本来審神者は、鶴丸の療養所として奥を惜しみなく提供するつもりだった。
「奥を?!」
素っ頓狂な声を出したのは、水心子正秀だった。
奥といえば、完全なる審神者の居室区画だ。本丸の他の空間からすると小規模とはいえ、寝所のほか風呂、トイレ、厨房と生活するに必要な設備はすべて整っている。
彼女は寝室のほかにドレスルームと倉庫、趣味部屋として三室使用しているが、それでも部屋はたくさん余っている。そのうちの一つや二つを、鶴丸療養のためにつぶしても痛くもかゆくもなかったし、むしろそれくらいしても罰は当たらないと考えたのだ。
「もちろん、主として動いてもらうメンバーの控室としても開放するよ。部屋はたくさん余ってるし、何かあったときすぐに駆け付けられるからいいでしょ」
決定事項のように言った審神者だが、予想に反して反対意見しか出なかった。
「奥はダメでしょ」
「いかに主と言えど、やはり女性の寝室に短刀以外の刀を侍らせるのはいかがなものだろう」
ふわっとした桑名の言を補完した南海に、審神者はひっかかった。
「いかに主と言えどもって、どういうこと?」
「そこは問題にすべきではない。要するに、公私混同は避けるべきだと言っているんだが」
「そうだよ。彼らが変なことするとかそういうわけじゃないけど、僕もそれは反対だな」
眉を寄せて考え込むふうの審神者に、さらに反論が出た。
「サポートチームの方々も、主君がそばにいるのは心強いかもしれませんが、それだと主君が疲れてしまわないか心配です」
「気持ちは分かるけど……。それだときっと鶴丸さんも、気を遣うと思う」
秋田藤四郎や日向正宗の血の通った意見に、それもそうか……と審神者は素直にうなずいた。
「主、想像してみてよ」
ぶっこんだのは桑名江だ。
「奥というプライベート空間で、千子村正が全裸でいるところを」
彼の核心を突いた一言に、審神者はなんとも言えない顔つきになった。数瞬考え――やだな、と呟いた。
彼女の脳内、全裸で奥の廊下を闊歩する千子村正と遭遇した場面がシミュレーションされている。仕事中に目撃するのはまだいいが、プライベート時間でとなると、なんだかとてもヤだ。
げんなりとした顔つきの審神者を見て、水心子がさっと手をあげた。
「迎賓館はどうだろう。普段使っていないし、生活空間としては充分ではないだろうか」
「それは少し考えたけど、あそこはちょっと華美なのよね……。もっとシンプルで穏やかなところでないと、療養には向かないかと。いい意見んなんだけどね」
言い切ってから審神者は、あっと声を上げる。
「あるわ。シンプルで生活空間として最適なのが。しかも、癒しの場として現行で利用してるところが」
――そうして、祓戸庵が提案され、満場一致で可決されたわけだった。
余談、終わり。
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