04:閉じた世界で - 1/3

 刀剣男士――。
 天下の名だたる名刀・名槍が集うということは、来歴によっては持ち主が主従関係だったり、逆に敵対関係にあったというケースも少なくない。
 有名どころでいえば源氏と平氏、信長・秀吉・家康という三英傑の微妙なライン、そうして――旧幕府方と維新方。
 いまだ二部隊しか顕現していない当本丸でも、それはすでに歴史の縮図を描いていた。もっともこれは、刀剣男士を集めるということの宿命であるが。
 目下、審神者の頭を悩ませているのは、陸奥守吉行と加州清光、この二口だ。初期刀にして第一部隊隊長の陸奥守は、誰もが知る坂本龍馬の佩刀で、新設された第二部隊隊長の加州もまた、やはりかの有名な沖田総司の愛刀――彼らのアンタッチャブルな関係性は、新米の審神者の胃をひそやかにキリキリと痛めつけたのだった。
 新米といえど、彼女は師の本丸で三年間は刀剣男士たちと寝食をともにし、戦ってきた身である。刀剣男士がどういうものかというのは、十分に理解していた――はずであった。
 しかしながら、審神者が修行していた本丸では――当然ながら――どの刀剣男士たちも二十年来の戦友で、すでに関係性が出来上がっていた。
 それゆえ彼女は、顕現されたてのフレッシュな状態を知らない。その点で、かつての因縁ゆえにいがみ合う刀剣男士を見るのは、初めてのこととなる。
 修行先の本丸では軽口をたたき合っていた陸奥守と加州が、一触即発の冷ややかな応酬を繰り広げるさま――。これは地味に審神者の神経をすり減らしていった。

 

「ちょっと! 掃除は上から下だって何遍言ったら理解するわけ?! 上から掃除したら埃が落ちてきて意味ないじゃん!!」
 もっともな叱責が飛ぶと、
「なんじゃぁ~、こまいことばぁぐちぐち言いよる。埃ぐらいで死にはせんぜよ」
 大雑把な反論が返ってくる。
 声の主が誰かすぐに分かって、審神者はなんとも言えない顔つきになった。覗きに行きたい気持ちをぐっとこらえて、自分の作業に集中する。
「あの二口、またやってる」
 愉快そうな声を出したのは、書類の整理をしているにっかり青江だった。
「本当に懲りない方々ですね……」
 本棚にはたきをかけながら、平野藤四郎も同調する。
「まあ、来歴からすると致し方ない(です)ね」
 最終的に二口の言葉は一致した。審神者もまた無言でうなずく。
「……覚悟はしてたんだけどね。まさかこれほどまでとは」
 段々と口論がヒートアップしていくのが聞こえて、審神者はげんなりと返す。それにくすりと笑ったのは、にっかりだった。
「でも、隊長に選んだのは主だろう? なにか意図があってのことじゃないのかい」
「最後まで悩んでらしたでしょう? 深いお考えがあってのことかと」
 平野にまで追求され、審神者は眉を下げる。
「そりゃあ思い付きで選んだわけじゃなくて……。もちろん、最初から仲良くは出来ないと思ったよ。でもだからこそ、隊長同士のやりとりも含めて、仲が深まればって思ったの」
 見込み違いだったかなぁ、と審神者がぼやいた瞬間、
「ったまきたァ! 表出ろ!!」
「のぞむところじゃァ!!」
 遠くの方で勇ましい声と足音が聞こえ、どたどたとせわしなく走り去っていく。
「え、まさか喧嘩ぁ……?」
 うそだろ、という表情で審神者が声の方を向く。
「よく見る光景だね」
 しれっとした声で返したにっかりに、よくあることなの?! と審神者がすっとんきょうな声を出した。
「ええまあ……。任務中にも、遠征中にも、たびたび」
「素手でやり合ってるからいいんじゃない? それで任務に支障をきたすわけでもないし、大目に見てるよ」
「ええ、出先でもそんなことやってたの……。うそでしょ……」
「拳を交えて分かり合う。うんうん、男同士にはぴったりの、こみゅにけーしょんつーるってやつじゃないかな」
 茶化すような言葉に、審神者はいよいよ心配になってくる。
「……ちなみに。喧嘩の原因って?」
 こめかみを押さえながら審神者が問うと、
「さっきのような、掃除のやり方ひとつとってもそうですし」
「主にどんなお土産がいいかなとか。きみってば愛されてるねぇ」
「結局持ち帰れなかったんですけどね」
「可愛いもんさ」
 二口が口々に告げ口をする。審神者は思わず、もう片方のこめかみも指でぐっと押しこんだ。
「まあ……うん。拳交えて分かりあうこともあるよね、きっと。刀使ってないならよしとする」
 納得させるようにうなずいた瞬間、遠くの方でどがしゃーんとものすごい音がした。何かが割れた。彼らが出て行った方角と、そこにあるもの――おそらく雪見障子のガラスか――を想像し、審神者ははぁ……と顔を手で覆った。
「片付けは彼らにさせましょう。修理代も二口持ちで」
「まったく気苦労が絶えないねぇ」
 頑張れ、とにっかりが審神者の肩をぽんと叩きながら腰を上げる。他人事のようにしながらも、にっかりの足は険悪な二口のもとへと向かっている。
「まずは主へごめんなさいをしようか。話はそれからだね」
 子どもを諭すような声に、でもこいつが! とさらに子どもじみた言い訳が飛ぶ。その光景が目に浮かぶようで、審神者は心底からため息を吐いた。

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