入に。……随分と具合が悪そうだね。その様子じゃ夜も眠れてなさそうだし、食事も満足に摂れてないみたい。私が見たところ、手入れではどうにもならない不調かなと」

 静かな言葉に、福島は眉間に皺を寄せて厳しい表情になった。

「……いや、そうかな」

 答えた言葉は頼りなく、声には覇気も生気も感じられない。
 色とりどりの花について、あんなに楽しげに語っていたのと同一人物とは到底思えないような変わりようだ。
 こんなになるまで悩み、苦しんだというのだろうか。一体なぜとか、どんなことに、とか。そういった無駄な考えはすべて捨て、審神者は目の前の彼と向き合うことにのみ心血を注いだ。

「トップの加州にも話せないことなら、……加州そのものに問題があるってことかな。そういうことなら、順序立てず直接私に相談でも、」
「っ……そうじゃない。そうじゃ、ないんだ」

 他を引き合いに出してみると、ようやく福島の言葉を引き出すことに成功した。しかし、それ以上は出てこない様子。
 しかしこの路線で間違いないだろう。審神者は方向性を見定めると、脳内で迅速に戦略を組み立てていった。

「ではまず、加州が原因ではない……ということでOK?」

 審神者の問いに、福島はちいさく頷く。彼女はさらに続ける。

「ここまで沈黙を貫いているというなら、よほど言いづらいことなんだろうとは思うの。でも、ちょっと冷静に考えてみて。福島の今の状況、心身のコンディション。そんな状態では、出陣はおろか遠征にも出せない」

 語りながら、審神者は福島の観察を欠かさない。どうにも落ち着きがなく視線をそわそわとさせる様子に、あまり突いてほしくないところだということが見て取れる。
 それが分かっていて、あえてこの切り口を採用した。

「福島、あなたの本分はなに? 刀剣男士、時間遡行軍と戦うことだよね。務めが果たせていないとか、別に責めてるわけじゃないの。福島が責任感の強い性格だということは、知ってる。だって、執務室や広間なんかのお花も、毎日綺麗にお世話をしてくれたのを見てるから。……だから、自身の本分を全うできないってことは、あなたにとってストレスなんじゃないかなと思うの」

 つとめて優しい口調で、あたたかい口調で、審神者はつづける。自分は清く正しく信頼できる主なのだと、誇示するように。実際はそうでなくとも、上に立つ以上は演技派でなければならないし、ある種のパフォーマンスは必要不可欠だ。
 福島の視線がゆっくりと上がった。どこか自信なく、どこか不安そうにこちらを見ている。穏やかに目を細めて、審神者はそれに答える。――あと一押し。
 ここで審神者は、大胆に動いた。
 ソファから立ち上がり、そっと彼の隣に腰を下ろして、膝の上で結ばれた拳に掌を重ねる。こぶしが、膝が、びくりと跳ね上がったが、払いのけるような仕草はない。
 それを確認すると、ねえ、と審神者はことさらやわい口調で語りかけた。

「そもそものストレスがなんなのか……聞かせてもらえないかな。話すだけでも楽になることって、あると思うよ。ね?」

 ゆっくりとこぶしをさすると、福島の体がわなわなと震えた。ゆっくりとため息が吐き出され、もうだめだと泣きそうな声が呟いた。
 ダメ押しとばかりに、審神者はもう一方の手で彼の背中をさする。落ちろ落ちろ。不謹慎ながら胸中は、取調室内で犯人の完落ちを待つ刑事のようだ。

「……君のことを、好きになってしまったんだ」

 とうとう、面と向かって告白されてしまった。
 ――気づかないようにはしていた。
 赤いバラの花言葉が意味するところがなんなのか、いくら知識に乏しい審神者でもそれくらいは知っている。そうやって彼は美しい花々に思いを込めてせっせと送り、愛を紡いだ。
 しかしこれに対する完璧な解答は、審神者の脳内ですでに準備があった。筋としては、彼の思いを尊重し受け止めつつ、しかし刀剣男士全員が大事だから特別な一口を作ることは出来ないと説いて、諦めさせるというもの。
 福島が真面目で責任感が強いからこそ、そうして、自身がこれまでクリーンな主像を築き上げてきたからこそ作れる流れだ。
 あらゆるアワードを総なめにする実力派女優みたいな――。完璧な表情と仕草で、審神者は福島の体をさすった。しかし彼女が口を開くよりも先に、彼がつづける。

「でも俺、おかしいんだ。刺さったままの矢を抜いてもらったときから、感じ始めていた。そして君が無能な政府職員を罵倒して乱雑に扱ったとき、確信に変わった。俺は君に……ほかならぬ君に。他の誰でない君に! 口汚く罵られて、体を痛めつけら手ひどく扱われたいんだって」

 一息に告白された内容に、審神者は固まって思考を停止させた。意味が分からない。意味が分からな過ぎて、意識は銀河の果てまでぶっ飛んだ――。
 石化する彼女をよそに、福島の言葉はさらに続く。

「こんなの異常だ……こんなのおかしい、狂ってる。分かってるんだ。でももう、押さえが効かない……! 君の姿を見るたび、声を聴くたび、足元にひれ伏して甚振ってほしいと請うてしまいそうで、怖かった。ああ……もういっそのこと、折ってくれ。君にこんな汚い欲求をぶつけるなんて、俺は刀剣男士失格だ」

