06:審神者として/刀剣男士として - 5/5

 その日の晩のことだった。
 夕餉の席で、いるはずの顔が見えないことに、審神者は疑問を覚えた。出陣部隊や遠征部隊を確認してみるが、そのいずれにも、陸奥守吉行の名はない。
 初めの頃は全員でそろって食事をとっていたが、刀剣男士の在籍数が増え、任務も数多く舞い込んでくるようになってからは、それもできなくなった。あるいは――外出や外泊ということも、あるようだ。
 師の本丸では、刀剣男士の外出泊に際しては届け出を出す決まりとなっていたが、彼女の本丸にはまだそこまでの決め事はない。だから、刀剣男士の動向を把握しているわけではない。
「ねえ、陸奥守って今日は外出てるのかな?」
 何気なく審神者がにっかり青江に問いかける。すると、二口挟んだ向こうで会話していた加州が、ぴたりと口をつぐんだのがわかった。審神者の目がそちらに向かう。
「そういえば姿が見えないようだね」
 主の視線に気づいたのか、加州はどこかばつが悪そうに視線を外して、会話を再開させた。――その、一瞬の違和感。胸騒ぎのような不快な胸のうずきに、審神者は無意識に胸元をこぶしで抑えた。

 ――のちに、その違和感は気のせいではなかったと知ることになる。

 何気なく早起きをして、何気なく――城内を散歩していた時のこと。
 早朝のさわやかな空気の中、歩いてくる足音を聞いて、審神者は足を止めた。十数メートルの距離を隔てた向こうに立っているのは、陸奥守吉行だった。
 審神者は目をしばたいて、呆然と立ち尽くす。向こうも主に気づいて、一瞬気まずそうにしたが、次の瞬間には、いたずらがばれた悪童のような表情で、こそこそとすれ違おうとする。
「主、早いのう~。ほいたらわしはこれで」
「っと待って、」
 すれ違った瞬間――ドキリとするような女の香りを嗅いで、審神者は咄嗟に陸奥守の肩をつかんでいた。
 引き留められたことに、陸奥守も驚いたようにする。そうして、言葉もなく見つめ合った。
 ――おしろいの香り。あるいは、首筋にうっすらと残る、紅のあと。それはどうあがいても、情事のあとでしかなく。
 審神者は声もなく目をまたたいた。
「……主、どういた?」
 声をかけられて、審神者はびくりと手を引いた。まるで、触れてはいけないものに触れていたかのように、大仰な反応となった。それを見て陸奥守は目を丸くし、次いで、おかしそうに笑う。
「なんじゃぁ、まるで汚いモンでも触ったみたいな顔して。ちくと傷つくぜよ~」
「あっ……いや……。そうじゃなくて」
 審神者が慌てて弁解すると、陸奥守の大きなあくびにそれがかき消される。
「用がないんなら、わしもう行くきの」
 そう言って陸奥守は踵を返し、のらりくらりと歩いて行った。

 

「あんたさぁ、ちょっとは隠す気ないわけ?!」
「隠すゥ~? 隠さんといかんことながかえ? 廓通いや言うたち、刀剣男士にゃ認められちゅう権利やろう。こそこそ行かないかん道理なんぞ、どこにもなかろうがよ」
「それに行き過ぎだし!! あんた夜はほとんど本丸いねーだろ?! さっすがに度を超してるっつってんの!」
「なんじゃ〜加州、おまんも行きたいがか? ほいたら今度連れちゃってやるき、大目に見とうせ」
「いらねーっての! このバカ!!」
「バカとはなんじゃバカとは!」

 ――さすがに、と審神者は思った。この喧嘩ばかりは止められない、と。

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