シヴァの見つめる先 - 12/12

 祓戸庵が療養所として整備され、主要メンバーの一時的な引っ越しも完了した。
 医務室で過ごしていた鶴丸に、審神者は何気ない風を装って声をかける。
「よっすー。ごはん食べた? 今日はちょっと顔色いいわね」
「君はいつも元気だな。だが、そうこなくちゃ」
 そう言って鶴丸は笑みのようなものを浮かべた。どこかこわばって、少し痛々しい。感情を表に出さず、審神者はあたぼうよと明るく返す。
「調子はどう?」
「まあ、ぼちぼちだな」
 体がなまっちまった。鶴丸はぼんやりとした瞳を中空にさまよわせて答えた。意図した回答とは違ったが、しかしいい流れだと審神者は安堵する。
「そっか。ならちょっと提案があってね。鶴丸には、もう少しお休みをやろうと思ってるのよ」
 つとめて軽い声を出しながら、ベッドわきの丸椅子に腰かける。よっこらしょ、なんてわざとらしい言葉ももらして。足を組み、鶴丸と向かい合う。
「まだ体調戻んないでしょ? 無理して長引くといけないからさ」
「療養……ということか? そんなに悪いのか、俺は」
 どこか不安げに金の眼差しが揺れる。
 少しドキリとしながら、審神者は悪いっていうかーと間延びした声を出した。
「まあ見た感じ、休息が必要と判断するわ」
「そうか……」
「でも、いい機会かなとも思ってる」
 審神者は足を組み替えて、言葉を探った。努めて、冷静に。
「知らず知らずのうちに、鶴丸に頼りすぎてたのかもしれない。ちょっと反省したよね。でも、」
 転瞬、彼の顔に反論しそうな様子を見て取って、しかし審神者は言葉を挟ませない。
「これは今後も起こりうることかな、って」
 鶴丸は開きかけた口をつぐんだ。
「だからね、今後に先駆けて先例を作っておこうと思ってね。疲れちゃったなら、休めばいいのよ。刃員は潤ってるんだし、なにも心配はいらないわ。自分が居なくても……なんて的外れな悲観はなしよ。それだけ鶴丸達が頑張ってくれて、こんなに成長できたってことなんだから。それは本当に感謝してる」
 ね、と審神者は鶴丸の手を握った。やはりその手はひんやりとしていて冷たく感じる。自身の手のひらのぬくもりを移すように、彼女はぐっと力を込めた。
「で、考えたのよ。私は疲れたら勝手に休暇を取って癒されてる。刀剣男士にもそういう制度や場が必要だって。んで、この度、刀剣男士専用のリフレッシュ空間をご用意しました」
 鶴丸の手の甲を軽く撫で、叩く。
「祓戸庵って言って、元は精進潔斎のために用意された離れがあるの。私も年に何回か使ってるリトリートハウスなんだけど、私だけが使うのも、もったいないなーって思ってたのよね。私には奥の離れもあるし、こっちは刀剣男士用にしちゃってもいいなって」
「……そこに、俺が?」
「うん。奥からも近いし、なにかあれば私もすぐに行けるよ。すんごく静かで、ザ・安らぎの空間って感じ。YOU、しばらくそこでゆったりまったりしちゃいなよ」
「俺だけ、そんなに休んでもいいのか?」
 鶴丸はどこか不安げに返した。審神者は明るく笑って、鶴丸だからこそよ、と言葉をつづける。
「復帰したらまたバリバリこき使ってやるんだから、休めるうちに休んでおきなって。鶴丸のこと、大事にしたいのよ」
 両手で鶴丸の手を握る。意図せず深刻そうな声が漏れてしまったが、――しかし、それが意外と功を奏したらしい。
「そうか……。大事にされてるんだな、俺は」
 かすかに笑みをこぼした鶴丸に、審神者はあったぼうよと力強く返した。
「すまない……」
 しかし、どこかしゅんとして言う鶴丸に、審神者は目を細めた。
「すまなくねーって。ま、寂しくなったらパジャマパーティしようや」
「……それは楽しそうだな」
「あ、でも鶴丸は家事炊事苦手だよねー。私ひとりじゃ手ぇ回んないから、お手伝いのフレンズもいるね。なーちりーと、物吉君と、村正とか。めっちゃ楽しそうじゃん。やっぱパジャマパーティしよう」
 迫真の表情で言う審神者に、鶴丸は目を白黒させながらも同意した。多少強引すぎる気はしたが、彼も深くは考えられないのか、やりとりはそこで終わる。
「衣食住は心配いらないから、身一つでいらっしゃいな。なにかほしいものがあれば、取りに行く? それとも燭台切とかに取ってきてもらう?」
 その言葉に、鶴丸はしばらく考えてから、
「……君からもらった、人形を持ってきてもいいか」
 消え入りそうな声で懇願した。
 審神者は少し考えてから、いつぞや彼女がクレーンゲームで苦労して取った、アザラシのクッションだと気づく。――そんなに大事にしていたのか。
 目を丸くする審神者に、鶴丸はそっと視線をそらして、
「大事にしてるんだ」
 と、どこかすねたように返す。それに笑って、愛されてるなぁと彼女はこぼした。

 かくして、鶴丸はお気に入りの抱き枕ひとつを携え、祓戸庵へ引っ越すこととなった。
 薄い彼の胸に抱かれたアザラシは、ややくたびれた印象があるが、それでもふわふわとしてよく手入れされているのが伺える。
 つないだ手、必要以上にぎゅっと握りしめているのを感じて、審神者はその日は一日、鶴丸のそばで過ごした。ここは安全なのだと、なにがあっても守ってやると言い聞かせるように。
 引っ越し当日は、言葉通りパジャマパーティを開催し――こうして、鶴丸のケアが始まりを迎えたのだった。

 

後編へつづく

 

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