 涙声――。
 福島が泣いていることに気づき、審神者は我に返った。あまりにも想像だにしなかった告白に、軽く放心していたらしい。目をしばたくと、すぐ隣で福島は顔を手で覆って俯き、声を殺して泣いていた。
 一体――。
 審神者は蟀谷を抑えた。この状況はなんだろう。
 彼女もまた頭を抱えて考え込み、……冷静にひとまず結論を出した。そんなこと、、、、、で一口分の戦力を失うわけにはいかない。
 そうしてもう少し踏み込んで考える。……刀剣男士のSM趣味も、さほど珍しいものでもなかろう。万屋街の一部界隈には、審神者向け・刀剣男士向けのそういった風俗店もあると聞く。ということは、一般的に認知されているものだ。恥ずべきことではない……とまでは言わないが、折れるほどのことでもなかろう。
 しかし問題の核心は、従の存在である刀剣男士が、主である審神者にそう言った欲求を抱くという部分にあるらしい。――真面目な彼はそれに思い悩み、こんなになるまで苦しんだのだろう。
 審神者は考えた。考えて考えて考えて、……致し方がない、と思った。
 政府職員とのやりとり――あんなどこに出しても恥ずかしい場面を見られていたのは、自身のリスクマネジメント不足だし、近づくきっかけとなったお花の件も、こちらの軽い下心が招いた結果だ。
 そんな趣味があるかないかで言うと、断じてない。
 が、この――真面目で責任感の強い、花の似合う色男が懇願するならば、多少は……と思ってしまう部分がある。
 あとは単純に、好奇心。
 こんな、どこからどう見ても立派な男が。長身で、ガタイが良くて、刀剣男士の例にもれず惚れ惚れするような美男が。花に詳しくて余裕があって、百戦錬磨の恋愛マスターみたいな風格を持ったこの男が。どのように泣き、わめき、罰や褒美を請うのか。そうして、そのさまときたらどんな様子なのか、見てみたい。
 審神者はため息を吐いた。
 度し難いものだ。――自分も、彼も。

「……いいよ」

 はっきりとした言葉で返すと、一瞬福島の嗚咽が止まった。

「そ……それって、」

 彼は俯いた姿勢からむくりと体を起こし、涙でぐちゃぐちゃになった顔を向けた。目は赤くなって、涙と鼻水にまみれて色男が台無し。これは、と審神者は思った。

「……いいって、……いいのかい?」

 この情けない姿――。
 いじめたい、ような気もすると。人生で初めて感じた。

「そもそも、人払いを完璧にしてなかった私のミスが原因でしょ。それで福島がこんなに苦悩したってんなら、多少は責任を感じるよ。あとはまあ……面白そうだし」
「……ほ、んとうに……?」
「でも、言っとくけど私ずぶの素人だよ。それでいいなら」

 付き合うよ、と続くはずだった言葉は出てこなかった。
 福島が弾かれたように、審神者の体を思いっきり抱きしめたからだ。情け容赦のないそれに、彼女は思わず顔面から彼のむき出しになった胸元の生身の肌へとつっこむこととなる。

「っ……!」

 しかも力が強い。腕ごと抱きしめられたせいで抵抗もできず、審神者はされるがままとなった。
 そんななかで、福島は感極まったように涙声でうっとりと言葉を漏らす。

「あぁ……主、主! そんな、嘘みたいだ、夢みたいだ!! こんなにもああ……主、好きだよ。愛しい人。君から賜る暴力も暴言も恥辱も、そのすべてを享受できるんだね……俺はなんて果報者なんだ。ああ、幸せすぎて頭がどうにかなりそうだ。主、主、主、俺に、こんなしつけの悪い馬鹿なイヌに罰を、」

 とろけきって高ぶった福島の語尾が、急にぷつんと切れる。――かろうじて動いた手先で、審神者は彼の一番大事で一番痛みを感じるところを、ぐっと握りこんだからだ。
 拘束の緩んだ隙に、彼女は福島の顎を掌底で跳ね上げ、上体を思いっきり押して距離を作った。

「っとに躾けのなってないバカ犬……」

 罵りの言葉は、意図せずナチュラルに口から零れ落ちた。
 金的への攻撃に沈黙していた福島の体が、しかし言葉の暴力によってぴくりと反応を示す。
 審神者は乱れた髪を手櫛で整えると、彼の肌に触れていた頬を忌々しげに、しかしファンデーションが落ちないようにそっとこすった。
 なにもかも、実に不快だった。
 あんなにシャツのボタンを開けてるから、こんなことになる。おまけに、とっさにつかんだ金的……はいいとしても(金的の時点でよくもないが)、前の方がバキバキなのは一体どうしたことか。大きくて硬くて気持ち悪かった。もっとも、金的の感触もキモかったが。

「じゃあもう……そういうことでね」

 審神者はそそくさとソファから立ち、その場を去ろうとして――くるりと福島を振り返った。「ねえ」
 声をかけられると、彼は身悶えつつ審神者を見上げる。なんとなく、その姿が果てしなく無様に思えた。
 この男は今、自分に狼藉を働いて制裁を加えられたのだ。なんというか――それまでのすべてが、無に帰ったどころかマイナスになったような具合だった。
 そうなって初めて、福島光忠という刀剣男士にそこはかとない好意を持っていたことに、審神者は気づいた。
 なんだかもう、なにもかも手遅れだが。

「……それさあ、処理するの?」

 なぜそうなったのか、理由はもはや聞きたくない。ぽつりと尋ねると数瞬ののちに、福島は恥じらいながらうなずいてみせる。
 恥じらうな。思った瞬間、ストレートな言葉が口を突いて出る。

「きも」

 審神者は吐き捨てて、執務室を去った。

 

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