しばらくの待機期間を経たのち、いよいよその時がやってきた。
たまりにたまった資源を、審神者は腕組して見下ろし、満足げにうなずく。――これまで長かった。
こんのすけに「鍛刀されないのですか?」とか「出陣は?」などとせっつかれ、挙句の果てには「同時期に本丸入りされた方は、皆さま出陣任務をこなされていますよ」などと比較され。その度に焦りそうになるのをぐっとこらえて、今この時――。
審神者はかっと目を見開いて、よしきたと膝を叩いた。
「陸奥守、しよう! 鍛刀!!」
両手を天に向かって突き上げて意気込むと、陸奥守もまたよしきたとばかりに立ち上がった。
「おうとも! ほいで、わしはなんすればえいが?」
陸奥守はやる気満々で審神者の方へと近づいてくるが、
「それでは刀匠さん、よろしくお願い致します」
審神者は刀鍛冶に向かって直角に近いお辞儀をしたばかり。
妖精じみた可愛らしい刀匠は、要請を受けて表情にやる気をみなぎらせる。力強くむんと頷いて、鍛刀の作業へと取り掛かった。
「は……?」
ぽかんとする陸奥守をよそに、審神者は初期刀に出ようと促す。
「外で待とう。気が散るかもしれないから」
「そういうもんかの……?」
目を点にして小さな刀匠を見つめる陸奥守を、審神者は腕を引っ張って鍛冶場から連れ出した。
出てからもなお、陸奥守は怪訝そうな表情のままだ。
「あのちいこいのはなんじゃ……?」
「刀匠さん」
問いに審神者が答えるが、彼はまだまだ納得できなそうにしている。
「あれも……付喪神みたいなもんかの?」
「そういうものじゃない? 私はそう認識してるけど」
「よくよく考えると、本丸も不思議なところぜよ」
ゆったりと首をめぐらせて四方を見回しながら、陸奥守がしみじみとして言う。その様子に審神者がかすかに笑みをこぼすと、まあ、と彼は付け加えた。
「主がこじゃんと頼もしいき、わしゃ安泰じゃ」
にんまりとして言った陸奥守に、いやあ、と審神者は曖昧に笑って返す。
「ど新人の審神者よりは、三年分のアドバンテージがあるからね。まあそれも……悠長に構えてたから、スタートダッシュからは見事に取り残されちゃったんだけど」
「焦りゆうが?」
「ううん。いや、半分は。でも、……これからだから」
大丈夫、と答えて審神者はまっすぐに外の景色へと視線を向ける。そんな主の横顔を、陸奥守は注意深く見つめ――その隣へ。鍛冶場の壁に背中をつけて立ち尽くす、審神者の横に立った。
「どんな刀が来るかの」
「資源を最小限にしてみたから、短刀だね」
「短刀は小回りが利いてえいの。懐刀やき、気働きもできて主の助けになるろうな」
「うん」
言葉少ない主を、陸奥守はさらにそっと盗み見る。その横顔は張りつめて、目つきは険しい。
「緊張しゆう?」
「……変だよね」
「いんや。本丸の要を担う刀じゃ、緊張せんはずがない。わしみたいな男前とも限らんからの」
誘うように軽薄な言葉を吐いてみるが、審神者はふっと息をこぼしたのみ。ややすると彼女は目を閉じた。
「……三年修行して実感を伴って学んだのは、刀剣男士は審神者に似るってこと。あなたたちは、生身の体を初めて授かる存在だもの。傲慢な言い方かもしれないけれど、一番身近な生身の人間である審神者に、影響を受けないはずがないの」
「わしも主みたいに可愛くなれるかの……」
「私は自分が主の器じゃないって分かってる。それでも、審神者になった以上は主で、組織のトップとして采配を振るわなければならない。なりたくてなった審神者だもの。……器でなくとも、みんなが困らない程度に……いや、みんなが誇りを持って戦える、そんな主でなきゃって思ってる。なれるか分かんないけど、……」
そこまで呟いてから、審神者ははっと目を見開いて息をのんだ。思わずがばっと隣に首を向けると、陸奥守は少し驚いたようにしてこちらを見ている。
瞬間、言い知れぬほどの羞恥心が沸いて、審神者はその場に座り込んだ。
