五、
本日、鶴丸ケアチームによる会議が開かれた。
「多忙の中お集まりいただき、感謝します。それでは本題。詳細はふせますが、鶴丸国永が心身不調となりまして、通常の刀剣男士業務を行うことが困難となりました」
審神者の言葉に、ケアチームの面々は神妙な面持ちで聞き入っている。
「こうなった原因は、出陣中の強いストレスだと思われます。詳細についてはプライバシー保護のため伏せますが、ここで考えてほしいのは、こういったケースは今後も起こりうるということです」
そこで一旦言葉を区切り、審神者はスクリーンに映し出された文字列を読み上げる。
「強い精神障害を引き起こす原因は、急性ストレス障害・ASDのような突発的な強い外傷的体験のほかに、慢性的ストレスやトラウマの下地などが引き金となることもあります。一見して何事もなく過ごしている君たちにも、今後そういったことが起こりうる可能性があることを、よくよく覚えておいてほしい」
しんと静まり返った場に、審神者の声だけが響く。沈痛そうな面持ちの刀剣男士たちを見回して、彼女は一息ついた。
「そういったことも踏まえて、今後のためにも、こういう場合はチームで動いた方がいいと思ってね。専門家にも相談して、今回このケアチームを編成したわけです。なにか、質問や意見等ございますか?」
静寂に包まれていた場に、はい、と静かな声とともに手が上がる。源清麿だった。
「審神者や刀剣男士には、専門の療養施設があるのはご存知だと思う。今回、あえてそうせず本丸で完結させようと思った意図は、なんだろう」
鋭い質問に、審神者はやはりそう来たかとひとつうなずいた。さすがは元政府勤めだった清麿ならではの観点だ。もっというなら――研究チームの会議でも、水心子から同様の質問があがったものだった。
「専門の施設では、専門の治療が受けられるかもしれない。だけどそれって、使えなくなったから切り捨てる……みたいな、感じがするというか」
感情論に聞こえるな、と内省する審神者の発言を、しかし清麿は暖かな眼差しをもって聞いている。それに勇気づけられ、彼女はつづけた。
「心ってね、壊れたら元通りにならないんだ。専門用語だと、完治はなくてよくて寛解。増悪と寛解を繰り返す、慢性的なもの。専門家でも完璧に治せないなら、本丸でやっても同じかなって。それに、……鶴丸はああ見えて寂しがり屋なの。誰も知らないところにひとりっていうのは、ちょっとね……」
言葉を濁す審神者に、
「僕もそう思う!」
燭台切がいきなり声を上げた。
「主の言う通り、……鶴さん、寂しがり屋だからさ。どんなに設備が整って専門家がたくさんいるところだとしても、誰も知らない場所っていうだけで、ストレスになると思う。きっと、主もこれを決断するまでにいろんな葛藤はあったと思うけど、そこを敢行してくれて、……こんな言い方は変だけど、僕としては、嬉しかったよ」
言いながら、燭台切はちらりと清麿に視線を向ける。どこか気まずいような、気を使ったようなたぐいの。それに清麿は、おっとりと微笑んで返した。
「僕も、非難する気持ちで言ったわけじゃないんだ。純粋な疑問。でも、主のやさしい気持ちが知れてよかった」
それで少しだけ、場が和んだ。――うまく追及をかわし、審神者は内心で申し訳なく思いながらも、つづけた。
「個人的な感情もさることながら、理由はもうひとつある。先述したとおり、これは誰にでも起こりうることなの。だから、本丸で先例があれば、今後も動きやすいと思ってね。まあ、あってほしくはないけど……。戦ってるんだもの、ないとは言い切れない」
今度は、千子村正が手を挙げた。まっすぐに。
「では、主の心が壊れた場合は?」
それは考えてなかったな、と審神者は目をしばたく。
「まあ……そうね。このノウハウを生かしてケアしてほしいもんだけど、管理者がぶっ壊れたら本丸が機能しないからね……。その時は療養施設にぶっこんでくれていいわ」
「そんな」
燭台切の衝撃的な声に、しかし審神者はガハハと豪快に笑ってみせる。
「いや、でも多分ないと思う。私ほどストレス発散がうまい人、あんまりいないから。だからまあ、たまに会議中にちくちく言葉を使うことがあっても、許してね」
