「ぬしさま」
肩を揺さぶられて、声をかけられて、審神者ははっと目を覚ました。
一瞬状況がつかめず、彼女は矢庭に身体を起こそうとして――やんわりと抱きとめられる。
腕の中から香った薫香と、逞しい腕、そうして黄土色の袖。
極めつけとばかりに柔らかな銀糸が視界に入り、それが誰なのかを理解した。小狐丸だった。
「小狐丸……どうしたの?」
「ぬしさまこそ。居眠りされているかと思えば、急に起き上がってみたり。お蔭で危うく顎に一撃食らうところでございました」
小狐丸が審神者を抱きすくめたのは、頭突きを食らわないようにするためだったらしい。
振りほどく気力もなく、審神者はため息を吐く。
小狐丸はそれをいいことに腕を解きもせず、上機嫌に主との抱擁を楽しんだ。常であれば何か小言でも言ったものだが、とかく今は気力も体力も大幅に目減りしている。
なにより、
「小狐丸、……ありがとう」
悪夢から覚ましてくれたという功績が彼にはある。
審神者がしおらしく謝礼の言葉を口にすると、小狐丸は不思議そうにしつつも素直に受け入れた。
そうして暫くの間、主の身体を解放することはなかった。
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