「……ごめん、こんなこと。言われても困るよね」
こんな弱音は、従の立場である者に向けてこぼす言葉ではない。なんて弱気な、と審神者は己の不手際を恥じた。頭を抱えてうなだれていると、すとん、と隣で陸奥守もまたしゃがみこんだのが分かる。
「いんや。言うとしたらわし以外おらん、正しい選択じゃ」
「陸奥守……」
「他の誰でもはいかんぜよ、わしだけじゃ。えいの?」
「……うん」
「ほれ、言うとる間に鍛刀が終わったみたいじゃ。新入りは、どがな奴じゃろうなぁ」
陸奥守に温かく促され、審神者は立ち上がって鍛冶場に足を踏み入れた。
陽も落ちた頃、すべての鍛刀が完了した。
短刀、平野藤四郎。
脇差、堀川国広。
太刀、三日月宗近。
大太刀、次郎太刀。
槍、蜻蛉切。――初の鍛刀にして審神者は、狙い通り刀種に偏りなく刀剣男士を顕現させることに成功した。
広間に刀剣男士を集めて一列に並ばせると、審神者はその対面で全員を見渡す。たったの六口ではあるが、しかし一同に会するとその姿はまさに圧巻の一言に尽きる。審神者はかすかに息をのんで、背筋をきりりとさらに伸ばした。
「初めまして。顕現の呼びかけに応じていただき、ありがたく思います。私は秋月と申しまして、この本丸の、そうしてあなた方の主です。天下にとどろく名刀名槍の主たるには若輩者でありますが、なにとぞよろしくお願い致します」
お手本のような所作でぐっと畳に手をついて頭を下げると、向かい側で、刀剣男士たちもそれぞれ頭を下げたのが分かる。
張りつめた空気が流れかけたさなか、それじゃあ、と場を和ませる声と手が上がった。陸奥守だった。
「堅っ苦しいのは了いにして、まずは自己紹介じゃ。わしは陸奥守吉行。坂本龍馬の佩刀として知られちゅうが、何を隠そうこのわしが初期刀じゃ!」
自慢げに胸を逸らして自己紹介をした陸奥守に、五者五様の反応が見られる。おざなりな拍手をする短刀に、へーと声をだす脇差、ゆったりと微笑む太刀に、次誰? と周囲を見渡す大太刀、かすかに頷く槍。
それを皮切りに、順々に自己紹介がなされる。
「平野藤四郎といいます。粟田口吉光の一口で、実戦よりも警護やお付きだったことの方が多いのですが、お供なら任せてください!」
「堀川国広です。兼さ……和泉守兼定は来てませんよね。あ、一応僕、新選組の土方歳三に使われてました」
「三日月宗近だ。打ち除けが多いゆえ、三日月と呼ばれる。よろしく頼む」
「こんにちは、綺麗な次郎で~す! あっはは、主ノリ悪ぅ~。奉納されてる身だけど、見ての通りだ、力仕事は次郎さんに任せな!」
「蜻蛉切と申します。村正の作で、三名槍のひとつとして評価をいただいております。以後、お見知りおきを」
一通りの自己紹介が済んだかと思えば――。
「おお、それを言うなら。俺は天下五剣のひとつで、最も美しいとされているぞ」
「僕は明治帝に献上されたこともあります」
「あたしは~……奉納されてる、はもう言ったか。なかなか普通の人間にゃ扱えないくらいデカいよ!」
「僕は兼さんの相棒です!」
それぞれが自慢大会を初めて、緊張しきっていた審神者をぽかんと拍子抜けさせる。ついには、悪乗りが過ぎたこの男士――
「な~にを言う、わしなんぞ主のハジメテをもらった男じゃき、」
自信満々に声高にそんなことを言って、場の空気を凍り付かせた。五口が驚愕の視線を主に向かって注いだ瞬間、審神者は脇息を陸奥守めがけて投げつけた。
「初めての一口ってことね?! 悪意ありすぎるでしょその言い方はァ!!」
片手で放ったそれは、鋭く回転しながら陸奥守の首から上にクリーンヒットを決めて、畳の上に沈みこませる。
「おお……」
五口は異口同音に感嘆の声を漏らすと、主に向かって盛大な拍手を送ったのだった。
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