可愛らしく審神者が言うと、生暖かい笑いが漏れた。
こほんとひとつ咳ばらいをし、審神者は話を先に進める。
「じゃあ、本題に。まず、役割分担からね。チームリーダーは私、サブリーダーは一期一振です。そうして、実質的なケアを行うのは私のほか、北谷菜切、物吉貞宗、千子村正。私が選んだ究極の癒し部隊よ」
「いやらし部隊の間違いではありまセンか?」
huhuhu.と怪しい笑い声が聞こえて、審神者は「い・や・し、ね!」と強調した。
ちなみに――研究チームでの会議で、「なんで村正が?」という疑問が上がったが、これに対し審神者は、
「鶴丸と仲いいし、あれくらい緩い方が色々といいのよ。万が一鶴丸が暴れた時に、傷つけずに制圧するのにも適してる」
とのごり押しで黙らせたものだ。
「そして、補助メンバーの一期、燭台切、清麿。君たちには、我々のサポートを頼みたい」
構造的には、以下の通りになる。
主要メンバーの役割は、鶴丸の安全確保、心理的安定、生活支援が三本柱となる。本丸内の特設療養施設に詰めて、鶴丸の生活全般をサポートするというものだ。
鶴丸の食事や睡眠、言動などを観察し、精神症状が出た場合は迅速に対応する。専門的な知識はなくとも、彼らなら症状を悪化させるようなかかわり方は絶対にしないだろう――そんな信頼のもと選出された、いわば精鋭部隊だ。
無論付きっ切りでのサポートとなるため、鶴丸の状態が安定するまでは出陣や遠征、内番、その他本丸内組織での勤めからは一時的に除外され、時期を見て復帰していくことになる。
審神者も鶴丸のケアは行うが、主要メンバーのケアや方針決定など、統括としての役割も大きい。
次に、補助メンバー。彼らは、主要メンバーが安心してケアに専念できるよう支えるのが役割だ。主に、データや物資の管理、外部との調整役を担う。もちろん、出陣や遠征、内番等の勤めは一時免除される。
淡々と説明する中、
「選んでいただいて光栄ではありますが……」
いささか不安げな声を上げたのは、物吉貞宗だった。
「専門的な知識がないボクに、きちんと勤まるでしょうか」
――そう、それは審神者も最後まで悩んだところではあった。
彼女に至っては、就任後の自己研鑽として、精神医療に関する研修もある程度受けているが、刀剣男士たちはそうではない。(清麿はもしかしたら、政府勤め時代にそういった研修を受けたことがあるかもしれないが)
本来ならチームとして動く前に、研修会を開いて付け焼刃でも知識をつけたいものだったが、悠長にしている暇がなく、また、彼らに対する全幅の信頼から、手探りでのスタートと相成った。
そのため、チーム全体で以下のような情報共有を行い、鶴丸へ接することとなった。
・現在鶴丸は、強いストレス反応による過覚醒状態、フラッシュバック、解離症状が見られる
・突発的に過去の戦場記憶が再燃する可能性あり(発作的行動や硬直あり)
・身体接触や急な大声、光・音などの刺激は避ける
・不安や混乱が見られたときは、低い声・穏やかなトーンで呼びかける
また、鶴丸専用の特設療養施設――。
これは、中奥と奥の中間地点にある「祓戸庵(はらえどのいおり)」にて行うこととなった。
庵は名の通り、本来は穢れや霊的干渉を払うための隔離施設だ。
古式ゆかしい女性審神者は、月経期間中はそこに籠って穢れを落としたというが、こちらはレアケースで、鍛刀や手入れに集中したいときの精進潔斎の場として使用されることが多い。
彼女も新人時代は、大型の鍛刀イベント前にはここに籠って瞑想や連日の滝行などに明け暮れたものだ。しかし、水垢離など冷水シャワーでもよくね? と気づいてからは、リトリートハウスとして年に数回使う程度となった。
休暇を取ってどこかへ出かけるほどの元気がない時、ここに引きこもってダラダラとゲームをしたり漫画を読んだり、アロマを焚いてリラックス――そういった塩梅に。
宿泊可能であり、そもそもが癒しの場として使っていた施設だから、療養スペースとしても最適だと判断した結果だった。
余談として――祓戸庵を特別療養所とする前段階といて、ひと悶着があったことにも触れておく。
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