執務室に呼び出された陸奥守は、物珍しそう室内を見回しながら、すすめられるままに着座した。
「ここだけ洋間のようになっとるんじゃのー」
どこか楽しげに一人がけソファに座った陸奥守をよそに、審神者はどこか緊張した面持ちで、その向かい側に腰を落ち着ける。
硬くなった主の表情を見て、陸奥守はなんじゃなんじゃと眉を下げる。
「えらい景気の悪い顔して、腹ァ下してしもたんか?」
朝食は、ともに同じものを食べた。審神者が作ったものだ。
言った後にその事実に気づいたのか、そうでのうて、と陸奥守は慌てて取り繕おうとする。腹を決めた審神者はそれを制して、背筋を伸ばした。
「ちょっと聞いてほしいことがある。……ええと。今後の、本丸の運営方針についてなんだけど」
こほん、と咳払いをしてみせると、陸奥守はかすかにうなずいて主同様に姿勢を正した。真正面からの聞く姿勢に、審神者はかすかな気おくれを感じた。しかしそれを振り払って、言葉を紡ぐ。
「こんのすけ……本丸の案内人からは、新人審神者はとにかく刀剣男士をたくさん鍛刀して、どんどん出陣させて経験値を積ませろ、ということを言われてる。産めよ増やせよ富国強兵、みたいな」
「まあ、一理あるの」
「なんだけど……」
審神者は一瞬視線を泳がせ、そうしてゆっくりと陸奥守の双眸に焦点を合わせる。
「私はもっと違うやり方で、本丸を運営していきたいと思ってる」
スタートダッシュさえかかれば、あとはもう最後まで走り抜けるだけだ。審神者は語った。己の理想とする本丸像を。
「最初に次々と顕現していって、同時並行で練度のバラバラな刀剣男士を育成するのは、とても困難だと思うんだ。だから最初の核となる刀剣男士を六口、きっちりみっちりと育て上げてから、徐々に増やしていきたいなと」
ここで一呼吸置く。すると、陸奥守は腕を組んで深々とうなずいてみせた。
「それもまた一理あるの。……ほいたら、六っちゅう数の根拠は?」
「一部隊の構成人数が六で、出陣時の最大人数も六だから……単純に、六」
「なるほどのう、六なら偶数で切りもえい。まとまりごとに育てていくなら、連携や統率もとりやすい。えいことづくめじゃ」
表情をぱっと明るくした陸奥守に、審神者はほっと安堵する。ほいたら、と彼はさらに言葉をつづけた。
「はじめの六口を育てたら、また六口顕現して、……わしらは次の六口の教育係になるっちゅーことじゃな?」
「その通り。例えば、第一部隊の陸奥守が、第二部隊の誰それと兄弟分になって、様々なことを指導する。第二部隊の面々が育ったら、また六口顕現して第三部隊を編成し、第二部隊の面々が、第三部隊の新人たちを指導する……。みたいな」
「部隊を育成するとき、何を以て完成じゃ? なにか目安があったほうがえいの」
「それも考えてる。ひとまずは、鍛刀・刀装作り、内番全般、出陣、遠征を一通り独力でこなせるようになったら、かな。あ、あと大事なことが。各部隊のまとめ役である隊長は一口必ず決めるんだけど、実際の出陣や遠征での部隊長の役目はその限りじゃない。全員が務められるレベルでないと、とも思う。全員が隊長をこなせることも、目安のひとつだね」
「えいの。具体的で分かりやすい目標じゃ」
「ただひとつ気がかりなのが……。刀剣男士の実装数には限りがあるから、必ずしも六という数字で区切れるわけではないってこと」
「そこは臨機応変に、じゃな」
にっと笑った陸奥守に、審神者もついに笑みをこぼした。――どういう反応が返ってくるか、実際のところはドキドキとしていたのだ。
師の本丸の陸奥守は、明るく社交的だった。陸奥守吉行という個体がそもそもそういうものなのかもしれないが、もしかしたら例外もあるかもしれない。戦場も知らぬ小娘がえらそうに、と思われやしないか……。それで関係性が悪くなったりしないか……。すべては杞憂だったわけだが。
「よかった。それじゃあひとまず、こういう方針でやっていくんだけど、……」
細かなところを詰めようとしたところ、審神者は目をしばたいて口をつぐむ。陸奥守がこちらを見てやたらとにこにこ……いや、ニマニマとしているのが気になったからだ。
なにか顔についているのか、それとも、自分の周りでなにか珍事件でもおきているのか。きょろきょろとせわしなく周囲を見回すと、陸奥守はそんな姿もまた、顎に手をあててしげしげと眺めてくる。不躾ながらもストレートな視線に、審神者は声も出せずに固まった。
そうすると途端に、ああ、と嘆くような声が、陸奥守の口からこぼれ落ちる。
「せっかく笑顔が見れたやに~。もっとこじゃんと笑っとうせ。主は笑っちゅうほうが可愛いぜよ」
「かっ」
なぜだか――その瞬間、審神者は筆舌に尽くしがたいほどに、照れた。そうして現実逃避のように思い出す。修行先の本丸で、軽口のように陸奥守吉行に同じようなことを言われたことを。その時は、大してどのような感情も抱かなかったというのに。
それを思うと、ますます頬のほてりを感じて。審神者は咄嗟にうつ向いて、口元を手で覆った。
すると、向かい側で陸奥守が身を乗り出したのがわかる。
「初心な反応じゃの~。審神者のお勉強もえいが、ちっくと男女の勉強もせなあかんな~」
「っよよよ、余計なお世話……!」
揶揄うような視線に耐えかねて、審神者は思わず手の届くところにあったクッションをつかみ――陸奥守めがけてフルスイングで叩きつけた。
柔らかなクッションということを抜きにしても、彼はまったく微動だにもしない。審神者の鋭い一撃を受けてなお、ニヤニヤとした顔つきを辞めず、
「まっこと可愛いにゃあ~。こがに可愛い主に顕現されて、わしゃ果報もんじゃ~」
追撃の減らず口をたたいて、返す刀でもう一発、横っ面にクッションアタックを受けたのだった。
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